第6章 絵師も歩けば苦難にぶつかるもの

第16話 いんたい。僕はもう絵師使いを辞めるから

「それ、それ、それ、他愛たあいもないの!」


 なすすべもなく魔王から殴られる僕。

 かけがえのない相手を無くした僕にはもう闘う理由がいだせなくなっていた。


『旦那様、自分のカードを使って反撃を。そうしないとやられてしまいます』

『それくらい分かってるよ。でも僕には……』

『いつまでも亡くした者のことで立ち止まるわけにはいきません。ここは自分を』

『何だと、まだキノミは死んだってことには』

「でも旦那様の手元から離れて、魔王の願いを叶えるからには亡くなったのも当然かと」


 ヒナの無神経な話し方に頭の中が煮えくり返る。


「そんなこと分かってるんだよ!」

『旦那様、敵に悟られます。ここは思念で会話を』

「どっちにしろ一緒だろ‼」


 僕は苛立ちをぶつける。

 ヒナは別に悪くない……それは無理も承知だ。

 だけど、他にぶつける相手がいないとなると必然的にも一番身近な相手に当たってしまう。


「どうやら僕とヒナとは生きる次元が違ったようだ」


 僕はこんなふざけた考えを持ったヒナとは相性が合わないと感じ、決別することにする。


「契約は解除だ。さっさと僕の前から消えてくれ」

『でも旦那様、カード使いに選ばれた者は最後まで闘い申す覚悟がありまして』

「じゃあ、そのカード使いから下ろさせてもらう」


 今の僕に救いの言葉は必要ない。

 僕は腰に付いていたカードフォルダーを外して、床へと投げ捨てる。

 乾いた音を立てて、地面を滑るフォルダーはちょうど魔王の足元にぶつかった。


 すると魔王はそれを見て、屈託もない笑みを滲ませた。


『旦那様!?』

「さよならだな、ギンガネヒナ」


 もう十分だろ、ヒナは精一杯僕に尽くしてくれた。

 絵師のカードでなくなった彼女はもう自由の身だ。

 今さら僕がとがめることはない。


「旦那様、お待ちください‼」


 背中越しにヒナの叫びがしても聞く耳を持たない。

 僕は絵師使いを辞めて普通の一般人になったのだから……。


「フハハハッ。仲間同士で喧嘩か。まあそれならかえって好都合じゃ」


 ──魔王が旦那様のフォルダーに触ると一瞬で黒こげになる。

 そのやから自分は強制的にカードから人形ひとがたに姿を変えた。


「ワシの渾身の魔術で灰となれ!」


 そんな魔王が強力な雷の攻撃で次は旦那様の頭上を狙う。


「旦那様ー!」


 彼が消し炭になるのを自分は黙って見ることしかできなかった……。


◇◆◇◆


日奈ひな、もう昼前だぞ。さっさと起きろよ」


 日奈こと、わたしは赤い髪のおじさんに真上から見られていた。


「アッ、アンソニーさん? 脅かさないでよ」

「はははっ、ごめん。可愛らしい寝顔をしていたんで少しからかってみた」

「それ、場合によってはセクハラになるわよ」

「えっ、そうなのかい。おじさんってヤツは不憫だなあ」


 アンソニーさんはスーツのズボンのポケットから煙草に火をつけ、煙を豪快に吸い込んで吐き出す。


「ゴホゴホ、アンソニーさん、わざとなの?」

「ああ、ごめん。確か気管支が悪かったんだったな。すまない」

「アンソニーさん、この前、その煙草の件について、わたしの前で約束をしたばかりですよね。罰として今日の夜ご飯はメザシです」

「うへー、勘弁してくれ。自分、あれ苦手なんだよ」

「苦手もヘチマもありません!」

「ぐはっ、まるで鬼教官だ……」


 アンソニーさんはくわえ煙草で銃の手入れをしながら苦笑いをする。

 その様子だとちっとも懲りてないようだ。

 

