第20話 げきせん。永らく続いた争いの先に出てきた屈指の作戦とは(カードバトル編、後半戦)

 ☆ターン5★(前話の続きより)


 魔王GAORI(ガオリ)攻撃掲示、ハロ水攻撃掲示(ライフ3)>魔王ターン終了

 一筋ハロ水✖3攻撃掲示➕猛毒中(ライフ1)>一筋ターン


 ターン5の僕のターン。

 魔王から攻撃を食らい、毒の特殊能力まで頂いた僕のライフは残り1。


 例え、この場を逃げたとしても、このターン終了後に毒の特殊能力で1ダメージを受けて確実に敗北する運命だ。


 しかし、攻めるしかないとはいえ、まだ魔王のライフは3もある。

 どうやってこの絶望的状況をひっくり返すのか……。


「まずは、掲示中からのハロ水を二枚合体させて攻撃カードとして掲示」


 ハロ水(ハロ水✖二枚分)

 水のダブルカード

 攻撃2600

 防御1800


 ハロ水

 水のカード

 攻撃1300

 防御900


「ええい、うだうだ考えても無駄だ」


 僕は頭のスイッチを切り替え、先ほどカードを三枚ドローしていた手札に残る彼女ら(カード)に思いを託すことにした。


「次に合体したハロ水のダブルカードとして魔王側に攻撃。魔王の掲示しているGAORIとハロ水にウォーターボールウェーブ!」


 一筋ダブルカード攻撃2600>魔王GAORI防御1500>魔王GAORI消滅

 一筋ダブルカード攻撃2600>魔王ハロ水防御900>魔王ハロ水消滅


 ダブルカードはステータスが二倍になるほか、攻撃する時に、その倍の分だけ連続攻撃が可能となる。


「ここでハロ水の特殊能力が発動。ダブルカード攻撃で相手側によるした場合、もう一度だけ追加攻撃が可能となる」

「ほおほお。よくもまあ、そんなルールを熟知しおって。それは驚きじゃのう」

「いくぞ、追加攻撃スイートトロピカルビックウエーブ!」


 ハロ水の念により、五メートルくらいの高さの巨大な津波が押し寄せ、その波に魔王が体ごとさらわれかける。


「ぬおおおおー!?」


 水の流れに対抗し、何とか足を踏ん張って耐える魔王。

 そのなりの短い手足だと、遊泳のつもりで深いプールに泳ぎにいっても足が底につかなくてピンチ的な雰囲気だ。


 一筋ダブルカード攻撃2600>魔王>魔王直接ダメージ>魔王残りライフ2


「これで僕はターンエンドだ」


「……クククッ、ぬかったのお。

どんなに優れた攻撃をしてもお主はこのターンで負けなんじゃ」


 全身びしょ濡れの姿で勝ちを宣告しても惨めなだけだ。


 現実世界では真冬の時期。

 こんな季節にそんな濡れた状態だと風邪をこじらすぞ。


「さあ、ポイズンスライムの猛毒の攻撃でお主のライフを奪うぞい」


「これで終わったのお! それっ!」


 ポイズンスライム特殊能力>一筋猛毒のダメージ>一筋残りライフ0?


「これでお主の負けが確定じゃ。さあ、観念せえ」


 気休めか、それとも同情か……。


 魔王が勝ち誇った笑いをして、ライフが全て無くなりそうな僕の肩に馴れ馴れしく手を触れる。


 だが、僕の頭の上に表示されたライフは一向に消える気配がない。


「んっ?

なぜ何も起きんのじゃ?

