第7章 井戸の中の絵師、大海を知らず。そんな絵師でも虎を噛む

第19話 かいさい。最初で最後の絵師のカードバトルが始まる(カードバトル編、前半戦)

「まずはワシが今、手にしているのは絵師というイラスト家が描いたカードじゃが、それくらいの説明は不要のようじゃな」


 魔王と向かい合わせにテーブル席に座ると、二人のテーブルにアンソニーによって計十枚、一人五枚ずつのカードが等間隔に並べられる。


「それでは先攻、後攻をじゃんけんで決めるぞい」

「ちょっと待ってくれ」

「一体何じゃ?」

「じゃんけんはイカサマができるから信用にならない。だから……」


 僕は魔王に意見を告げる。

 最後の戦いなんだ。

 できることならフェアにいかないと……。


「なるほどのお。くじ引きということか。しかもそのくじをアンソニーに作らせてワシらに引かせるとはな」


 第三者からだったら下手な妨害工作はできないだろう。


 それにくじとはいえ、普通の裸の割り箸。

 変に仕掛けを作れば相手側にも気づかれてしまう。


 棒は割れば二本しかない。

 当たる確率は半分なのだ。

 僕は祈りを捧げるように両手を組んで固唾かたずを呑んで見守っていた。 


****


 その後、アンソニーからのくじ引きを終えて、願いが現実となった僕は嬉しさのあまり、しかと拳を握りしめる。


「何じゃ? ワシが先攻なのにどうしてそんなにも楽しそうなんじゃ?」

「なーに、僕にも色々とあるのさ」


 僕は魔王にあやふやな気持ちで答え、既に勝利を確信していた。


「それでは始めます! 両者見合ってスタンバイ。ラストデュエル!」


 アンソニーが僕と魔王を見合わせ、お互いに拳をつき合わせてゲームをスタートさせると、VR映像により、周りの背景が雲一つもない満天の夜空の映像へと切り替わる。


「先攻、マスター様!」


 後は実戦で自分の作戦がどう生かせるかがカギとなる。

 それには相手のカードの行動が読みやすい後攻の方が有利だ。


 ☆ターン1☆


「まずはワシのターンじゃな」


「五枚ある手札からこおにたん一枚を掲示して攻撃カードにする」


 こおにたん

 雷のカード

 攻撃2300

 防御1800


 魔王のデッキから鋭い角を生やした破壊の絵師、こおにたんが召喚される。

 いきなり強力なカードを手札から出してきた魔王。


 相手を攻撃する前に攻防の戦略が選べる中、最初から攻撃カードにするということは次の攻撃に転じて一気に攻め立てるということか。

 そうなると僕の五つあるライフもあっという間に消え失せるだろう。


「ここでカードを一枚ドローじゃ」


 ここで魔王が山札からカードを一枚引く。

 その表情からは余裕が見てとれた。


「では、もう一回だけ攻撃カードを掲示する。手札から再度、こおにたん一枚を掲示じゃ」


 こおにたん

 雷のカード

 攻撃2300

 防御1800


 魔王のデッキに再度、同じ面持ちのこおにたんが召喚される。


 僕の思った通りだ。

 魔王は次の自分のターンで僕に少しでもダメージを与えようとしている。


「そして、手札を五枚に戻すために山札から自動的に一枚カードが戻るぞい」


 魔王の手元にカードが戻り、そのカードを目で追い、怪しげな微笑を漏らす。

 何か良いカードでも当たったのか、それともただの演技か。

 こちらに情報を惑わせる何かがあっての策略だろうか。


「一回行動し、一枚カードをドローし、最後の行動をした。これでターンエンドじゃ」


「──次は僕のターンだな」


「手札から二枚のカードを墓地に送る。そして、新たに二枚のカードをドロー」


 ターン中は行動は掲示からカウントされ、その後に攻撃か、防御かでプラスで計二回、ドロー(プレイヤー自らが山札からカードを引く)は一回しかできない。

 だが、墓地には五枚分の全てのカードを捨てて、新しい五枚のカードにすることも可能だ。

 そうして、ターンが終わると手札のカードは自動的に五枚(自分では引けない)に戻る。


 手札に良いカードが無かった僕はあえて二枚のカードを入れ替える。

 すると、その二枚のカードが運のつきだった。

 偶然とは末恐ろしい。


「ではいくぞ。手札からギンガネヒナ一枚を攻撃カードとして掲示」


