第15話 こうぞう。入り組んだ迷宮の先で捉えたもの

『いらっしゃいませ! 牛丼屋、わるのやへようこそ』


 ヒナの魔術の力で広大な森から後を追い、十分後に彼女らがいるミナードンへと追い着いた僕らは『わるのや』の居場所を難なく突き止めていた。


「本当にここであっているのか?」

「ええ、間違いありません」


 スマホの追跡アプリでは間違いなくここを指しているが、こんなにもあっさりと見つかるとは。


「普通にお店として接客しているよな」

「まあ、仮にも牛丼を売るための飲食店舗ですから」


 大都市のど真ん中に建っていた『わるのや』は、まさに見つけて下さいみたいな素振りで堂々と店を構えていた。


『いらっしゃいませ。二名様でしょうか。奥の席へどうぞ』


 無人の女性店員のアナウンスに従い、店の自動ドアから入ると、甘くて香ばしい肉の匂いが鼻を潤す。

 お客はそれなりにいて、牛丼屋として大いに繁盛しているようだ。


「作戦はさっき考えた通りでいいな。じゃあ、僕はトイレにいって着替えるから」


 僕は周りに溶け込むような形でヒナに用件だけを告げて、『お手洗い』と書かれた紫ののれんをくぐる。


 そして、トイレの個室に入り込み、肩に担いでいたリュックから出した衣装へと素早く着替える。

 そう、キノミを助けるために僕らは動き出したのだ。


****


「おーい、お客さん。泣く子も黙る変態ダンサーの登場でふよ」


 グラサンとちょび髭を付け、キテレツな格好で現れた僕は店内のお客の前で腹をくねらせて踊り出す。


「何ですか、周りに小さい子がいるのにあなたのその格好は‼」

「お母さん、怖い。あの人、上半身裸だよ!?」

「落ち着いて。相手はただのアホだからね」

「お母さん、ただのアホって?」

「ええ、どうしようもないクズという意味ですわ」

「ふうーん。クーズ!!」


 ターゲットとなった二人の親娘おやこは動揺どころか、冷静に状況を判断して僕に卑劣な言葉を投げかけるまでだ。


「ねえ、旦那様。そんなおかしなことをしている場合じゃないでしょ?」


 そこへ鋭いツッコミを挟むヒナ。

 ここまで変な男の相手をするなんて、どんなに暇な女の子なんだろう。


「ああ、すまねえヒナ。僕が風邪に弱いばっかりに」

「だからと言って店内で乾布摩擦はよくないでしょ?」

「いや、見られた方が背中も燃えるかと思ってさ」

「もう意味不明な言いわけはいいですから、トイレでちゃんとした服に着替えてきて下さい」

「分かったんこぶ」


 僕は店内での味噌汁の出汁は昆布より、いりこの方がいいよなと口ずさみながら、再度、お手洗いへと姿を消した。


****


「ふう、うまく潜入できたみたいだな」


 ヒナと立てた作戦、それは僕が潜入、ヒナが情報収集と、お互いにスパイになって、この店に乗り込む作戦だった。


 でも隠れてこそこそ行動しても敵の思うつぼである。

 そこでまずは普通にお客さんとして来店して、敵の目を欺く策略だった。


 トイレで着替え、変質者を演出して敵の目をやり過ごす。

 その間にヒナが遠隔しているスマホでこの屋敷内をハッキングして、事務所へと続く通気こうを調べるのに専念できる。


 案の定、ヒナの答えはお手洗い場にある、天井の通気こうから侵入できることを知らされた。


 ──こうして僕は情報を聞き、洋式便座の上にある通気こうの金網を外して中に忍び込み、体をほふく前進しながら狭い道を進んでいる。


 それにしてもぎゅうぎゅうで窮屈だ。

 体は四方の壁に密着されていて、中々前に進みづらい。


「ごめんね、着替えてる最中に。どう? あれからキノミは見つかった?」


 前方から聞こえてくる女の子の声。

 この声はガラス瓶ちゃんか。

 慌てぶりな発言からしてキノミがどうかしたのだろうか?


