ー 歪む韻律(2) ー

「うわー、三角関係だぁ」

「ちょっ、ですから、誤解が」

「ディートリヒ、何をしている。また無礼を働いているのではないだろうな」


愛騎の世話を世話を終えたらしいシグルド様が、歩きながらこちらへ向かって声をかける。いつもよりやや低めの声には若干の厳しさが滲んでいて、ディートリヒ様を窘めているようだった。


「こっわ。そんな怒んなよ」


ディートリヒ様は、そんなご様子のシグルド様を軽く受け流し、笑顔のままだ。騎士団長と副団長という上下関係ではあるが、これが彼らの本来の関係性なのだと実感し、ほんの少し心の奥が暖かくなる。


「シグルド様。少しお話していただけですので……」

「そうだぞ。お前がいかに素敵な騎士様なのかって話をしていただけだ」

「……は?」

「ディートリヒ様‼」


私は、思わず声を上げた。前後の文脈を完全に切り取って、誤解しか生まない言い方をなさるディートリヒ様に驚いてしまったからだ。そんな私を流し目でニヤリと笑い、ディートリヒ様はシグルド様の肩をポンと叩く。


「飯まだだろ?持ってきてやるよ」

「あ、あぁ」


頭に疑問符を浮かべたままのシグルド様と気まずい空気だけを置いて、ディートリヒ様は去って行ってしまった。


「まったく……、仕方のない奴だな。キミもあいつの与太話に付き合う必要はないからな?」

「ふふっ。はい、シグルド様」


溜息をつきながら呆れた様子を隠さないシグルド様だけれど、初めてお会いした時よりも壁を取り払って接して下さっているのが伝わってくる。彼の纏う、穏やかで落ち着いた雰囲気は親しみと敬意に溢れていて、なんだかとても心地が良い。と同時に、自分の心境に幾分かの驚きと、でも決して不快ではない感情に少しだけ戸惑いを覚えた。


(どうしてかしら。出会って間もない殿方に、ここまで安心感を覚えたのは初めてだわ。そういえば、初めてお顔を合わせたときも、不思議と懐かしさを感じたような気がするけれど……)


私は、知らずにシグルド様をじっと見つめてしまっていたらしい。にこり、と笑みを返されて、はっと我に返る。


「失礼でなければなのですが、シグルド様はいつごろブレイザブリク第三騎士団へ入団されたのでしょうか?」

「ん、成人してすぐだから……、250年近く前になるな」

「そうですか……。では、あの、私とお会いしたことはございませんよね?」

「はは、変な事を聞くんだな。キミが生まれる前に入団しているぞ」

「そう……ですよね」

「どうかしたのか?」

「いえ、笑わないでくださいませね?」


シグルド様は、もちろんだとでも言いたげに、優しい微笑みのまま頷く。


「……自分でもよくわからないのですが、シグルド様とはなんだか初めてお会いした気がしないのです」

「そうだな……」


お考えを巡らせながら、慎重に言葉を探されているようだ。こんな荒唐無稽のお話にも真面目に付き合ってくださるシグルド様のお人柄は、誰からみても好ましいものだろう。曾祖父様が信を置いて可愛がっていらっしゃるのも頷ける。


「あるとすれば、恐らく私が母上似だからではないかな。フェンリル種は限られているし……。知っているだろうが、獣人族キメラはより上位種の血を色濃く受け継ぐことが多い」

「……そうですね、マーナガルム女王陛下の面影を重ねたのかもしれません」


いくら親子とは言え、母と子息では声色があまりにも違う。でも、どこかで聞いたような気がする、シグルド様の木漏れ日のような優しいお声。これもたった一度、幼いころにお会いした女王陛下の面影を重ねているだけだろうか。それとも他の誰かの?


心の底で燻るほんの少しの違和感は、お戻りになったディートリヒ様の明るいお声に打ち消された。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「あれが、ウィグリド砦ですか……。要塞というよりも城塞なのですね」

「そうじゃ‼大きかろう。今は森に飲み込まれておるが、元は立派な城郭都市だったのじゃぞ」


夕刻も差し迫る頃、私たちはようやっと目的地へとたどり着いた。

目下に広がる原生林。通称、【イーグレーンの森】。今ではほとんどなくなってしまった、強い外在魔力がいざいデュナミスに満ちた場所のひとつ。その森は、多くの妖精族フェアリー魔獣フォボスが棲んでおり、動植物のすべてが異常な速度で日々成長し続けているのだという。そのため、妖精族フェアリー魔獣フォボスの襲撃以外にも、侵食してくる森の木々を伐採したり、焼き払うなどの手入れを定期的に行わなければならない。その特性から地図があまりにも頻繁に変わるため、森そのものに名前を付けることができず、通称のままらしい。


「なるほど……。確かに、この森を相手にできるのは獣人族キメラがうってつけですね」


常に姿を変え続けるイーグレーンの森は、地図を頼りに道を進むしかない人間族ヒトにとっては、童話に出てくる迷いの森そのものだろう。鋭い嗅覚や夜目の利く瞳など、鋭敏な感覚器官をもった獣人族キメラでなければ、管理しきれまい。


「ん、手旗信号ですか。魔道具フロネシスは使わないのですか?」


ウィグリド砦に近づくにつれ、着陸場所と思われる広場で、第三騎士団員の通信兵と思われる人物が手旗でこちらに合図を送っているのが見え始めた。訓練は受けているため問題なく読み取れるが、普段は風属性アネモイ魔道具フロネシスで通信を行う妖魔族ファフニールでは、まずありえない光景に興味がそそられる。


「ヒポグリフはあくまで移動手段だ。我らのように空中戦は想定されていないからな」


アレウス様が答えを返して下さったところで、全員が飛翔速度を落とし、シグルド様を筆頭として第三騎士団の皆が降下を始めた。


「さて、愛しい曾孫殿よ‼ここから先は戦場ぞ。準備は良いか‼」

「……はい、曾祖父様」


私は、きゅっと唇を引き締め、大きく頷く。

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