第17話 かみさま。願いを叶える相手は普通のおじさんだった

◇◆◇◆


「あなたは誰?」

「……」

「……どうしてこんな所にいるの?」

「……」


 太陽さえも見えない曇り空の下、その彼女は冷たい雨にさらされながら、壮大な原っぱにこぢんまりと立っていた。


 私と同じ色づかいとはいえ、桃色の髪に深緑の瞳という異色な少女の姿に思わず見とれてしまう。


 年齢は二十代くらいだろうか。

 彼女は誰が見ても絵に描いたような美しい面影をしていた。


「あーね、何かわけありな感じだね。さては好きな人からフラれたのかな?」

「……」


 彼女は何も答えない。

 どうやら図星かも。

 私はそんな落ち込んでいる彼女をそっと胸に抱く。


「ううっ……うわーん‼」


 彼女は初めは戸惑っていたが、やがて胸に顔をうずくませ、肩を揺らして、ただ幼子おさなごのように嗚咽おえつを繰り返した。


 飼い主から捨てられた彼女には名前も記憶もなかった。

 だから私は『ノーコ』と名付けた。

 ひっ君が好きな絵師のの名前の一部のという名前を取って……。


 また、空白だった記憶も私の双子の姉としてと勝手に設定付けをして、家族として温かく迎え入れることにした。


 そして、私も美羽みわからキノミという名称に変えた。

 この方がこの世界で身バレしそうにないし、何より初めてできたお姉ちゃんに相応しい妹になりたかったから。


 ──でもある時、恐ろしいほどに自我を持ち始めたノーコお姉ちゃんがとんでもない言葉を発する。


「キノミ、アタシ決めたわ。これからは絵師使いになるから」

「急にどうしたん、お姉ちゃん?」

「この前、いつも遊んでいた原っぱでこんな物を見つけてね」


 お姉ちゃんが私が街で選んであげたお気に入りのピンクのパジャマの懐から一枚のシルバーのカードを見せる。


「えっ、おしゃかわな女の子のイラストのカードだね。えっと、ギンガネヒナ?」

「そう。アタシはこの子を救ってあげたいの。あの雨の日にキノミがアタシを助けてくれたように」

「お姉ちゃん、やばたん。何を言ってるん?」

「今までありがとう。キノミ」

「えっ?」


 お姉ちゃんが私の前にそのカードを素早く突き出す。

 長い髪が宙に舞い上がり、激しい突風が目の前で吹き荒れる。


「安心して。命までは奪わないから」


 お姉ちゃんの最期の囁きとともに私の視界は闇に堕ちていった……。


****


「お嬢様、キノミ様の記憶は自分の魔術で完全に消去しました」

「ありがとう、ヒナ。アタシからもお願いがあるわ」

「はい。何でしょう?」

「これからはキノミのそばに居てあげて。この子の性格上、目が覚めたら周りに誰もいないことに対して錯乱しそうだから」

「お嬢様はどうするおつもりですか?」

「アタシは絵師使いの腕を磨いて、アンタの好きだったアンソニーを殺した魔王を倒す」

「それなら自分もいた方が?」

してよ。人をあやめるのに迷っていた女の子の力なんて借りれないわよ」


 アタシは何もない手のひらから、いちからできた風の渦を産み出す。


「こんな時を想定して、絵師使いの初期の能力として『コピー』の力を引き出せて正解だった」

「ノーコお嬢様!?」

「これで遠慮なく、ヒナの記憶を吹き飛ばす力が使える」


 アタシはヒナが攻防を見せる前に胸元に飛び込み、紫のネクリジェからのぞく微かな凹凸の前に渾身の魔術を当てがう。


「元気でね」

「お嬢様……あっ!?」


 ヒナが色っぽい吐息を漏らし、仰向けに倒れて気を失う。

 目覚めた時にはアタシのことなど忘れているだろう。


 でもそれでいい。

 この子の不幸の連鎖はアタシが絶ち切ってあげる。


「二人ともありがとう」


 アタシはそれだけを告げて、その場から早足で去っていった。


****


「それでノーコとやら。この魔王に話しとは何かのう?」

「あなたも分かってるでしょ。この世界は空想の作り物の空間だって」

「ほお。早くもこの世界の仕掛けに気づいたのか。さすがじゃの」

「アタシもゲームのコマに過ぎないんでしょ。だったらそのプログラムごと破壊してあげる」

「フフフ。ワシの命を奪うことによってこの異世界を滅ぼすつもりか」

「そうでもしないとあの子たちが現世に戻れないでしょ」


 魔王城に難なくやって来たアタシは雷の絵師のカードの『こおにたん』を魔王の手前に構えて、一歩も揺るがない決意を示していた。


「あの子とはキノミのことか?」

「どうしてそれを?」

「ワシの情報網をなめるでない。仮にも魔王じゃぞ」


 隠していたつもりでも、魔王には何もかもバレていたか。

 世界征服を望むゆえに最新の情報をどこかで会得しているのか?

