第12話 もうヤダ……

「じゃあ私、そろそろバイト戻るね」

「あ、頑張って下さい」

「もちろん! ランドルフ様の為にも働かないと!」

「……はい? ランドルフ様?」

「そうだよ? ほら、私が高校の時にハマってたアニメ覚えてない? あの異世界転生の」

「あぁ〜そういえばハマってましたね」


 というか沼ってた。当時のスマホの待ち受けや、カバンに付けていたキーホルダーにクリアファイルまでそのキャラ。聴いてる音楽はキャラソン。最終話でそのランドルフ様が死んだ時は、見てるこっちが引くほどガチ泣きだったのを覚えている。

 だけど……


「そのアニメ、俺らが高校の時に終わってるのになんで今頃?」

「えっ! 知らないの!? 来年の春から続編が始まるんだよ!? しかもスタッフやキャストも同じで! それに公式サイトでキャラクターが公開されたんだけど、その中に画面被ったキャラがいるのね! それ絶対ランドルフ様なの! 最終決戦で付いた傷と同じ傷があるんだもん! それにティザーPVで──」

「ストップストップ! 先輩ストップ! わかりましたから。とりあえず落ち着いてください。おーけー?」

「はっ! ごめんごめん。愛が溢れて止まらくて……」


 だと思ったよ。推しへの愛を語ると時間忘れて止まらなくなるのは、高校時代から変わってないんだな。


「またあとで聞きますから。それよりも時間大丈夫ですか?」

「へ? ……あ、ヤッバ。怒られちゃうじゃん! ごめん久我くん。またね〜」

「あ〜い」


 慌ただしく出ていく先輩を見届けると、グラスに少しだけ残っていたビール飲んで店を出た。

 ちなみに会計はすでに済んでいて、それを知らずにレジに行ったら妙に微笑ましい顔で見られたけど、まだそんな関係じゃないんです。まだ。


 ◇◇◇


「う〜さぶいさぶい」


 帰ってすぐに自室の暖房を付ける。ちなみに俺はエアコンよりストーブ派。灯油を入れるのは面倒だけど、手っ取り早く暖まりたい時はファンヒーターが最適な気がする。知らんけど。


 そして出てきた温風で冷えた手足を温めてからスーツを脱ぎ、そのまま風呂へ。特売で安く買った入浴剤をドボン。スマホを防水のケースに入れたあとは手早く体と頭を洗って湯船に浸かり、エゴサついでに他の作家のSNSチェックの開始だ。三十分くらい入ってれば、上がる頃には部屋もポカポカだろう。


「さて、同時期に発売した人達はどんな感じだ? これで即重版とか続刊決定とか投稿してたら病むぞ俺は」


 その結果……


「はは、あはは! アハハ…………ちくしょう! 俺より売れてそうじゃん!」


 凹んだ。でもしょうがない。俺が書いたのより面白かったんだろう。きっと今のニーズにマッチしていたんだろう。くそう……。


「こんな時は素晴らしいイラストを見て癒されよう。今日は繭梨先生もイラストアップしてるみたいだし」


 そう思って繭梨先生のアカウントに飛び、最初に見た投稿。

 そこにはこう書いてあった。


『もうヤダ……。あんなこと言われたらもう描けないよ……』


 と。

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