第10話 天国から地獄

 俺は烏丸さんに近付くと、すぐにはだけていた胸元を隠してボタンを留める。酔っ払いのこの人に何を言っても聞かないだろうからな!


「……ボタン留める様な仲なんだ」


 あぁぁぁ! しまったぁ!!


「違っ! 違うんですよ先輩! この人は僕の作品の担当さんなんです! この人飲むといつもこんな感じなんで慣れてるだけなんです! だからなんでもないんです! 変な気持ちは一切ないんですから!」

「な、慣れるほどそんなことしてるんですね。ではご注文を繰り返します。生ビールに漬物盛り合わせとチーズ揚げでよろしいですね?」

「え、あ……」

「よろしいですね?」

「あ、はい」

「それでは後ほどお持ちしますので、もうしばらく節度を弁えてお待ちくださいにゃっ!」


 先輩はそう言うとウェーブのかかった長い茶髪と大きな胸を揺らしながら大きな栗色の瞳で俺を睨んで、部屋を出ていった。


 「最後の『にゃ!』 は可愛かったな……」


 ってそうじゃない! な、なんで先輩がここにいるんだ!?

 しかもあの猫耳! え? バイト先ってここだったの? 何回か通ってるけど見たことなかったぞ!くっそ! バイト先聞いておけば良かった! 久しぶりに連絡取って、そこでいきなりバイト先まで聞いたら警戒されると思って控えてたんだよなぁ。やらかした〜。もうダメだぁ〜。


「空園せ〜んせぇ〜? 飲んでますか〜? てゆうかさっき、私のおっぱい触りましたよね? ボタン留めるフリしながら?」

「気のせいですよ」

「と・こ・ろ・で! さっきの店員さんはお知り合いなんですか〜? 可愛い子でしたね〜。若くて。若くて……若く……ううっ。みんな若い子が好きなんだぁぁぁぁ! だから慣れてるとか言われるんだぁぁ……」


 ちゃっかり聞いてんのかい。


「はいはい、それよりも今はアニメ化の事をお祝いしましょうよ。僕のじゃなかったけど。僕のじゃなかったけど!」

「あ、空園先生のは難しいと思いますよ? 今ってラブコメ飽和してますし。もっと重版しないと無理ですね」

「そこで仕事モードになるんじゃねぇ!」

「そして私はアニメ化作品担当。ふふ、ふふふ……ふふふふふふふふ♪」

「あぁ……現実を知らされて辛い……」

「まぁまぁ、いいじゃないですか。アニメ化作品の担当が空園先生の担当なんですよ? これを機に一気に副編集長にまで上り詰めたら空園先生のもアニメ化出来るように頑張りますから。ね?」

「まじですか!?」

「もちろんです。あ、ちなみにこの前の新作の企画書ですけど、アレはだめですね。つまんないです」

「それは酔ってから聞きたかった」


 なんだよもう! 上げて落とされてさらに先輩にも誤解されて今日は厄日か?


「じゃあそんな空園先生にサービスです。チラッ♪」

「だから服をまくるなと何度も言っておろーが」


 自分は記憶無くすからいいと思ってこの……


「なんなら触りますか? 今日は特別ですよ? なんといってもアニメ化決定記念日ですから」

「やめんか」


 烏丸さんはそう言って自分の胸を持ち上げてくる。


 だからそれをやめろと何度も……。

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