「全然、反省の色がないみたいですからメザシを一本追加します」

「ぐわっ、それだけは止めてくれ」


 焦り顔のアンソニーさんが床で煙草を踏み込み、私に謝罪をしてくる。

 メザシはカルシウム豊富で体には良いと思うんだけどね。


「こっ、この通り。今度美味しいあんみつおごるからさ」

「では最高級のメロンと苺がのった極上のクリームあんみつですよ。それ以外は認めませんから」

「うぐぐ……今月もピンチなのに……」

「そんなに銃を買い込むからですよ。エアガンなんて子供じゃあるまいし」


 アンソニーさんは銃口を巨木の方に合わせながら私の意図に口を挟む。


「フフーン。分かっていないな、日奈。ガス銃は街中で使える練習用にはうってつけなのさ」

「まあ、確かに、この街中では拳銃の所持は禁止ですものね」


『パーン!』


 アンソニーさんが銃の引き金を引き、木からひらひらと落ちる木の葉を撃ち抜く。

 この街中でもアンソニーさんの銃の実力はトップレベルの腕前だった。


 ──そう、わたしたちは長い旅を続けている。

 アンソニーさんと一緒の長い旅路。

 村を出て、あれから何日が過ぎたのか見当もつかない。

 でも村から出発したのが桜の花が満開だったので半年は余裕で過ぎているだろう。


 現にこの巨木の桜の木からは、いくつもの木の葉が落ちてきて冬支度を迎えていたからだ。


「魔王との決戦は近い。気を引き締めていかないとな」

「まおう? 何の話ですか?」

「いや、何でもないさ。それよりも日奈、手を出して」


 アンソニーさんの指示通りに手をだすと、そこに冷たく角張った物体を握らされる。


「アンソニーさん、これ?」

「皆まで言わせるなよ。初心者でも扱いやすいベレッタさ。日奈の身に何か危険が及んだらこれをぶっぱなせ」

「でもわたし、銃なんか使ったことが……」

「心配するな。そのためにコイツらがあるだろ?」


 アンソニーさんがリュックを下ろしてオモチャの銃をいくつか取り出す。


「まさか、わたしのためにこれらを買っていたのですか?」

「まあ、半分は正解だな。もう半分は察しの通り自分の趣味さ」


 アンソニーさんがわたしの腰に銃をしまうベルトを着け、そこに本物の拳銃を滑らすと、今度はオモチャの銃をわたしに握らせる。


「銃を使うのは初めてだったな」

「はい。でもアンソニーさん、わたし、何も使い方を知らなくて」

「大丈夫。玉が違うだけで作りは本物とほぼ一緒だから。少しづつ覚えていけばいい」


 アンソニーさんは優しい笑みを絶やさないまま、煙草を一服しようとする。


「アンソニーさん、言いましたよね? 晩ご飯はメザシですよ」

「うわお!? 条件反射って怖いよな。あちち‼」


 慌てふためきながら煙草の火を地面にもみ消すアンソニーさん。


 わたしは心から願っていた。

 こんな銃を使わない平和な世界がいつまでも続けばいいと……。


 ──だけど、現実というものは残酷で時にわたしの心を蝕んだ。


「日奈……自分なんか捨て置いていいから逃げろ……」

「逃げろと言われても」

「胸が痛いのに何度も言わすな……。好きなヤツには生き抜いて幸せになってほしいんだよ……」


 目の前の敵に目もくれず、わたしはアンソニーを抱き寄せる。

 彼が撃たれた胸が真っ赤に染まっていく。


「アンソニー、わたしは!!」


 わたしはアンソニーのことが好きだった。

 上司としてではなく、一人の男性として……。


「達者でな……」

「アンソニー!」


 一粒の雨が頬を伝い、わたしたちの世界にどしゃ降りの雨が降り出す。

 わたしは声を出さずに泣いた。


「お嬢ちゃん。その男を救いたいのかい?」


 そちらから一方的に反撃をしてきて何のつもりだろうか。

 わたしはそっと立ち上がり、敵意をむき出しにして、怒りの感情を前に示した。


 腰から黒光りする拳銃を引き抜いて、敵に構える。

 敵は黒いマントを纏ったおじいちゃんみたいな男性。

 この至近距離なら確実にれる。


「ううっ……」 


 カタカタと肩が笑い、震える銃口。

 躊躇ためらいの感情が胸の中で揺れ動く。

 こんな人をあやめたことがないわたしに人間が殺せるの?


「フフフ。無理をするでない。そなたはワレのカードの一部となれば良いのじゃ」

「なっ、何をほざいているのよ。この人殺し……」

「失敬な。先に攻撃してきたのはそちらからじゃろ?」

「例え、それでも罪のない人を殺する

理由にはならないわ」

「よく言うのお。そやつは殺し屋だったのに」

「いえ、アンソニーさんは善人には決しては決して銃口を向けなかった。彼は悪人としか張り合わなかったの。あなたに何が分かるのよ!」

「やれやれ、そなたは色々と面倒なおなごじゃな。まあよい……」


 おじいちゃんが両手を空に上げて、マントを大きくひるがえす。


「我が名は魔を司る魔王。この異世界の神のような存在である」

「異世界、何を言ってるの?」

「ふう、これじゃから意思を持ったプログラムは厄介なのじゃよ」


 なにそれ。

 このおじいちゃんは思考回路がショートしているのか?


