肆.夜中の電話対応は冷たい

 どのくらい座っていたのかわからない。

 ゆうくんとあいたんの命を救ったまではよかったが、何も起こらないのだ。

 目を閉じても景色は変わる事なく海のままだった。


「なぜ、何も起こらないのだ??」

 前回は呪いに打ち勝って戻ったのだから、今回も戻れるはずだ。

 なのに何も起こらない。

 ただ、今回違うのはスマホを持っている点だ。

 小説の中にスマホを持っていけるのは非常に便利だが、使えるかどうかはわからない。

 緊急用で聞いていた山田の番号を連絡先から探してかけてみる。

 プップッと鳴った後、呼び出し音に変わった。


「つ……繋がる!!」

 ウキウキと繋がるのを待つが、留守番電話に変わってしまった。

 私は、再度かけ直した。


「わっ……繋がる!!」

 わざとらしい声を上げるも虚しく繋がらない。

 呼び出し音を聞くのも飽きてきたので、ワン切りを繰り返し始めた。


「……はい、山田です」

 何度目かわからないがワン切りで切ろうとした時、山田が出たのだ。

 今まで寝ていたのか声がいつもと違って気怠そうな感じだ。

「あっ山田さん!!助けてください!!」

 悲劇のヒロインのように切なげで緊迫感のある声を出す。

 そう、今の私は女優なのだ。

「……はっ⁇」

 そんな私の女優魂も虚しく山田は冷たい声で返事したのだ。

「あっあのですね……」

「今の時間、何時かわかってます??」

 山田の冷たい声に私は凍った。


 今のお時間は深夜のニ時半頃でしょうか。

 助けを求めた電話だったのに、お説教が始まってしまった。

 相手が出ないのであれば留守電を入れろとか連チャン電話するなとか言われて、私は涙目になっていた。

「……で、要件は何ですか」

 やっと終わったお説教に喜びを感じながら伝えた。

「今、地元の海にいるんですが、迎えに来てください!!」

「……明後日の打ち合わせには間に合うよう帰宅してください。お疲れ様です」

 そう言うと山田は電話を切った。

 すぐさまかけ直すが、どうやら電源を切ったようだ。

「っっっ山田のバカヤロー!!!!」

 悲しみに包まれた悲劇的な声も波にさらわれて消えていった。

 

「……あっ、そうだ」

 私は思いついたように、ある番号にかけた。

 ここは地元の海、つまりは実家に近いのだ。

 寝たら朝まで爆睡する父親は無理でも、夜中に廊下を小走りしただけで起きる母親なら、電話の音で起きるはずだ。

 呼び出し音が鳴って、三コールしないで電話が繋がった。

「……はい」

 深夜にかかってきた電話のせいだろう……物凄く低い声が聞こえた。

「あっお母さん、私、私!!美乃梨だけど……」

「オレオレ詐欺は結構です」


 すぐ様電話は切られた。

 ……私、名乗りましたけど!?意味のわからない言葉に再度かけ直す。

「……はい」

「お母さん!!私、美乃梨!!今実家近くの海にいるの!!」

「メリーさんもお呼びではありません」

 再度かけた電話も虚しく、電話は切られた。


 こんな夜中だから、不審者か幽霊の類だと思っているかもしれないので、再度かけ直した。

 次はさっさと要件を言えばいいのだ。

「……」

「……もしもしお母さん??私ことあなたの最愛の娘は、地元の海に一人寂しく佇んでいます。迎えに来てください!!」

「……最愛の娘はこんな時間に電話しません」


 また電話が切れたのだ。

 緊急事態だから電話しているのだと再度かけ直すが、呼び出し音が虚しく鳴り続けるだけだった。

「……電話線、抜きやがったか⁇」

 絶望的な状況の私を海は慰めるよう波音を奏でてくれた。

 これは朝方になるまでここにいるしか無いと諦めた時だった。

「……美乃梨ちゃん??」

 