まっ、まさか!?」

「そう、そのまさかだよ。まだゲームは終わっていないのさ」


 ライフが相手側より先に1になった時、その条件と引き換えに持ち前の持参してきたカードと手札を一枚だけ交換できる特別ルール(救済ルール)が一回だけ存在する。


 しかも、この場合は特別ルールなので行動のカウントもされない。

 僕はこの時のためにポケットに二枚のカードを忍ばせていたのだ。


「手札にある一枚のカードと持参したこの一枚のカードを入れ替え、手札にある特殊能力発動。このダブルカードの特殊能力で毒を解毒する。僕の前に現れろ、キノミノコ!」


 猫耳の少女が僕のカードから飛び出し、デッキの上で何やら場違いな大きい注射器をかかえている。


 キノミノコ(キノミ➕ノーコの合体カード)

 無垢のダブルカード

 攻撃0

 防御0


「ほーお。しかもカードは二枚持っており、一枚にするために、しょっぱなからダブルカードにしていたじゃと?」


 口をポカーンと開いたままの腑抜けた態度で、その口を塞ごうともしない魔王。

 突然の出来事にもなく気が動転しているようだ。


「残りライフが1となった時、相手側にかけられた全ての状態異常を元に戻す。キュアトランスクロニクル!」


 キノミノコの純粋無垢な微笑みで僕の体に注射器をかざすと、視界を覆っていた緑の視覚が何もないクリアな状態になる。


 キノミノコ特殊能力解毒>一筋>一筋猛毒解除>一筋残りライフ1


「さらにこの特殊能力の終了後にキノミノコは、防御カードのキノミと謎のカードのノーコに分離する」


 キノミ

 癒しのカード

 攻撃600

 防御1400


 ノーコ

 謎? のカード

 攻撃?

 防御?


 しかも分離しても、透明のままの絵師なノーコのカードはエクストラ扱いで攻撃や防御さえも不明のまま掲示される。

 こちら側もステータスは分からず、向こうから攻撃を仕掛けるまで、何も分からないままなのだ。


 まさに現実世界にある宝くじ感覚。

 僕は未成年の身なりだが、中身は立派な二十六の社会人。 

 ギャンブルのカードに相応しい一枚だと言える。


「さあ、今度こそターンエンドだ」


 ☆ターン6★


 魔王掲示なし(ライフ2)

 一筋キノミ防御掲示、ノーコ? 掲示(ライフ1)


「うむ、中々の策略家で感心したわい。若者にしてはやるではないか。ではワシのターンじゃな」


 魔王がシワシワの手で拍手をしながら僕を褒め称える。


「まあ、どっちにせよ、そなたはここで敗北じゃがな」


 でも、魔王は全然、動揺の素振りを見せない。

 むしろ、余裕の表情だ。


「クククッ、手札からGAORIを二枚掲示し、攻撃カードとする」


 GAORI

 闇のカード

 攻撃1800

 防御1500


 GAORI

 闇のカード

 攻撃1800

 防御1500


 凜と構えた二体のGAORIは感情を表に出さないまま、おぞましい闇のオーラに身を委ねている。


「次にGAORIのカードを一枚に合体させ、ダブルカードじゃ」


 GAORI

 闇のダブルカード

 攻撃3600

 防御3000


「そしてカードをドローせずに三回目の攻撃を可能とする手札にあるギンガネヒナの特殊能力を使用する。じゃが、この特殊能力は持ち前のライフを一つ失う」


「ギンガネヒナの特殊能力、サイクロントリプルアタック!」


 なるほど、これは隅に置けないな。

 そんな能力を隠し持っていたのか。


 ギンガネヒナ特殊能力>魔王>魔王直接ダメージ>魔王残りライフ1>魔王一回追加攻撃可能


 ギンガネヒナから巻き上げる突風により、魔王の体が二重になる。


「少々汚い策じゃが、みっともない敗北よりはいい。ここで、このゲームを知りすぎたお主には死んでもらう」

「はっ、死ぬ? どういうことだ?」


 僕は魔王の突然の発言に耳を疑った。

 これはお遊びのカードバトルではないのか?


「GAORIのダブルカードでキノミとノーコに攻撃。ダークマターデストロイヤー!」


 GAORIの黒い煙の固まりが僕の掲示しているカードに直撃する。


 魔王GAORIダブルカード攻撃3600>一筋キノミ防御0消滅

 魔王GAORIダブルカード攻撃3600>一筋ノーコ消滅?