 その情報網として、手下たちが所持していたスマホが考えられた。


「なるほどのお。今はキノミと分離していて本来はキノミノコというダブルカードじゃしの」

「ダブルカード?」

「そなたは何も知らぬじゃろうな。数ヵ月前にもワシの前に現れて同じ立場にいたのじゃよ。キノミノコとして数ヵ月前に出会っておるからの」


 この男は何、虚言ばかりほざいているのだろう。

 早くもボケてきているのか?


「悪の芽を摘み取るためにNPCの存在自体を消していたのじゃが、ここまで強力なバグじゃと厄介じゃ」


「消えるのじゃ、ワシの目の前から永遠に……」


 魔王が手をかざし、何かしらの魔術を

アタシに解き放つが何も影響はない。


「なっ、なぜ消えぬ? もしや?」

「ええ、今回のキノミノコの正体は現実世界にいる女の子よ。ゲームのキャラじゃないからあなたの能力プログラムの書き換えでは消えないわ。何とかここから逃げた本体である彼女の元へといかない限り」

「そうか。そなたはこの世界からキノミが逃げれる手助けの時間稼ぎをしておったのか。だったらワシ自らがキノミの所へ行けば早い」

「そうはさせないわよ。あなたはここで滅ぶ運命だから」

「なぬ。この計り知れない能力は!?」

「さあ、アタシと一緒にこの世界から消えようか」

「これはコンピューターウイルスか!?」


 アタシはブランドもののバッグからショートケーキが入っていそうな箱を開けて、一枚のディスクを魔王に堂々と見せつける。

 このディスクの中にはこの世界を破壊させる情報が詰まっている。

 

 これで魔王のゴミゴミとした企みも綺麗さっぱり片付いて終結だ。


「ぐおおおー!?」


 ディスクが日の光並みに輝き、城もろとも共鳴すると魔王が両ひざを地につけて、頭を押さえて呻き声をあげ出す。


 どうやら効果てきめんのようだ。

 アタシは拳を握りしめ、勝利を確信した。


****


「──何ちゃってのお」


 だが、アタシが能力を発動しても魔王は苦しむのを止めて何ともない様子を見せる。

 むしろアタシの体の方が消えかけているのはなぜだろう?


「くくくっ。こんなこともあろうかとあらかじめのセキュリティー対策は万全じゃ」

「くっ、年寄りのわりに意外とサイバーテロに慣れてるのね。迂闊だったわ」

「それにキノミはじきにここにやって来る。このワシの世界征服の邪魔をするある男に毒を盛る予定じゃからの」


 毒の魔術、かん毒の攻撃か。

 でもある男って……。


「まさか、新たな絵師使い!?」

「そのまさかじゃ」


 魔王が口先から何かを唱えた途端、アタシの頭の中が真っ白になった……。



****


 次に目覚めた時、アタシは魔王城の牢屋に居て、枷を付けられていた。


 確か、アタシはあの後、城から飛ばされて世界をさすらい、偶然にも新たな絵師使いの一筋ひとすじと出会って魔術の特訓をさせ、そこの森の中で魔王と決着つけようとしたはず。