「駄目だにゃん、どう逃げたか見当がつかないにゃん」

「でもおかしいよね。お姉さんを牢獄に残したまま脱獄するんだもん」

「にゃん。確かに普通なら仲良く抜け出すもんにゃんだけど……」


 這いずりながら下からの光を見つけた僕は気づかれないように慎重に進み、その場にある通気こうの金網を覗きこんだ。


 慌てた表情のガラス瓶ちゃんに加え、隣にはあのにゃこねもいる。


 二人の話からしてキノミは牢から逃げ出したようだ。


 人がわざわざ助けに来たのに、その身勝手な行動ときたものだ。

 居場所が不明だから、探し出すのに苦労しそうだ。


 まったく骨が折れるおてんば娘だな。

 僕は思わず大きなため息を漏らす。


「誰にゃん‼」


 僕の漏れた声に反応したにゃこねが耳をピクッと尖らせ、天井にある通気こうに目を光らせる。

 その反応に慌てて金網から顔を背けた。


 野生の勘というものか。

 猫もどきだけに勘は鋭い。


「どうかしたの、にゃこね?」

「いや、気のせいだにゃん。ネズミが入り込んでいるみたいだにゃん」

「えっ、ウチ、ネズミ苦手なんだけど?」

「大丈夫、いざという時はあっしが捕まえるにゃん」

「きゃー、にゃこねカッコいい。ウチのお嫁さんにしたいなー」

「にゃん、女の子通しの婚約なんてムズがゆいだけにゃん」

「いえいえ、今は百合という関係が流行っているし、同性婚も当たり前の時代だよ」


 なぜか、えらく早口でまくし立てるガラス瓶ちゃん。

 百合に興味津々な年頃なのか?


