漆.ゲームオーバー⁇

 私の声に、女はピタリと動きを止めた。

 そしてゆっくりとこちらに無表情な顔を向けてきた。

 私も負けじと真顔で見つめ返した。

 もしかしたら、気づいてくれるかもしれないと思ったが、女はニヤリと悪意のある笑みを浮かべてこちらに向かってきた。

「……モリモリ、屋上まで逃げるよ!!」

「えっ、りょ!!」

 私とモリモリは階段を駆け上がり始めた。

 二階、三階、四階と上りもうじき屋上の扉に辿り着くはずなのだが……着かない。

 走りながら上を見ると、らせん状に階段が続いている。

 どうしようかとモリモリの方に顔を向けると、モリモリの姿がまた見えない。

 私は嫌な予感をしつつ、立ち止まって後ろを見た。

 そこには、後ろを向いて突っ立っているモリモリが見えた。


「……何してるの」

「……なんかめっちゃゆっくり歩いてません⁇」

 そう言うと、モリモリは女の方を指差した。

 女はニヤニヤと笑いながら私達にゆっくりとついて来ていた。

 私達が立ち止まって見つめている事に気付くと、ケタケタと笑い声をあげながら近づいてくる。

「……なんか、馬鹿にされてる⁇」

「それか……こっちの体力がなくなるのを待っているとかっすかね⁇」

 思った感じの動きをしないので、私達は戸惑ってしまった。

 とりあえず、モリモリの腕を引っ張って再び階段を上り始めた。


 どのくらい上ったのか覚えていない。

 ただ……足がガタついて来ている。

 恐怖のあまり足がガクガクする事はあったが、階段の上りすぎでガクガクスルのは初めてだ。

 走っていないので、息切れとかではなく純粋に体力が無くなりそうなのだ。

「モっモリモリ……まだ……⁇」

「んーっ、変わんないっすね。ゆっくりついて来てますよ」

 私はもうじき体力が尽きそうなのに、モリモリはなんともなさそうだ。

 どんな体力をしているのだ……。

「や……休みたい……」

「追いつかれて大丈夫なんですか⁇」

「……わからん」

 担任の先生なら、あの時のように対話ができると思っていた。

 だが、先生と呼んだのに、追いかけてくるから別の人……なのだろうか。

「……何か……足りない……ぐふっ」

 考え事をしながら、歩いていたがどうやら足は限界を迎えてしまったようだ。

 その場にへたり込んでしまった。

「みのみの!!大丈夫っすか⁉」

「もう……歩けん」

 モリモリが私を支えるように手を差しだしてくれる……ありがたい。

「このままだと追いつかれそうっすけど……」

「多分、大丈夫だよ。怒られる程度だと思う」

 そう言って、女の方を見る。

 あれが先生なら、追いついて怒鳴って力強く頭を叩く程度だ。

 それくらいならなんとかなる。

 徐々に近づいてくる女を、私達は待ち構えていた。


 大丈夫……と思うのだが、右手に紐みたいなものを握っている。

 何かよろしくない気がする……が、気のせいだろう。

「……みのみの、ヤバいんじゃないっすか⁇」

「……だが、歩けんぞ」

 女は目前まで近づいてきて、立ち止まった。

 女が走ってきたらすぐに捕まりそうな距離だ。


『……コロシテヤル』


 女は悪意に満ちた笑顔をこちらに向けて、そう言い放った。

「モリモリィィィッッッ!!!!だめそぉぉぉっっっ!!!!」

 私がモリモリの腕を引っ張ろうとした瞬間、モリモリは私をひょいっと持ち上げて階段を走り始めた。

「うえっ⁉モリモリ⁉」

「みのみの!!とりあえず、逃げよう!!!!」

 もう歩く事ができていないと言ったから、私を抱えて逃げようと頑張ってくれているのだ。


 だが……


 だが……


「持ち方がいやだぁぁぁっ!!!!」

 モリモリはひょいっと私を俵担ぎをして走り始めた。

 せめてお姫様抱っこをしてほしかった。

「ごめん!!!!階段だとこれが限界!!」

 息切れをしながら、全速力で走ってくれるモリモリに文句を言うのはどうかと思うが、後ろの女と距離が開いていくので良い感じだ。


