ー 歪む韻律(3) ー

無事にウィグリド砦へと到着した第三騎士団の目的は、『フリュールニルの戦乙女の護衛』から『イーグレーンの森の調査』へと段階が移行した。ただし、シグルド様とディートリヒ様、そして妖魔族ファフニール側の任務は変わらず『神々の娘レギンレイヴの護衛』となっているのは、極秘事項だ。


そしてここで、私の護衛がひとり欠ける。


「曾祖父様、ここまで私をお連れ下さり、ありがとうございました」

「なんのなんの‼儂が来なんだら、テュールが王命に背いてでもついてきたじゃろうて‼」

「そ、それは、お父様も困ったお方ですね……」


会談中のお父様の暴挙を考えると、魔王様の引き留めに応じたのは、もしかすると奇跡だったのかもしれない。


「アレウス‼仔細、わかっておろうな‼」

「は、この命に代えましても」


アレウス様の返答に胸がズキリと痛む。これはヘルモーズ隊副将軍閣下アウルヴァングから、将軍閣下オクソールに向けた返答ではない。アレウス様個人が、神々の娘レギンレイヴである私の為に、命を懸けるという意味だ。


「ノルンよ、そう寂しそうに見つめられては離れがたいわ‼」

「えっ、も、申し訳ありません」

「なぁに、心配するでない‼アレウスとリーグルに遠慮なく頼るのじゃぞ‼」

「そうですよ、お嬢。なにも独りぼっちでここに置いてく訳じゃないんですし」

「そうだな。後で奴も合流するだろうしな」

「どなたか後続が?」

「いや。呼んではいない」

「?」


疑問符を浮かべる私の頭をいささか乱暴に撫でくり回した後、曾祖父様はシグルド様と挨拶を交わし、黄昏の空へと飛び立って行った。

私の安全と妖魔族ファフニールの体裁を保つために、わざわざヘルモーズ隊の将軍閣下オクソールとして一番の矢面に立ってくださった曾祖父様。本来であれば、妖魔族ファフニールの中でも最も規模の大きい部隊であるヘルモーズ隊の上層部二名が揃って同じ小任務のために国を空ける事などない。それでも、曾祖父様は皇帝陛下へ儀礼を欠く事がないように、そして、交渉の場で私が不利な立場にならないために最も適格な人選だった。


「……。せめて、少しご休憩するお時間があればよかったのですけれど」

「何を言う。この程度の行軍で音を上げるようでは、ヘルモーズ隊をまとめることなど出来ないぞ」

「う……。それは、そうですが……」

「それよりも、まずはお前だ。可能な限り、私かリーグルを傍に置け。それができない場合は、シグルド殿かディートリヒ殿を頼れ」

「……。私は、そこまで、軟弱に見られているのでしょうか?」

「ノルンよ。釣りには何が必要だと思う」

「え、えーと。釣竿、針と糸、餌……。釣り場、でしょうか」

「減点だな」

「えっ」

「釣り人だ」


そうだ、私の役割は『餌』。釣り場は、イーグレーンの森。釣り具となるのは、今後の作戦。そして、釣り人となるのが神々の娘レギンレイヴの護衛となる方々だ。役割を違えてはいけない。


「では、せめて極上の餌となるべく、私は私にできることをします」

「それでよい」


ふ、と笑みを浮かべるアレウス様の後ろに続き、私はウィグリド砦へと入った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ノルン、紹介しておこう。彼女は、第四部隊隊長のキルケだ。男所帯では何かと不便も多いだろう。世話役としてキミの傍に置こうと思うが、許してもらえるだろうか?」


シグルド様直々のご案内で簡単にウィグリド砦内部の説明を受けた後、私はひとりの女性の紹介を受けた。


「あたしは、キルケ・エウリュアレーよ。第四部隊は森の生態系、主に植物について研究をしているの。それにしても、まさかフリュールニルの戦乙女がこんなに愛らしい女の子だなんて思わなかったわ。よろしくね……?、お嬢様」


妖艶な、という言葉がこれほど当てはまる女性もそうそういないだろう。桃色のつややかな髪、ハルピュイアの象徴である腕の翼と、嫋やかな指の先に生える魔女のように長い爪。しっかりとくびれた腰に、大人の女性に相応しい豊満な胸。うっかり見とれてしまい、妙な間を空けてしまった私は、やや慌てて言葉を続ける。


「ま、魔王軍ヘルモーズ隊所属、ノルン・アウストリです。一兵卒にすぎませんので、そのようにお扱いくださいませ。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、よろしくお願い申し上げます」

「あらあらあら、なんて可愛らしいの。団長、あたしを世話役に選んでくれて嬉しいわ。ね?お嬢様。そんなに固くならないで、ほら……、可愛いお顔を見せてちょうだい」

「キ、キルケ様……、あの……」

「まあまあまあ、キルケ様だなんて他人行儀に呼ばないでハニー。あたしは可愛いものが大好きなの。ほら、キルケよ。キ、ル、ケ……」

「やめろ」


ずいずいと迫りくるキルケ様の首根っこを掴んで引きはがしたのはディートリヒ様だった。キルケ様はそれはもう不満を隠しもしないご様子でふくれっ面になり、お二人でやいのやいのと言い争い始める。


「すまない、ノルン。悪気はないんだ。二人とも古株でな…。どうにも、態度が。もし、キミの気に召さないということであれば、別の者を」

「とんでもありません、シグルド様。ご配慮くださり、ありがとうございます。キルケ様は森の植物について研究をされているのでしょう?私も薬草を扱うことが多いので、ぜひお話をお伺いしたいです」

「キミがそう言うなら」


少しはにかんだ様な、安堵したようなお顔でシグルド様が頷く。しっぽがふわふわと揺れていて可愛らしいと思ってしまったのは内緒だ。


「もうっ、これだから腕っぷしばかりの乱暴者は嫌いだわ。ねえ、ハニー。あたしは貴女のような可愛らしいお嬢様の側に侍られて幸せよ。たくさんお喋りしましょうね」

「はい、キルケ様。イーグレーンの森について色々と教えて下さいませ」


きっとイーグレーンの森には、見たこともない薬草がたくさんあるに違いない。思わず心が浮き立ってしまい、キルケ様と両手を合わせて戯れる。


「さぁ、中に入りましょ。今日はもうゆっくりするだけよ。ね、団長」

「まったく仕様のない奴だな。まぁ、確かにそろそろ調査隊も帰ってくる頃か」

「そうよそうよ。給養隊が作った美味しいごはんが待っているわよ」


ぱちりとウィンクをしたキルケ様に手を引かれ、私はそのまま砦の食堂へと連れて行かれたのだった。

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運命の女神は抒情詩なんて謳わない 六条がびき @gabiki

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