「残念ながらにゃこねはノーマルだにゃん。だいたい……」

「だいたいがなに?」

「なっ、何でもないにゃん!」


 バタンと乱雑な開閉音を立てるにゃこね。

 ガラス瓶ちゃんの強引さに、にゃこねは我が身を守ろうと保守的になり、一歩引いた言動になっていた。


「さあ、早くキノミを探すにゃん。隣の会議室とかが怪しいにゃん」

「にゃこね、顔真っ赤にして可愛い♪」

「にゃん、いっ、いいからここを出るにゃんよ!?」

「はーいw」


 視界から二人の姿が消え、扉の閉まる音がした。


「ようやく行ったか」


 騒がしかった二人が抜けた部屋は他には誰もいなく、殺風景で地味な空間と言ってもいいだろうか。


 金網を慎重に外し、その部屋に飛び込んだ僕は辺りを見渡す。


「ここは更衣室か。なっ……」


 僕はそこで見てはいけない物を見てしまう。


 桃色の下着、ピンク一色でやたらと目立つブラジャーが、ある人の個人ロッカーに挟まっていた。


 プリクラなどでデコられたギャル子らしいロッカーの持ち主。

 扉の名前のシールには可愛い丸文字で『にゃこね』と書かれてある。

 紐だけ挟まっているからに、大方、慌てて閉めたのだろう。


「まあ、見なかったことにしよう」


 僕は変質者という職業には就かず、まともに生きると誓ったんだ。


 もしかしたら罠の可能性だってある。

 下手にこの下着に触れて、明日からうしろ指を指されるのはごめんだ。


 僕はスルーして現状を再確認する。


「確か、隣は会議室と言っていたな。どんだけ広いんだ、この店は」


 外から見た感じは平屋のようなイメージがあったが、中身は色々と迷路のように入り組んでいる。


 このままじゃがいかない僕はテレパシーの救世主に相談を持ちかける。


『ヒナ、聞こえるか?』

『はい、感度良好です』

『敵のスタッフルームに突入した。しかし肝心のキノミが脱獄したらしい。どう動いたらいい?』

『旦那様、それなら心配は入りません。このわるのやの外への出口は入り口のドアしかありませんので、自分がカウンター席から見張っておきます』

『なら、安心だな』

『旦那様はそこから部屋を出て、北にある牢屋に向かって下さい。そこに生命反応があるからにノーコが囚われている可能性が高いです』

『そうか、やっぱりノーコも囚われていたか……』


 ノーコがあれから戻って来ないこともようやく判明する。

 あの責任感の強い絵師使いがその場から逃げ出すなんて想像もしなかったから。


 それにノーコにはまだ教えてもらいたいことが山ほどある。

 ここで会えなくなるのももどかしい。


『旦那様?』

『いや、何でもない。キノミを頼んだぞ』

『はい、任されました』


****


 白い壁に清潔感のある廊下を歩むと、目的地はあっさりと見つかった。


「ノーコ‼」


 牢屋の中で重りの付いたかせを付けられたノーコが倒れ込んでいる。

 僕はノーコの元に素早く駆け寄った。


「ノーコ、無事か?」

「そ、その声は一筋ひとすじ?」

「そうだよ。泣く子は黙らせる一筋様だよ」


 泣く子は黙るどころか、僕の手前で何かに恐れているように震え出す。


「いけない、ここからすぐに離れて。これはアンタをおびきだすための罠よ‼」

「あははっ、何を言ってるんだい? 僕の進路先には誰もいなかった……うっ!?」


 僕の背中に熱いものが張りついている。

 この熱くて禍々しい感触には身に覚えがあった。


「かんちゃんのポイズンスライムか……」

「そだよww」


「しかしウケるね。いくら変装しても、この店に入った時点で防犯カメラで人相をとくてーされてんのにw」


『毒』の魔術を得意とするかんどく……かんちゃんからの毒の攻撃を再度受けるとは……。

 僕も焼きがまわったものだ。


「一筋、しっかりしなっ‼」

「無茶言うなよ、猛毒を食らってんだぞ……」

「アンタね、絵師のカード使いなんだから、そんな攻撃ごときに負けるんじゃないわよ!」

「ノーコも無茶苦茶言うなあ……」

「何さ、ギンガネヒナの二の舞になりたいの!!」

「えっ、ヒナが何だって……」


 どうしてヒナの本名を認識しているのだろう。

 ヒナが二の舞、何のことだ?


「それが知りたいのなら頑張って生き抜きな……」


 熱く気だるい感覚で意識を奪われた僕はそのまま廊下に体を静めた……。

 

****


「ここは……」

「ひっ君!」


「良かった。本当に無事で……」


 僕をひざまくらしていた猫耳の少女。

 ピンク色の髪に場違いなサンタのコスプレが懐かしく感じた。


「キノミか?」

「そだよ。毒で倒れたってかんちゃんから聞いたから秒で駆けつけて治療したんだ」


「でもそのお陰でこの有り様なんだけど……ぴえん」


 よく見るとキノミは長い鎖に繋がれていた。

 さらに僕の両手足にも黒い金具で拘束されている。


 そうか、僕らは奴らに捕まったのか。

 手枷てかせくらいなら何とか外せないか身をよじろうとするが……。


「なっ、これは動けない……」


「当然でございますわ。本来の枷にワタクシの『束縛』の魔術を上乗せしているのですから」

「紅茶貴族か。僕らをどうするつもりだ」

「どうするもございませんわ。貴方がたはそこで這いつくばって見ていれば良いのです」

「くっ、どういう意味だ?」


 紅茶貴族が冷ややかな微笑を含ませながらセミロングの髪を指先で撫で上げる。


「静まりなさい。魔王様が姿をあらわしになられます。それではごきげんよう」


 紅茶貴族は光の粒となって、遥か彼方に消えていった。


『──フフフ。ワハハハハッ!』


 その光が消えた先から甲高い笑い声が澄んだ耳に飛び込んでくる。

 耳を塞いでもその笑い声が染み付いて離れない。


「久しいな。カード使いの一筋とやら……と言ってもこの世界では初めてかの」


「お前が魔王か!?」

「左様じゃ。ワシがこの世界を支配している魔王じゃ」


 ファンタジー世界にありがちな黒いマントを着込んだ年寄りのジイサンが奥から出てきたと思えば、何やら変なことばかりほざいている。


 重厚な立ち振舞いと凛とした言葉遣い。

 どうやらただの老害ではなさそうだ。


「正直、お主はよくやってくれた。こうしてワシに集まったカードが再度結集したのじゃからな」


 毒の魔術のかん毒。

 封印の魔術のガラス瓶。

 水の魔術のハロ水。 

 束縛の魔術の紅茶貴族。

 支配の魔術の三崎みさきにゃこね。

 雷の魔術のこおにたん。

 闇の魔術のGAORI(がおり)。


 七つの絵師のカードが魔王の頭上で時計回りに規則的に動いている。


「そして、キノミ……」


「ひっ君、ごめンゴ。私行かなきゃ」

「キノミ? いきなりどうした?」

「ひっ君、私のこと忘れないでね」

「キノミ、忘れないでって?」


 キノミの言葉の意味が飲み込めず、彼女に疑問系を投げかけてしまう。

 そんな彼女は微笑みながら、僕から離れ、鎖の持ち主へと歩み出す。

 

「さあ、我が力となれ。キノミとノーコの二つの絵師の力を持つダブルカード、キノミノコ!」


 そのまま鎖を引き付けた魔王の所に歩いていき、そのシワシワの手にそっと手をのせた。


「なっ、や、やめろー!」


「……ひっ君、めっちゃすこ(大好き)だよ」

「キノミー‼」


 次の瞬間、僕に笑いかけたキノミが一粒の涙をこぼして砂となり、一枚の黄金のカードに変化し、魔王の手のひらに収まった。


「フハハハハ。これでワシは七つの絵師のカードと一つのシークレットカードを再び手にしたことになる」


「……これは滑稽こっけいじゃわい」


 魔王の言っている意味がうまいこと飲み込めない。


「キノミー‼ キノミー‼」


 僕は悔しさのあまり、大声でキノミの名を叫んでいた。


 例え、自身の喉が枯れつきようと、いつまでも、いつまでも……。

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