「そなたはワシの仲間のプログラマーが作った仮想の人間じゃ。そこで息絶えた男もそうじゃ」

「なっ、何を言ってるの? わたしはこうして息だってしてるし、自我もあるのよ」

「そうじゃ。それが困ったもんなんじゃよ。今のそなたはバグみたいな存在に値するからのお」


 魔王の言葉にあの声がフラッシュバックする。


『──まあ、この世界自体がゲームみたいなものに染まっているからさ』


 いつの日か、アンソニーさんが話していたことを思い出した。

 だとしたら、わたしたちはこの魔王という人物から操られているのか。


「だったらどうしたら、わたしは人間になれるの?」


 わたしの発言に魔王が驚いたような顔になる。


「ほお。驚いたのお。ここまで自我を維持したNPCに出会えるとはのお」

「はぐらかさないで。わたしは人間になってアンソニーと向き合いたい」

「それはつまり、アンソニーという輩まで生き返してほしいとな? ワガママな小娘じゃのう」

「いいからさっさとして。魔王というからのはそのようなことは容易いでしょ?」

「まあ、叶えてやらないこともないが、一つ条件がある。そなたの命と引き換えに絵師のカードになるんじゃ」

「えっ、冗談じゃないわ。死んだらアンソニーと暮らせないじゃない?」

「そうかの。もう、そなたは死んどるけどな」

「えっ……」


 気付いた時にはわたしの視界は魔王の足元を見つめていた。


 体がまったく動かない。

 周りが赤い血で覆われ、段々と血の気が引いてくるのも分かる。


 わたしは首筋を横から切られたのか……。


「絵師のカードになるんなら、元に戻してもいいがのお。ほれほれ、そなたの動脈を切ったんじゃ。時間がないぞい?」

「わたしを……カードに……して」


 わたしは精一杯の声を振り絞る。

 それがわたしの望んでいる答えだったから。


「よろしい。ヒナとやら」


 わたしの傷が急速に回復していくのを肌で感じる。

 暖かく、体が風のように軽い感覚。


「今からそなたの名前は絵師で風の魔術を使うギンガネヒナじゃ」

「はい。ありがとうございます」


 いつの間にか雨も上がり、太陽がわたしの体を照らしていた。

 魔王がわたし、いや自分に手を差し伸べるなか、自分でも信じられない行動に出ていた。


「ぐおおおおー!?」


 差し伸べた魔王の手首を風の魔術で切断し、魔王は腕を押さえながら自分を睨む。


 感謝の念は一瞬だけ。

 自分はこの隙を一時ひとときのチャンスだと考えていたのだ。


「そなた……いや、貴様、最初からこれが狙いか?」

「あなたに対抗するにはこれしか手はないと思いまして」

「この女、聞き分けがいいと思うたら、ものの見事にはめてくれたのお」

「ついでに自分のこのちからを持ってあなたを封印させてもらいます」

「ぬおおおおー!?」


 魔王の足元から見えない風を発動し、魔王の四肢を封じる。

 その身動きがとれない魔王の胸にありったけの風の魔術をこめた。


「ぬおお、覚えとれよ。そなたの名前は忘れぬからな!」

「心配はいりません。あなたのその記憶さえも風の魔術で消し去りますから」

「何じゃと!? おのれえええー!!」


 こうして自分はプログラムから絵師になり、魔王を何とか封じたのだ。


 だけど、その平和は半年しか通用しなかった……。


****


「ヒナ……」

「お目覚めですか? 旦那様」

「僕は一体なんでこんな場所に?」

「旦那様は長い、長い夢を見ていたのですよ」


 僕は見慣れた自室のベッドに横になっていた。


 ひょっとしたら風邪でもひいたのか。

 ヒナが付きっきりで僕を看病してくれたのかな。


「旦那様。もっとお休みになった方がいいですよ。何かあっても自分が近くにいますから」


 いつもは弱々しくて、頼りがいがないのに、このヒナはどうしてこういう時は強いのだろうか。


 アンソニーという相手を亡くして寂しいはずなのに。


「そうだ。ヒナ、アンソニーはどうしたんだ!?」

「旦那様。さっきも言ったでしょ。少し横になりましょうか」

「ヒナ……」


 ヒナの言う通り、布団に寝直すと一気に眠気が襲ってくる。

 僕は流れるままにその睡魔に飲み込まれていった……。

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