第12話 じょうず。うまい具合に戦況をひっくり返す方法

「気分はどうじゃ? キノミとやら?」


 しわがれ声で意識を取り戻した私の行動は状況の把握からだった。


 お城のような内壁で覆われ、冷たい石畳の上で横になっている。

 手足は手錠で繋がれ、口には布がくわえられていて、声を上げることさえもできない。


 私はさらなる情報を求め、首だけを動かし、周りをよく観察する。

 二メートルくらいの低い天井、唯一の脱出先と見込まれた窓には鉄格子、出入り口は頑丈な金属製の扉。

 見かけからして、ここは魔王城の牢屋か。 


 私の目の前には痩せていて、骨と皮だけのガリガリな体格の老人。

 この人が私をこんな場所に?

 身動きが取れないからして、私はここで殺されるのか。

 とにかく早く助けを呼ばないと……。


「まあ、そんなに暴れる必要もない。これからお嬢さんはワシの一部となるんじゃからな」


 老人が黒い腰のベルトからあるものをちらつかせる。

 そのベルトには見覚えのあるカードフォルダーが付いていた。


「そうじゃな。痛みもないし、数秒で終わる。お主はワシのカードになって生涯、この魔王様の元に尽くすんじゃよ」


 そうか、このおじいちゃんがひっ君の倒すべき敵となる魔王か。

 いち早く素顔を見れた私には最高のチャンスだ。

 実は魔王はヘロヘロの年老いたおじいちゃん、このことを伝えるだけでも十分すぎる内容だから。


「ほお。そのような状態でまだ諦めきれんか。しょうがないのお」

 

 おじいちゃんが私に手を触れた途端に私の身体中が縛られた感覚になり、痛みと苦しみで声にならないうめき声を漏らす。


 金髪で縦巻きロールにオレンジの瞳の女性が描かれた絵師のカード『紅茶貴族』と書かれた名前。 

 まさか、おじいちゃんがひっ君と同じ絵師のカード使いだったなんて。


 しかもこの強力な力、単なるままごとレベルの能力じゃない。


 私は縛られながらも瞬時に悟った。

 このおじいちゃんはガチで強い。

 その能力はひっ君の強さを遥かに越えたただものじゃない力を持っている。


 今の私が逃げ帰っても、現時点のひっ君ではとても太刀打ちできないだろう。


「ほお。すんなり諦めたか。どういう心境の変化か分からんが、ワシとの契約に同意する覚悟はできたようじゃの」


 私は口元をぎゅっと噛みしめる。

 そのはずみで口内を切ったらしく、ほんのりと血錆びのような味がした。


「まあ、悪いようにはせぬ。いい感じに世界征服に使わせてもらおうか」


 おじいちゃんが何も描かれていない無地のカードを私の体にのせ、何やら言葉を投げかける。

 それは私に向かってではなく、絵師としての能力を確かめるように……。


(ああ、最悪だ。これで私もひっ君の敵になるんだ……かなしみ)


 そう理解して私がお腹を向け、降参のポーズをとった時だった。


『バチン‼』


 激しい火花とともに弾き返されるおじいちゃんのカード。

 その火花の反動で私の口元の布が焼け切れる。


「何じゃ、この絵師は? うまいようにカードにならん?」

「失礼いたします、魔王様。もしかしますとこの方はダブルカードの持ち主なのかも知れません」


 おじいちゃんの持っていたカードから具現化した凛々しき絵師、紅茶貴族。

 突然の変化にも冷静に対応し、おじいちゃんに事の成り行きを説明する。


「紅茶貴族、それはまことか?」

「はい、左様でございます。それからキノミと言うのは名前の一部に過ぎず、正式名称はキノミノコと仰るらしくて……」

「なっ、なんじゃとー!?」

 

 柄にもなく、その場でうろたえるおじいちゃん。

 私の名前に何か強力な爆弾がついているような感じだ。


「なぜじゃ、あやつは当の昔にワシが葬ったはず。今ごろになってなぜ……」

「魔王様」

「ええい、お主は少し黙っておれ!!」

「いえ、人質がここから逃げようとしていますので」

「なんじゃと、それを先に言わんか!」 


 二人が口論になっている隙をついて、私は、おじいちゃんの腰に吊るしていた手錠と牢屋の鍵を口でくわえて頂戴し、鍵をくわえたまま器用に手錠を外して、素早く冷たい扉を開ける。


