伍.おでのぐれおん

 階段までたどり着くと、私はモリモリの腕を離して壁に張り付いた。

 婆は思った通り来ない。

「モリモリ、次はちゃんとやってね。次はおっさんが現れるから」

 私はその状態でゆっくりと階段を一段、一段と下り始める。

 ここにもフラグが存在する。


 婆から急いで逃げてきた小学生の私は、階段を下りようと思った。

 だがすぐ様、壁に張り付いた。

 もしかしたら、婆が追いかけてきて階段を全速力で下りる可能性があると思ったからだ。

 一向に姿を現さないので私は壁に張り付きながら、ズリズリと階段を下り始めた。

 踊り場に着く直前、何かを踏んでしまい私は踊り場にコケた。


「ぐぉぉぉっ!!」

 咄嗟に市松人形を庇ってしまったため、尻もちをついてしまったのだ。

 コンクリートが冷たい、痛いで何とも言えない気持ちになっていた。

 うめき声をあげていると、頭の上から声が聞こえる気がして上を向くと顔があったのだ。


 おっさんの顔だ。


「ぎゃぁぁぁっ!!」

 私は座りながら後ずさった。

 おっさんはよーく見ると私より小さく、体型だけを見ると幼稚園くらいだろうか。

「お……おでのえ……、ぐれおん……」

 そう言いながらグスグスと泣くおっさん……私は何なのかよくわからなかった。

「なんの……こと⁇」

 ここでも、人見知りが発揮して言葉が詰まってしまった。

 私は恥ずかしくて、プルプル震えていた。

 そんな私にはお構いなしにおっさんは私の足元と壁を指差した。


 私はまず足元を見ると、潰れたクレヨンがある。

 次に壁の絵を見ると、まるで殺人現場のような絵が描かれていた。

 言葉に出すのは難しいが、人間っぽそうな何かはバラバラだったりととにかく恐怖しかなかった。

「……クレヨンは、こんなとこに置くのが悪い。絵は……不気味⁇」

 そう言うと、子どもはこちらに顔を向けてきた。

 涙に濡れて可哀想な顔に見えるかと思いきや、白目をむいて頭を振りながらわーぎゃー騒ぎ始めた。

 だが、髪の毛が一ミリも揺れないのだ。

 やはりおっさんなのではないかと思うほど頑丈な髪型に恐れをなしている時、ズリッズリッと上から音がした。

 上を見ると婆がにゅっと通路から出てきたのだ。


「くそがきゃぁぁぁっ!!また落書きしちょっかぁぁぁっ!!!!」

 婆が日本語を喋った。

 そして、私ではなくこのおっさんに敵意を示したのだ。

 私はラッキーとその場を全速力で走り抜けた。

 目指すは出口、一階と。


「つまりは、おっさんと婆を鉢合わせさせる事で、フラグが回収できるって事よ。わかった⁇モリモリ⁇……モリモリ⁇」

 聞いているかわからないモリモリに話しかけているうちに、私は踊り場に着いてしまった。

 モリモリが返事をしない事に焦り、階段上を見える限り必死に探した。

 だが、モリモリの姿が無かった。

「モリモリ⁉モリモリ⁉」

「みのみのー見てー」

 必死な声とは裏腹に軽い返事が返ってくる。

 私は辺りを見渡すと、モリモリは次に下りる階段付近の壁を見ていた。

 こんな非常事態にこいつは何をしているんだと思いつつ、傍に駆け寄った。

「……何か見つけたの⁇」

「さっきのおばあちゃん。描いてみたー」

 なんとモリモリは壁に落書きをしていた。

 先ほどの婆の顔を描いたようだが、よく似ている。


 だが、おかしいのだ。

 あの婆はそんな穏やかな顔をしていない。

 それよりも大変な事に、モリモリは私がコケるはずだったクレヨンを拾って壁に落書きをしていた。

「モリモリー!!フラグ折れちゃうよ!!もう折れちゃったかもぉぉぉっ!!!!」

 私はモリモリをポコポコと叩くが、モリモリはケタケタと笑いながら次の絵を描き始めた。

 今はそんな事をしている場合ではないというのに。こいつはまさかサイコパスモリモリなのかもしれない。

「こんな感じだよねー。どう⁇みのみの」

 またも人に絵を見せてくる。

 次は私を描いているのかと絵を見るが、どう見てもおっさんだ。

 私のどこにおっさんの要素があるのだ。

 もしかして、モリモリの目には婆が優しく見えるように、私はおっさんに見えるのかと思うと絶望しそうだ。

「……似てない」

「えぇっ⁇めっちゃ似てるよね⁇そうだよね⁇」

 モリモリは私の反対側に振り返り、話しかけている。

 誰かいるのかと私も見ると、そこには子どもがいた。


「……これ……おでだ」

 おっさんがいた。

 おっさんが嬉しそうに壁をペタペタと触っている。

 モリモリは仲良くおっさんと話をしている。

 次の絵は何を描くとかそんな事を……だが、これでフラグ回収ができるようだ。

「……モリモリ」

「なんですかー⁇」

 こちらを見ないで絵を描いているモリモリの姿を見ながら、私は耳を澄ました。

 私の後ろ辺りで、ズリッズリッと音が聞こえている。

 もう婆は真後ろにいるようだ。

「ゲームオーバーのようだ」

 私は涙目でモリモリの肩を叩く。

 そして、ゆっくりと振り返ると婆が鬼神のごとく怖い顔をしていた。


「おで……うれしい」

 私の横にいるおっさんが独り言を呟いている。

「おで……ともだち、いない」

 微妙に親近感ある言葉を言うのだが、私とこいつは無縁だ。

 関わらないよう目を合わせないようにしよう。

 私は目の前で婆に怒られるモリモリを待っていた。

 へらへら笑いながら謝るモリモリに対して、怒ったり笑ったりする婆が恐ろしい。

 モリモリは今日、婆に喰われるかもしれん。

 私だけでも脱出しようかと静かに階段の傍に移動し、一段ずつ下り始めた。

「おで……ぐれよん……」

 その言葉を聞いた時、びくっとなって固まってしまった。

 ゆっくり振り返ると、おっさんはこっちをじっと見ていた。

 まさか……こいつは私がクレヨンを踏み潰した人間だと知っているのか……。

「……まだね」

 おっさんはこっちに手を振り、階段を上っていった。

 すると、婆も何か言ってズリッズリッと音を立てて階段を上っていった。

 何が起きたのだとみていると、モリモリがこちらに向かってやってきた。

「あっれー⁇みのみの、そのポーズ。逃げ出す感じ⁇」

 モリモリは笑いながら私を抜いて階段を下りていく。

 逃げ出そうとしたのがバレたようだが、モリモリは気にしていない様子だ。

「あっ!!待って!!モリモリ!!次が重要なの!!次は私の言った通りにして!!」

「えーっ、そう言って僕を身代わりにして逃げないですよねー⁇」

 冗談のようにモリモリは言うが、内心ギクッとしていた。


 次が多分最後だろう。

 だが、モリモリを引っ張りながら脱出する事はできないと思う。

 最悪の場合、モリモリを壁にするかもしれないという私の心を読まれた気がした。

「そ……そんな事……」

 言葉をにごす事もできずふふふっと笑い声をあげながら、私達は一階に向かって階段を下りていった。

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