 もうじき朝方の四時になるだろうか。

 海から朝日が出始めてきているはずだ。

 私はそこにはいません、眠ってるわけでもないです、ある男女に拾われて車で家に帰宅中なのです。

 そう、あの絶望の中で声をかけてきた人物は高校でできた友人である。


 それは、私が愛の肥料になった翌日の帰りの事だ。

 憎しみを糧に美術室へ行こうとカバンに教科書を詰めていた時だった。

「やっぱり!!昨日の子だ!!」

 目の前に突然現れた人間に焦りゆっくりと顔を上げると、昨日の明るく可愛らしい大人のような店員さんが目の前にいたのだ。

「昨日の……」

「わぁぁっ!!覚えていてくれたの!?初めまして!!私、横川よかわ早紀さきって言うの」

「あっ、えっ、海藤……美乃利です」

 自己紹介なんて入学式以来なので、名前を言うのにも挙動不審になってしまったが、彼女の目はキラキラと輝いていた。

「そっか!!美乃利ちゃんね!!これからよろしくね!!」

 こうして、私は彼女のグループに引きずられて連れていかれ、初日は恐怖の女子会に参加した。

 それ以降は美術室に逃げ込んでいたのだが、いつの間にか彼女も美術室に入り浸るようになった。

 彼女はとても可愛くて明るいから男女ともに人気があった。

 当初、私は彼女に引き立て役として連れられているのだと警戒をしていたのだが、彼女と関わることでよくわかった。

 彼女はただの天然お節介お母さんだ。


「美乃利ちゃん、悪いこと言わないから山田って人と別れなよ!!まだ寒くないからって置いてけぼりって酷すぎる!!」

 ボサボサの頭に眉毛のない顔、上下穴あきジャージの姿で裸足の状態で海にいる私に驚いてしまい、なんと説明したらよいか考えた結果、少し脚色を加えて話した。

「大体、美乃利ちゃんはこんなに可愛いのに、お洒落をさせないとか仕事が上手くいかないと外に置き去りにするって酷すぎるよー!!」

 彼氏(笑)の山田は亭主関白的でいつもハードプレイが好きなのだとノリノリで話をした結果、彼女は山田を心底嫌ってしまったようだ。

「いや……そこまで悪い人じゃないよ⁇」

「美乃利ちゃん!!恋は盲目って言うけど、それじゃ美乃利ちゃんが幸せになれないよ!!」

 自己保身のために、山田を悪い男にして申し訳ないと心の中で謝った。

「あっ……でもデート中なのに、ごめんね」

 そう言うと、私は車を運転する男性をチラリと見た。

 若くて黒髪がよく似合うイケメンだ。

 いえっと言った低めの声もとても耳障りの良い声だ。

 街で声をかけられたら、詐欺だとわかっていてもついて行ってしまいそうだ。

「大丈夫だよーかっくんは眠れないからドライブしたいって誘ってきたんだし。それに彼氏じゃなくて、大学の後輩だよ!!」

 そう、この言葉を聞いて何かを感づいた人はいるかもしれないが、彼女は恋愛ブレイカーである。

 きっとこの後輩君は彼女に気が合って夜のデートに誘ったのだろう。

 だが、彼女は暇つぶしに誘われたとしか思っていないのだ。

 高校の時から男子にモテていた割には彼氏がいない彼女を観察して気付いたのだが、すべての男との恋愛フラグを笑顔で叩き割っていた。

 だから私は、リア充の彼女を嫌いになれないし、その彼女に振り回されているであろうこの後輩君には憐みの目しか送れない。


 家の前まで送ってもらって、車を見送る際に後輩君に声をかけた。

「人生……諦めも肝心だけど、君ならできるよ」

 いつもなら見知らぬ男性に声をかけないのだが、後輩君には声をかけることができた。

 後輩君も何かに感づいたのか強く頷いた。

「じゃあ美乃利ちゃん!!今度ぜっっったいに遊ぼうねー」

 そんな彼のことなど気にせず、彼女は私に最高の笑顔を見せながら去っていたのだ。

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