第62話 「いま、思うに任せぬ戦いを続けている人へ。」


『答えの代わりに、猫が来た』


 今日は七夕。だけど朝から厚い雲がかかっている。

 あたしはどこにも行かずに、ずっと雲が切れないかとねがっている。

 小さなマンションの廊下を走り

 ドアを開けて外へ出る。


 モスグリーンのつる薔薇もようの浴衣を着て、

 帯は半幅。

 足は下駄。

 いま会いたいのは、

 空の向こうにいってしまったあなただけ。


 塗下駄のてんは赤。

 カタカタと音を立てて走っても

 鼻緒が食い込まないのは、

 あなたが以前、下駄の鼻緒を伸ばしてくれたから。

 大きな手が、鼻緒の先をぎゅっと握って伸ばしてくれたから。


 そのときあたしはぼんやりと、あなたの手を眺めていた。

 ああ、ついさっき

 この大きな手が、あたしの背中をすべっていたと

 思い出していたから。


 鼻の奥に、あなたがひらりと舞い戻る。

 脳髄から記憶があふれ

 あたしは夜雲の中を、走るしかない。


 今日は七夕。

 この厚い雲の上では。

 牽牛と織女が出会っている。

 あたしには。

 もうにどと、あなたと会うチャンスはない。

 この世とあの世に隔てられて。


 いや。

 あるの?

 このまま、あなたの手が残る下駄で、

 あの亀裂を超えてしまえば。


 ――その先に

 あなたはいますか?



 世界が、色を広げる。

 黒、えんじ、濃紺。そして白銀の星。

 あたしの足が止まり、だれもいない公園でひとり泣き声を上げる。

 声にならない音が天に届いたとき。

 あの猫に。

 出会ったのです。



 真っ黒くて。小さくて。

 両目はエメラルドのよう。

 かっき、とひらいた瞳があたしを見ていた。

 丸い虹彩が つぶやく。


 このままお帰り。

 この子を連れて

 家にお帰り。

 これがきみにわたせる、最後の贈り物だ。




 どこまでも、延々と続く夜のアスファルト。

 塗下駄の音。

 湿気を含んだ夏の匂い。

 ちかちかと小刻みに点滅していた薄黄色の街灯。

 そして。

 手を伸ばしても伸ばしても。どうしても届かなかった、七夕の空。


 そこに。

 あなたはいましたか?

 

 あたしは猫を受け取りました。

 あたしはあなたが欲しかったけれど。

 かわりに猫を引き取りました。

 それがあなたの望みでしたか?


 この世のどこにも答えはない。

 答えの代わりに、猫が来た。


 十年前。

 そんな、しちせきの夜がありました。



第2話 「この世のどこにも答えはない。答えの代わりに、猫が来た」仁志 水ぎわ

https://kakuyomu.jp/works/16816452221290903720/episodes/16816452221426015592




この世と、あの世には。

一本の線があるようです。

あわい、淡い線です。たやすく越えられそうな線です。


私は一度だけ。その線をはっきり見たことがあります。

11年前の夜です。

あの日、あの線を越えなかったのは、

子どもたちがいたからに、ほかなりません。

あのひとの命を。

つなげる責任が、ありました。



それ以来。書く、ということは私にとって

救いであり、祈りであり、この世と自分をつなぐ単純作業でもありました。

少しずつ書き、書いては消して

3年前に

カクヨムへ参りました。


ここで、多くの方と知り合った。

書くことも、読むことも教わりました。

ただひたすらに。

皆さまへの感謝しか、ありません。



最近、ひとから

「いま、書くことが楽しくて」と聞きました。

うらやましく、思います。

私にとっては、ずっと

書くことは生き伸びることで

書かねば、狂うような日々があって。

その果てに。

ここにおります。




今回のカクコン7、大変たのしく過ごさせていただきました。

「水回り応援団」で追いかけさせていただいた作品は

長編・短編のどちらも、簡単に書かれたものではありません。


何カ月も前から準備して書き込み、なおし、公開後も修正し、最後の最後まで心を込めて公開されたものばかりです。

みなさまの真摯な文章と意欲と、物語に真っ向からぶつかる気概に、敬服いたしました。



ここで「水回り応援団」でご紹介した作家に、もう一度感謝を。

順不同です(笑) うっかり書き残した方がいたら、ごめんなさい!と さきに謝っておきましょう(笑)



綾束乙さま  肥前ロンズさま  ゆうすけさま  ホシノユカイさま

真田奈衣さま  雪うさこさま  わらけんたろうさま  星都ハナスさま

一宮けいさま  福倉真世さま  桜雪さま  新巻へもんさま 詩一さま

ちえ。さま


わが水回り応援団のメンバー 万之葉 文郁さま ko-todoさま 久浩香さま 遊井そわ香さま。

勝手にメンバーにきめたソラノヒナさま(笑) あいるさま。


水ぎわ最後のお弟子さま・ヒャッハー 静野ふゆ。先輩お弟子さま かしこまりこ。

最後に、畏友戦友のアメたぬき  無雲ちゃん ともはっと兄さん。

まことにまことに、ありがとうございます。



……おっと忘れてた(笑)、こいつらに感謝を忘れると、リアルな生活に支障が出る(笑)。

仁志ガク・仁志ネン・同行二人どうぎょうににんへ。

史上最大の愛を、私から。

あなたたちがいるから、私は生きている。




★★★

物を書く人間にゴールはありません。


自分ごとですが、昨年からちいさな公募に毎月、作品を出しています。

ちょびちょび当たりはじめました。

小銭が入るようになったので(笑) 本腰いれて書いております。

修行の日々が続きます。


だからこそ。

いま、思うに任せぬ戦いを続けている人に

ここから渾身の愛をお送りいたします。

私だって、自信がない。才能のなさに泣けてきて、PCをたたき切る日があります。

それでも書く。

もはや理由はありません。

ただ。

書きます。



今日は節分。季節を分ける一本の線です。

私の好きな季語に「春隣(はるとなり)」というものがありまして

明日からはまさに、春を隣に感じる日々が始まります。

どうか、みなさまのもとに、確かな春がやってきますように。


応援団エッセイは、これにて終幕。

みなさまのカクヨムでのご健闘をお祈りいたします。



今宵も冷えます。

温かくしてお過ごしください。

ありがとう。本当に楽しうございました。

パンダより 愛をこめて。


おやすみなさい。




「右目の奥は、いつも空っぽ」【カクコン2021短編賞・参加作】

 仁志 水ぎわ

https://kakuyomu.jp/works/16816927859899224066


みなさんのおかげで書けた、佳品ホラー。

ありがたいことに、パンダほど愛される書き手はカクヨムにいない、と思います。


史上最大級の感謝を あなたに。

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