 さすがに攻撃が4000近いと普通のカードでは対処法がない。

 ……という以前にキノミのカードはノーコと合体しなければ、攻撃も防御のステータスもなしのただの飾り。

 単体のカードではほとんど意味をなさない。


 だけど、ノーコに攻撃が当たった時点で、ようやくノーコのカードが明らかになる。


 そのカードはこの窮地きゅうちをひっくり返す吉のカードとなるのか?


 すると、ノーコのカードから光とともに無数の鳥の羽のようなものが吹き出してくる。


「なっ、激レアな天使のカードじゃと!?」


 これまで余裕を持っていた魔王の顔に焦りが浮かぶ。


 ノーコ

 天使のカード

 攻撃4000

 防御3800


「そんなありえぬ。山札に合計百枚あるうちの中に、この最強のカードが出る確率は一パーセント、つまり一枚しか存在しないはずじゃ!?」


 魔王がハッとして僕の方へ振り向き、真っ青な感情をあらわにする。


「まさか、お主、これを計算してさっき三枚カードをドローしたのか!?」

「まあ、その確率は奇跡に近かったけどな」

「それならカードを全部墓地に送ればいいものを?」

「全部だと、作戦を読まれる恐れがあったからな」

「ぬふっー、そこまで考えていたとはのお……」


 魔王が愕然がくぜんとし、あれほど意気がっていたのにも関わらず、僕の前で床に両ひざをつけ、降参のポーズをとった。


 でも勝負とは時に残酷で、どちらかの決着がつかないと終わらない。

 今さら命乞いをしても遅いのだ。


「ノーコの特殊能力、天使のはからいで両者のライフを一ポイントずつ削る」

「ということはワシは……」

「ああ、ここで僕らの戦いは終演だ。

これでとどめだ! 