 ギンガネヒナ

 風のカード

 攻撃800

 防御1300


「そして、手札からもう一回引き、ガラスびん一枚を今度は防御カードとして掲示」


 ガラス瓶

 封印のカード

 攻撃1200

 防御1200


 僕のデッキで勇ましく立つ銀髪の少女と青い髪の少女。

 これからの戦いを始める幼げな二人の絵師のカードが僕の目には頼もしげに映った。


「二枚カードをドローして、二回できる行動もした。ターンエンドだ」


 ☆ターン2☆


 魔王こおにたん✖2攻撃掲示

 一筋ひとすじギンガネヒナ攻撃掲示、ガラス瓶防御掲示


「ワシの出番じゃな。まずは掲示しておるこおにたんの二枚の攻撃カードを一枚の攻撃カードに変えるぞい」


 こおにたん(こおにたん✖2枚分)

 雷のダブルカード

 攻撃4600

 防御3600


「それで二回目も攻撃カードでお主に攻撃。合体した一枚のこおにたんでギンガネヒナにライジングインパクト!」


 魔王こおにたんダブルカード攻撃4600>一筋ギンガネヒナ防御1300>一筋ギンガネヒナ消滅?


 こおにたんの雷の派手な魔術が隙だらけのギンガネヒナを襲う。


 僕はこの攻撃を待っていた。

 だからさっき二枚のカードを掲示したのだ。

 さっしされないよう、おとりと罠の二つに分けて。


「ガラス瓶の特殊能力を発動。封印の瓶詰め。こおにたんの攻撃を封印してカードの攻撃を無効化する」


 魔王こおにたんダブルカード攻撃>一筋ガラス瓶特殊能力、その後消滅>魔王こおにたんダブルカード消滅


 ガラス瓶がこおにたんの攻撃を瓶詰めに封じ込め、カードもろとも奪い去り、こおにたんのカードと一緒に消える。


 防御カードはただ相手の攻撃をガードするだけではなく、このような特殊能力も使えるのだ。

 ただし、特殊能力を使用するとその場から使用したカードごと消えるのがセオリーだ。


 僕は掲示していたカードを一枚失ったが、これで魔王側の掲示していた合体のカードはなくなり、次の攻撃で壁のない魔王に直接ダメージを与えることができる。    


「なるほど考えたのお。合体したカードで、ごり押しに攻撃するはずじゃったんじゃが、まあよいか。ではワシはカードを墓地に二枚送り、新たに二枚引いてターンエンドじゃ」

 

 だが、魔王は少しも動じずにすんなりと僕に出番を譲った。

 そんな小細工など通用しないような素振りのように……。


「では僕のターン、まずは攻撃カードで魔王に向かってギンガネヒナのトルネードスラッシュー!」


 一筋ギンガネヒナ攻撃800>魔王>魔王直接ダメージ>魔王残りライフ4


「ぬおおおおー!?」


 ギンガネヒナの巨大な竜巻の攻撃をまともに食らう魔王。

 魔王の頭上に浮かんでいた五つあるハートのライフが一つ減った。 


「それから防御カードとしてガラス瓶一枚を掲示」   


 ガラス瓶

 封印のカード

 攻撃1200

 防御1200


 これで再度、攻撃カードが来てもガラス瓶の特殊能力で無効にできて僕の優位になる。


 だから下手な攻撃は通用しないはず。 

 いつまでこの逃げの戦法が通用するかは不明だけど……。


「さらにカードを一枚墓地に捨てて、二枚のカードをドロー」


 一枚カードを入れ替えるのを裏目に、新たに二枚のカードを引くという戦法。

 こういったギャンブルのような心理戦の駆け引きが勝負の運を左右するのだ。


「ターンエンドだ」


 ★ターン3☆


 魔王掲示なし(ライフ4)

 一筋ギンガネヒナ攻撃掲示、ガラス瓶防御掲示


「ワシのターンじゃな。まずは手札から毒のカードのかんどくを一枚掲示。攻撃カードにする」


 かん毒

 毒のカード

 攻撃1300

 防御900


「次に手札から再度かん毒を掲示じゃ。これも攻撃カードにする」


 かん毒

 毒のカード

 攻撃1300

 防御900


 毒々しいオーラを放ったかん毒二人は自慢げな表情でデッキの上であぐらをかいていた。

 カードになっても、この少女は相変わらずの態度だな。


「手札を二枚墓地に送り、カードを四枚ドローじゃ」


 カードを一枚だけ残して入れ替えか。

 そんなにもその一枚が貴重で良い札を残しているのか?