 だが、暇だ。


 走らない分、やる事が無いのだ。

「あっ……モリモリ⁇そういえば、さっき言ってた王子様抱っこってどうやるの⁇」

 暇だったせいか、モリモリが言っていた謎の抱っこについて思いだした。

「……今度、教えるから!!……あとちょい!!!!」

 息苦しそうに返事するモリモリに少し同情をしてしまった。

 どうやら、屋上の扉が見えてきたようだ。

 女とこれだけ距離があれば、鍵すぐ開けられる。

 モリモリが私を下すと同時にその場に倒れた。

 私の目の前には、屋上の扉がある。

「でかした、モリモリ!!後は任せろ!!」

 そう言うと私は鍵のカバーをカチカチと動かしてサクッと外した。

 これで屋上の扉が開くはずだ。

 そう思い、ドアノブをひねる。


 ……開かない。


 私はガチャガチャとドアノブをひねるが、扉は開かないのだ。

「なっ何故⁉」

 押しても引いても開かないし、ドアノブを回したところで扉はビクともしないのだ。

 半泣きになっている時、後ろから大きな笑い声が聞こえた。

 私は、ゆっくりと振り返った。女は目前まで来ていたのだ。


『バカナコ……アクワケナイジャナイ』


「……開かない⁇」

 女はさらに大きな声で笑い始めた。

 私は扉を背に、震えるしかできない。

「みのみの……」

 モリモリもいつの間にか私の横に立っていた。

 女に気付いて立ち上がったようだ。

「モリモリ……」

「多分っすけど、それ。鍵が無いと開かないんじゃないっすか」

 真剣な顔でこちらを見るモリモリを見て、私はゆっくりと頷いた。

 扉の鍵のカバーを外したところで、鍵がなければ開くわけがないのだ。

「……ゲームオーバー⁇」

 女はゆっくりと私達に近寄ってきた。

 紐を持つ手を私の首に伸ばしてきた。


 ――その時だった。


 後ろの扉がガチャッと音を立てて開き、私を突き飛ばしたのだ。

「っっっでぇぇぇっ!!⁇」

 その反動で女の顔面に頭突きをかましてしまった。

 女は予想もしない出来事に驚いた状態で、階段を落ちていった。

 私はモリモリに引っ張られて、扉の向こう側に移動したのだ。

 白くキラキラとした世界がそこには広がっていた。

 綺麗な景色を見ながら少しずつ意識が遠くなった。


「……!!」

「……の!!……みのみの!!生きてますかー⁇」

 ゆっくりと目を開けると、そこにはモリモリがいた。

「えっ……⁇死後⁇」

「これなら大丈夫そうっすね!!助かったみたいですよー」

 私は辺りを見渡す。

 どうやらエントランスホールの壁にくっついた状態で倒れていたようだ。

 ぶつけた後頭部とおでこが痛い。

「いやー大変でしたね」

 モリモリはにこにこと笑いながら、立ち上がった。

 そして、玄関に向かって歩き始めた。

「モリモリ……⁇」

 私は痛い頭を抱えながら、ゆっくりと立ち上がる。

「あっ、みのみの。今日はもう遅いので、ここで解散しましょ」

 そう言うと、モリモリは私に思いっきり手を振ってきた。

 私もつられて振り返した。

「えっ……飲み会は⁇」

「遅くなっちゃったんで、山田先輩が帰ったみたいです。後、みのみのが起きるのを待ってる間に友達から連絡があって、合コンをするってなったんで、僕も今日は帰りまーす!!」

 それじゃっと言って、モリモリは颯爽さっそうと帰っていった。

 私は何が起きたのかまだ理解ができておらず、ただただ立ち尽くしているだけだった。

 スマホを取り出し、時間を確認する。


 夜の八時二十分。


 そんなに遅くないのではないかと思うが、もうここには誰もいない。

 まだ夢の中のようで、言葉もうまく出てこない。


 ただ、わかった事がある。


 呪いからは脱出できた事……


 そして、飲み会が無くなった事……


 私は声を出す事もなくただただ立ち尽くすだけだった。

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