 それで魔王に掴まれた手首が爆発し、何とか衝撃を最小限にして相殺したら、気絶してしまったようだ。


 でも折角せっかく、二度に渡り、魔王と対峙したのに、このような結末になるなんて……。


 いや、魔王は三回は会っているとも言っていた。

 あれはどういう意味なのだろう。


「魔王、ひっ君はどこ? 早くしないと猛毒に侵されて死んじゃうでしょ!?」

「ああ……頭が痛い」


 とある女の子の金切り声を聞き、頭が割れそうな頭痛が襲い、アタシはその場で視線を上目使いにする。


 耳をつくようなソプラノの声を発して、前方に映るのは慌て騒ぐ妹のキノミの姿。


 そういえばアタシを助けに来た一筋はかん毒の魔術を死角から食らって……。

 アタシの今までの計画が一発で水の泡だな。


「本当、困った妹を持ったものだわ」

「あっ、ノーコお姉ちゃん、こんな所にいたんだ。平気そ? ひっ君の治療をしたら、また戻ってくるからね」


 この状況が読めていないお惚けの妹の前で大きなため息をつく。

 そうだった、この子は出会った頃からこんなキャラだったわ……。


「キノミ」

「なに、今忙しいんだけそ?」

「この先、何があっても自分の力を信じるのよ」

「そんなん秒やわ。変なお姉ちゃん」


 キノミ、一筋を救ってあげて。

 その後でいいから、どうにか現実世界に戻って彼と幸せになって……。


****


「──キノミー‼」


 ──遠くから一筋の叫び声が聞こえる。

 思いよかれで行動してきたけど、これがまさかのバッドエンドになるとはね。


 キノミノコに戻ったアタシたちは魔王の力の糧となった。


 もうアタシたちは一人。

 キノミでもノーコでもないキノミノコとしての人格。

 あの時、偶然にも分離された人格は一つの体に再び戻るのだ……。


「さあ、カードは手元に揃った。ワシの願いを叶えたまえ」


 ──僕が放心している間にも、魔王は次の手はずを整えていた。

 絵師のカードが八枚集まり、願いを実現するために……。 

 

 しかし、そのカードから出てきた思念体は願いを聞く神様のような存在ではなく、どこにでもありそうな眼鏡をかけ、赤い髪が印象的な小太りの中年のおじさんだった。


『何だよ、また社長かよ。これで何度目だ?』

「よいではないか。願いを叶えてくれるのなら」

『願いを叶えると言ってもオレによるプログラムの書き換えだろ? 創造者の社長はこの世界を知り尽くしているから、たまには他の子の願いでも良くないか?』

「いいから黙って願いを書き換えよ」

『分かったよ。しょうがないなあ』


 大の男二人が何やらもめているようだ。

 魔王はおじさんから慕われ、社長と呼ばれている。

 魔王という職業は、そんなに偉い肩書きなのか?


『それでなにさ? 今度の願い事も世界征服かい? まあバグが増えてきてるから分からないでもないけど』

「ああ。そうせんと新しくきたバグキャラがワシの強さを認識できんからの」

『そう、それだよ。バグ自体、無くしようがないからなあ。じゃあ、一つ目いくぜー‼』


 一つ目の願い事の世界征服はすぐに達成したみたいだ。

 魔王の姿が大きくなったようで威厳というのが増したからだ。


 それにこの魔王には逆らってはいけないという本能さえも芽生えつつある。


『次の願い事はどうする?』

「移動食堂、わるのやの修復じゃな」

『今度もその願いかよ。いい加減新しい物件を選べよ』

「いや、あれはじいちゃんの形見みたいなものじゃからな」

『はいよ。じゃあ二つ目!』


 おじさんが口を開けた二つ目の願い事で、あの『わるのや』のミニチュアが部屋の床からするすると出てきて、新築仕立ての真新しい建物となる。


 それから『わるのや』はシャボン玉が弾けるように静かに消えた。


『で……最後の願い事はなんだ? また社長以外のキャラの記憶を白紙にするのか?』

「いや、記憶を操作してもキャラは何かのきっかけで記憶を取り戻すこともある。じゃから……」


『……分かったよ』


『しかし驚きだな。社長がそんなことを言い出すなんて』

「まあの。でも思い返してみればワシにとって、その存在こそが悪かったんじゃ」

『そうか、じゃあ最期の願い、いくぜー!』


 ──僕の体のあちこちがひび割れ、体内から無数の光がわんさかとこぼれだす。


 魔王の目の前を待っていたカードも砂となって消えていき、彼女たちの存在理由がなくなっていく。


「なっ。魔王、ここで僕らを消し去るつもりか?」

「そうじゃ。そもそも絵師とか言うものがあるからこの世界征服ができなくなるんじゃ。それなら初めからなかったことにすればいい」


 そうか、魔王にとって僕らは邪魔なのか。

 だったらどうして絵師使いを辞めた僕さえも影響が出るのだろう。

 薄れ行く記憶の中で謎が謎を生んでいた。


「今度こそ、さらばじゃな」

「現実世界でもいい夢みろよってか……?」

「まあ、ワシらの作った異世界を楽しんでもらえたから光栄じゃ。それじゃあの」


 それっきり、僕の異世界での冒険は終わったかのように思えた。

 中途半端なシナリオを夢見たようで、何となく腑に落ちなかったけど……。

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