「ワシはターンエンドじゃ」


 早くもバトルは第三ターン目に回り、僕らは一歩も譲らず互角な戦いをしていた。


 いや、相手の様子を伺い、手の打ち所を試していたのが正解だ。

 魔王はどうあれ、僕がそうだったから。


 さて、そろそろ勝負をかけるかな。


「僕のターン。手札から二枚引き、三崎にゃこね二枚を防御カードとして掲示」


 三崎にゃこね

 支配のカード

 攻撃500

 防御500


 三崎にゃこね

 支配のカード

 攻撃500

 防御500


『にゃーん』とぼやき、眠たげな顔で眼鏡を微妙にずらしてまぶたを擦る2体のにゃこね。

 例え召喚されても、興味のないことに関してはやる気0である。


「次ににゃこねのカード一枚で特殊能力にゃんでやねんを使用。支配の能力で相手の持っている全てのカードを一回だけ覗きみる。ただしそれには自身のライフを一つ削ることになる」


 片方のにゃこねが優等生ぶった眼鏡を外し、ガンをつけた目力により、秘めていた能力を発動する。


 一筋三崎にゃこね特殊能力、その後消滅>一筋>一筋直接ダメージ>一筋残りライフ4


「さあ、見せるがいい。魔王の手札のカードを」

「まさかそんな手を隠しておったとは。お主も中々の悪やのう」 


 魔王が渋々、デッキにあった五枚の手札のカードを僕に見せる。


 ギンガネヒナ✖二枚、かん毒、ハロすいか。

 そんなに良いカードでもないようだな。


 僕はほっと息を吐いて安堵し、魔王の最後の五枚目のカードを表に返す。


「しまった、これは‼」


 黒いオーラを纏う彼女がカードからゆらりと現れ、痩せこけた両腕を地面に突き立てる。


「闇のカード、GAORI(ガオリ)の特殊能力発動。手札にあったこのカードが相手側の命令で表になると、相手側の全てのカードを墓地に返すぞい」

「何だって!?」

「ゆくぞ、ダークラビリンス!」


 魔王GAORI特殊能力、その後消滅>一筋三崎にゃこね、ガラス瓶消滅>一筋>一筋手持ちのカードも0


「うわあああー!?」


 僕のデッキがGAORIの地面から漏れ出た闇の煙に包まれて、にゃこね、ガラス瓶のカードと手札の全てのカードが闇に飲み込まれる。


 この特殊能力は攻撃カードにしていても手札に持っていても、条件を満たせば使える能力でもあり、別名トラップカードとも呼ばれている。


 役目を終えたGAORIのカードは魔王の手札から粉末のように綺麗に消滅した。


「くっ、山札からカードを五枚ドロー」


 手持ちにはカードが一切ないので、強制的にカードを五枚引くしかない。

 

 この手に賭けていたのに魔王がGAORIのカードを潜ませていたとは。

 見事に裏をかかれたな。


「これで僕はターンエンドだ……」


 ★ターン4★


 魔王かん毒✖2攻撃掲示(ライフ4)

 一筋掲示なし(ライフ4)