ノーコの特殊能力発動。天使の計らい!」


 一筋ノーコ特殊能力>魔王直接ダメージ>魔王残りライフ0>一筋直接ダメージ>一筋残りライフ0


「ぬおおおおー!?」

「くううぅー‼」


 遠くからのチャベルの音で僕と魔王の体が天使の放った光によって埋もれていく。


 そう、これでカードバトルの決着はついたのだ。

 お互いにライフが0になり、両者引き分けという形で……。


****


 星空のカーテンがめくられ、殺風景な応接間の場へと景色が戻る。

 すでに日は暮れかけ、夕暮れの光が部屋を支配していた。


「ラストデュエル、これにて終了。勝者は……あれ?」

「アンソニー。皆まで言わなくても分かっておる。ご存じの通り引き分けじゃ」


 アンソニーが言いかけた言葉を濁すなか、魔王と僕は椅子から降り、魔王がさっきまで座っていた黒に染まった椅子に懐中電灯を照らす。

 その二つの椅子の足の部分には無数の細い電線のようなコードが張り巡らされていた。


 僕はテレビの映画でこのような椅子を観た覚えがある。


「これは海外で死刑囚を相手に使う……」

「そうじゃ、俗に言う電気椅子という代物じゃ。バトルに負けたら強制的にこれで命を奪うというシステムになっておる」

「どうしてそこまでしてこのカードバトルに?」

「ワシらが日本政府に秘密裏で開発を続けてきたVR(異世界の世界)による情報漏洩が怖かったんじゃ。こんな大イベントの裏でこのようなことをして商売をしていればのう」


 命を賭けた闘いだったのでバトル中も痛覚があったのだ。

 それには素直に納得をしていたが……。


「ワシはカードバトルなら絶対に負けない自信があった。じゃが、お主はワシの考えを飛び越し、最後は勘と運でワシに勝利した……」


「両者引き分けでも今回ばかりはワシの負けかも知れぬ……」


 魔王が、満をしたのか、その電気椅子に再びドカッと勇ましく座り、僕にカステラの箱のような黄色い物体を手渡す。


「さあ、そのリモコンのボタンを押せ。ワシは金のためとはいえ、多くの人の命を奪ってきた。ワシの気が変わらぬうちに」


 どうやらこれは例の椅子を起動するリモコンらしい。

 これを押したら魔王の人生は終わる……。


「さあ、これは正当防衛なんじゃ。ポチっと押せ!!」

「それはごめんだな」


 僕はリモコンを床に思いっきり落としてから、足で踏みつけ、その物を打ち砕く。


「なっ、なにをするんじゃ。そのリモコンはオーダーメイド式で、もう同じのは作れんのじゃぞ!?」

「冗談じゃない。そんな軽い気持ちで易々と人の命を奪えるかよ」

「なっ、正気か。何をしとるんじゃ!?」

「それはこっちの台詞だよ。あんたにも大事な想い人がいることを知ったからにはな」


 僕は親指をその対象者に突きつける。

 赤髪の男性が大人げもなく泣いているのを察して……。


「マスター様……」

「おお。アンソニーか。すまぬ」

「マスター様までいなくなったら自分はどうすればいいのかと考えていましたら、このように泣けてきまして……」

「分かっておる。君も家族同然の存在じゃったな。もう、日奈ひなの二の舞にはさせぬ」

「日奈は優秀なNPCでした。自分なんかのために絵師にもなってくれて……」

「そうか。いつか、生まれ変わった日奈と三人でまた笑える日が来るといいのお……」


 魔王は息子のようにアンソニーの体を受け止め、お互いに肩を震わし、涙を流していた。


 その二人の温かな様子を見て、ようやく一安心する。


 終わりよければすべてよし。

 僕のカードバトルという闘いはようやく終わりを迎えたのだった。


****


 さりげなく応接間を離れた僕は、絵師の展示会の非常口を抜け、いつもと変わらない態度の彼女と再開した。  


「ひっ君、おかえりー、おつー」

「ただいま、美羽みわ

「それにしてもこの大量の警官たちは何なん?」

「ああ、魔王は沢山の命をあやめてきた。その罪を償う時がきたんだよ」

「はっ、まおうって? なに、ひっ君あたおか? ラノベの読みすぎそ?」

「まあいいじゃないか。それよりもここから出よう。他に色々と見てみたいし」


 美羽が不思議そうに首を捻るなか、僕は彼女の前に出て、会場の出口へと歩き出す。


「ひっ君、ちょい待って」

「何だい?」


 美羽が僕の服の袖を摘まみ、モジモジと照れくさそうに指で頬をかく。


「はい。これ、ひっ君に誕プレ(誕生日プレゼント)」


 美羽が洒落たブランド物のバッグを開け、手のひらサイズのピンクの紙袋を僕に渡してくる。


「ああ、そういえば明日がそうだったな。わざわざありがとう」

「良かった。今日のために準備したけど中々渡す機会がなくて」


「お誕生日おめでとう。そしてメリクリ(メリークリスマス)ー卍」


 美羽が僕にプレゼントごと抱きついてきたが、僕は瞬時に美羽の頭を掴み、抱きつき作戦を何とか阻止する。


『ぶうー』と文句を垂れながら少し距離を置く美羽。


 ここには幼い子も来ている。

 ほっぺのキスもだが、抱きつきまでされたらその後の対応が大変だ。

 公衆の面前で色々と誤解が生まれたら困る。


「おいおい、クリスマスは一週間も先だろ。気が早すぎるよ」

「ううん、今日渡さないと駄目だったん」

「何だ、クリスマスもバイトでシフトでもたんまりと入れているのか?」

「ううん、ちょい違うかな。

私ね、明日、遠方に引っ越すから」

「なっ!?」


 美羽の意外な一言にプレゼントの紙袋をドサッと落とす。


「なっ、どういうことだよ!?」

「ひっ君、それよりもプレゼントは大切にね」


 プレゼントどころじゃない。

 彼女はいつまでも僕と一緒でこの地元で社会人として過ごす人生のはずだ。


 突然の彼女の言葉に、僕は信じられない気持ちでその場に固まっていた。

 もしや、魔王を倒した(逮捕した)せいで、この先の未来の歴史が変わりつつあるのか?


 美羽の言う通り、僕の世界はラノベでできているのかも知れないな……。

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