参.森のくまさん

 そんな懐かしい話を思いだしたところで、現状は変わらなかった。


 ――いつ来てくれるの⁇


 そんな事を言いながら私にハートを飛ばしてきそうなトンネルが、目の前で待ち構えていた。

 私を食べるのを、とても楽しみにしている気がする……ゴミでもぶん投げてやりたくなる。

「確か、物語の最後にある女子高生達が噂話で『トンネルに入らなければ、助かるのにね』的な話をしてる感じで終わらせたはず……」


 そう。

 私が書いた物語では助かる方法は、トンネルに入らない。

 つまりはここで待っていれば助かるはずなのだ。


 ただ、怖い……


 時間もわからない真っ暗な外で、風が吹く度にギャーギャーと騒ぐような木々がとてもうるさくて怖い。

「他の事に集中……そうだ!!」

 私はハイハイポーズをやめて胡坐あぐらをかき、壊れたハイヒールを脱いだ。

 山田のせいで壊れたヒール部分をどうやってくっつけようか観察を始めた。

 綺麗に折れているので、接着剤か何かでくっつくかと反対のハイヒールも脱いで確認をしていた。

「走っても大丈夫かな⁇……いや、また壊れるのは嫌だから履かなければ大丈夫かな⁇」

 本末転倒だとは思うが、高かったのだから仕方ないだろう。

 ずっとフリーター生活で極貧の私にとっては、こんな高い靴は二度と買う事はないのだから。

 次に買うなら、千円から割引セールに出てる新品の靴を買うしかないと思っている。

 そんな事で着々と時間を過ごしていた時だった。

 強い風が吹いて、木々がさらに煩く騒ぎ始めた。

「あーっ、もううっさいのよー!!」


 ――ガサガサッ


 私が叫んだあと、木々の奥から先ほどまでしなかった草をかき分けるような音がした。

 まるで誰かが木々をかき分けてこちらに向かっているような音だった。

「えっ、誰……もしかして救助隊⁇」

 そんな事を考えながら音のする方を眺めていた。

 今思うと、こんな時間に人が来るはずがない上に、小説の中なのだから幽霊か何かだろうと思う。

 だが、その時の私は白馬の王子様でも出てくるのではないかという気持ちでいたのだ。


 ――ガサガサッ


 段々近づいてくる音はするものの姿は見えないが、徐々に自分の近くまで来ているのは分かる。

 最後に、私が見える範囲の草が動いた時に私は気合を入れた。

「あっ、すみません!!迷子なんですー助けてください!!!!」

 私は姿の見えない相手に対して、高音の乙女ボイスで助けを求めた。

 きっと敵か何かがいるのだと思って匍匐ほふく前進か何かで移動してきているに違いないと思い、ヒロインはここよと言わんばかりに大声を出した。

 一瞬、相手の動きが止まったが、そろそろと姿を現した。


 ……熊だ!!!!!!!!


「えっ……あっ、ぐまああああああああああああああああっ!!!!」


 今まで生きてきた中で、一番大きな声だったと思う。

 ハイヒールを両手に持ち、全速力でトンネルの中へ逃げ出した。


「あああああああああああああああああああああああああっ!!!!」


 熊を見たら死んだふりとか戦う姿勢を見せるとか、倒すとかいろいろ聞いた。

 だけど、実際に対峙たいじしたらそんな暇はなかった。

 とにかく走って逃げるしかなかった。

 出せるだけの奇声を発しながら、無我夢中で走り続けた時だった。

「ああああっ、ぎゃぁぁっ!!!!」


 またもこけたのだった。

 だが、今回は何かに躓いてこけてしまったようだ。

 うめき声をあげながらハイヒールを握りしめつつズルズル逃げようとしたが、ふと気付いた。

「……あれ⁇……もしかして追ってきて……ない⁇」

 真っ暗だが、熊が走ってくる音も獲物を狙うような息を殺した呼吸音も聞こえてこない。

 もしかしたら、私の素早さと大きな声によって熊が怖がって逃げ出したのかもしれない。


 一気に力が抜けてその場に倒れ込み、上を向いた。

「ああっ、声が枯れたかも……今日は本当についていないわ……」

 辺りは一面真っ暗だが、今はそれがとても落ち着ける状況だ。

 私はゆっくりと息を整えていた。


 今日は三回こけている。

 しかも毎回左腕側を地面に直撃させている。

 もしかしたら、左側に疫病神やくびょうがみでもついているのではないかと心配になるくらいだ。

 明日、起きたら神社に行っておはらいでもしてもらおうかと考えていた。


「そういえば、二回は山田のせいでこけたけど、今は何かに引っかかったのよね。こんなところにごみを置くやつは誰よ!!」

 先ほど引っかかったものを手探りで探すが、勢いよくこけたのですぐ近くには無かった。

 こんな真っ暗な状態では、何も見えないではないかと辺りを触っている時だった。

 指に何か当たる感触があった。

「あっ、あったあった。もうこれは何なのよー⁇」

 そういいながら触ってみたが、棒のようななんか変なものでよくわからなかった。

 棒のようなものに顔を近づけてもよくわからないが、長々とつながっているように見えたので、徐々につながっている方へ顔を寄せていった。

「なんだろ……白っぽいのかな⁇あーライトが欲しいわ」

 ブツブツ言いながら棒が繋がっている方を見た。

 それはまるで骨盤のようなものだった。

「えっ……これって」

 ふと、嫌な予感がして顔を上にあげた。


 目の前に白骨死体の顔があった。


「あぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 持っていた壊れたハイヒールで白骨死体を殴ってしまった。

 勢い余って壊れたハイヒールまでどこかに飛んで行ってしまった。

 しかし、そんな事を言っている場合ではなかった。

 熊に驚いて全速力で逃げてしまったが、逃げた先はトンネルの中だったのだ。

 白骨死体があるという事は、ここは中間地点……つまりは出口まであと半分は走らなければならない。

 そして、入ったものは全員死んでしまうのであれば、もれなく自分もお陀仏だぶつするという事だ。

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