「ではワシのターンじゃな。まずはかん毒の攻撃カードでお主に直接攻撃じゃ」

「ボイゾナークリスタルシャワー!」

「うわあああー!?」


 緑色の苔のシャワーが僕の体に降り注ぐと、その皮膚が焼けただれたように痛くなり、僕はひざを下ろしてうずくまる。


 魔王かん毒攻撃1300>一筋>一筋直接ダメージ>一筋残りライフ3


「続いて掲示していたかん毒のカードで、またもや攻撃カードでお主を直接攻撃じゃ」

「ポイゾナークリスタルシャワー!」

「ぐはぁーっ!?」


 またもや、強制的に浴びる酸のようなシャワー攻撃。

 僕は顔をひざに伏せた体操座りのまま、歯を食いしばり、何とか耐える。


 魔王かん毒攻撃1300>一筋>一筋直接ダメージ>一筋残りライフ2


「墓地に二枚のカードを送り、山札からカードを二枚ドローし、ターンエンドじゃ」


「ヌフフ。お主も次で終わったのお」


 魔王がにやけながら、嘲笑あざわらっている。 

 確かに僕のライフはもう二つしか残されていない。


 次の四ターン目、慎重に行動しないと確実にやられる。

 まあ、ただのカードゲームのお遊びだから、それは大袈裟か。


「僕のターンだな」


「僕は手札から三枚カードを墓地に送り、三枚のカードをドローする」


 僕の手元のある五枚のカード。

 運よくもその中で少しだけ光が見えたような気がした。


「手札から三枚のハロ水を攻撃カードとして掲示」


 ハロ水

 水のカード

 攻撃1300

 防御900


 ハロ水

 水のカード

 攻撃1300

 防御900


 ハロ水

 水のカード

 攻撃1300

 防御900


 水を操るハロ水の三人が魔王の前で腕を組み、仁王立ちをする。

 その額からは強がって無理をしているのか、湿った汗が流れていた。


「そして再び攻撃カードとして、三枚のハロ水の攻撃でかん毒にアタック!」


 ハロ水の水のボールにかん毒が体ごと包まれ、その中で溺れて消滅する。


 一筋ハロ水攻撃1300>魔王かん毒防御900>魔王かん毒消滅

 一筋ハロ水攻撃1300>魔王かん毒防御900>魔王かん毒消滅


「そのがら空きのフィールドに直接攻撃、シーサイドウォーターボール!」

「ぐおおおおー!?」


 大きな水のボールの中に取り込まれ、あの魔王さえも酸素を求めようと夢中で暴れていると、ランランと照り輝いていた魔王の頭のライフが一つ光を失った。


 一筋ハロ水攻撃1300>魔王>魔王直接ダメージ>魔王残りライフ3


「どうだ。もう後がないぞ。魔王」

「フフフ。見事にかかったのお」


「攻撃カードにしていたかん毒の特殊能力ポイズンスライムを発動。同種類のかん毒の攻撃カードが破壊されたと同時に相手側のライフを毒に侵すぞい」

「何だって? そんな裏技が!?」


 魔王かん毒特殊能力、その後消滅>魔王側からの毒の攻撃>一筋>一筋毒で1ターンごとにライフ1減


 かん毒の放ってきた毒のスライム攻撃を真っ正面から受けて、視界が緑色に染まる。


「これでお主はワシがダメージを与えずとも一ターンごとにライフは一つずつなくなり、確実にライフを削れるんじゃよ」

「くっ、そんな手があったとは。ターンエンドだ」


 相手は予想以上に強かった。

 手札に五枚カードが戻ったとしても、このままでは負けてしまう。


 ☆ターン5★

 

 魔王掲示なし(ライフ3)

 一筋ハロ水✖3攻撃掲示➕猛毒中(ライフ2)


「ではワシのターンじゃな」


 僕は何か、打開策はないのかと早くも焦り出していた……。

 何もしなくても負けてしまうならそれなり策を練った方がいい。


 僕は手札のあるカードに望みを託した。 


「墓地に全てのカードを送り、五枚のカードをドローするぞい」


 新しく変わったカードを見た魔王の表情がみるみる明るくなる。


「フフフ。相変わらずワシはついとるのお」


 魔王は次で仕掛けてくるはずだ。

 その時にこのカードが反応してくれれば……。


 僕はポケットに眠る二枚のカードの感触を確かめながら、魔王の出どころを待った。


「手札からGAORIとハロ水の二枚のカードを攻撃カードとして掲示するぞい」


 GAORI

 闇のカード

 攻撃1800

 防御1500


 ハロ水

 水のカード

 攻撃1300

 防御900


「そして、GAORIで一筋に直接攻撃。ダークマターデストロイ!」

「くうぅー!?」


 GAORIの闇の煙による攻撃をまともに食らい、呼吸ができずに苦しみ、やむを得ずその場でひざを下ろす。


 魔王GAORI攻撃1800>一筋>一筋残りライフ1


「ククク。いい気味じゃ。手持ちのカードが五枚に戻り、ターンエンドじゃな」


 魔王が勝ち誇った顔で僕の次の手を誘う。


 僕は瞬時に理解した。

 魔王は勝とうと思えば今のターンで勝てたはず。


 でもそうはしなかった。

 この僕との対戦を楽しみ、少しでも長く遊べるようにわざと手を抜いたのだ。


 窮鼠きゅうそ猫を噛むという言葉があるが、所詮、本気を出した小さなネズミが大きな猫に勝てるはずがない。

 抗っても返り討ちにされるのがオチだ。


「僕のターン!」


「カードを三枚墓地に送って、山札からカードを三枚ドローする」

「ホッホッホッ。ようやくやる気の目になってきおったか。そうじゃないとのお」


 僕はこのターンで何としてでも魔王を出し抜くしかない。

 そう、心の奥底が警鐘していたのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る