 本当はいつでも脱出できたけど、逃げてすぐに捕まったら、それこそ意味がない。


 今の魔王たちとの距離はおよそ三百メートル。

 いかに向こうの足が優れていても、この細々こまごまとした障害物の多い城内では易々やすやすとは走れないはず。

 ずっとこの機会を心待ちにしていたのだ。


「にゃんにゃん。美味しい肉まーんにゃーw」

「ごめん、子猫ちゃん!」

「にゃーん!?」


 眼前の通路を横切ろうとした相手を振りきって走り続ける。

 その相手は私とは少し違うけも耳を左右に揺らしながらも、私には興味無さげであっけらかんとしていた。


「おい、にゃこね。そやつを逃がすな!」

「にゃんですか。あっしは栄養補給中で忙しいにゃん」

「肉まんなんていつでも食べれるじゃろ。黙って追わんかっ!」

「にゃーん。魔王様は分かってにゃいですね。できたてホカホカが一番美味しいんだにゃん」


 にゃこねと言われた女の子が一丁前におじいちゃんに抗議する。


「そうか。じゃあお主はクビじゃ」

こうちゃん、クビってにゃん?」

「その肉まんが食べれなくなることですわね」

「それは嫌にゃん!」


 にゃこねと呼ばれた少女が事態を読み取り、行動を開始しようとする。


「おおっ、さすがはにゃこね。飲み込みが早いのお」

「魔王様、ならば、にゃこねは魔王様から独立するにゃん。そしたら文句も言われず、肉まん食べ放題にゃん」

「なぬ、なんじゃとー!?」


 三人がもめている場所から飛び出して、まっすぐにロビーへ足を早ませる。


 空気の流れからして、このロビーの先に出入り口があるはず。

 一旦、外に出られたら後は何とかなる。


 私につけられた『キノミノコ』というフルネームに隠された謎は解けないままだが、この場所で、ずっと魔王の相手をするのは、もっと嫌だ。


 私は後ろを振り向かずにずっと走り続けた。


 今、振り向いたらすべてが白紙になる。

 そのモヤモヤとした不安感が胸を締めつけていた……。


****


「──というわけで協力して欲しいんだ」

「なるほどね。大まかなことは分かったわ」


 僕の話の腰を折らずに最後まで聞き入ってくれたノーコ。

 緑のブルゾンを羽織り、紺の作業着姿で腰まである桃色の髪がさらさらと風に揺られていた。


 そのノーコが僕の話から耳を遠ざけて一呼吸置くと、今度は向こうから話題をふってくる。


「だけどノーコはゴメンだね」

「えっ、どうしてだよ?」

「それってつまり、報酬もないのにアンタの下僕になれっていうことよね? 冗談じゃないわ」


 切り株から腰を上げて優雅に背伸びをするノーコ。


「それにキノミは姉としてほっとけないの。ノーコの双子の妹だから」

「えっ、お姉さん?」

「アンタね、一卵性双生児だから容姿が似てるし、髪も瞳孔も同じ色だから気づくのが普通でしょ?」

「全然、分からなかった……」


 予想外の展開に思わず仰天する僕。

 無理もない、現実世界の美羽みわは一人っ子であり、この異世界では双子の姉がいたということさえも初耳だったからだ。


「アンタ、それでもキノミの彼氏なん?」

「なひっ、ち、違ふっ!?」

「何、声をキモく裏返してんのよ。ジョークの一つも通じないわけ?」

「うぐぐぐ……」


 まさしくぐうの音も出ないとはこのことだ。

 さっきからノーコのペースに流されっぱなしだ。


「旦那様」


 それならば、なぜキノミはノーコの妹なのに絵師(カード)の存在なんだろうと悩んでいる間にヒナが何やら耳元で話しかけてくる。


「……これはまたとないチャンスです。お姉さんをうまく利用しましょう」

「あのなあ、利用されてるのは僕の方なんだけど?」

「だからお姉さんを仲間に入れるのです。キノミを助けるまでの戦力として使えばいいのですよ」

「ヒナ、美少女の外見とは裏腹にたまに鬼畜な部分があるよな」

「まあ、世渡りジョーズ(上手)とでも言って下さい」


 さりげなく親父ギャグを入れ込むヒナに心の中でツッコミながら、僕はヒナの発言に同感する。


 あの強靭なモンスター二体を意ともせずにあっさり倒した力量だ。

 ここで先に行かせてもらうのも惜しいし、ライバル視して別行動したとしても、どの道キノミは彼女ノーコの元に帰るのだ。


 ならばなるべく犠牲を出さずにキノミを救いたい。

 僕とヒナの考えは一卓に絞られていた。


「でもどうしたらあの堅物を仲間にするかだよなあ」


 再び、切り株に腰かけたノーコが胸ポケットから二重に重なった銀のリングを出して、何やら苦悩な表情を浮かべていた。


「あれは知恵の輪か」

「それは何ですか?」

「二つの絡まったリングを壊さずに別々に外すというパズルの形式のリングさ。僕も一時期ハマっていたなあ」


 どうしてこんな状況下で知恵の輪と言いたいところだったが、あれがノーコなりの精神統一のつもりなのかも。


 それともストレス解消か?

 逆に溜まりそうだけど……。


 僕が考えを捻るなか、何かをひらめいたのか、ヒナの頭上に豆電球のアイコンがともる。


「旦那様、よい考えが浮かびました。ここは自分に任せてもらえますか」

「分かったけど力押しはいけないからな」

「はい。平和的解決です」


 ヒナが何を思いついたのか僕には想像できなかったが、彼女なりに考えた内容なんだろう。

 その想いを無闇にくすぶらせたくない。


 僕はヒナの父親になったかのように、静かにこの場を見守ることにしたのだった。


****


「ノーコお姉さん、ちょっといいでしょうか?」


 知恵の輪に夢中になっているお姉さんに声をかける。


「何のよう? 話は終わったでしょ?」


 お姉さんが機嫌の悪い目つきで自分をキツく睨みつける。

 蛇に睨まれたカエルとは、まさにこのことだろう。


 でもここで怯んではいけない。

 例えどんな形であれ、キノミお姉さまを助け出すのが自分達の想いでもあるから。


「お姉さん、キノミお姉さまの可愛い写真があるのですが、いかがでしょうか?」

「はんっ、何を寝言を。ノーコのお気に入りの妹だよ、可愛い写真なんていくらでも持ってるさ」


 お姉さんが所有するピンクのスマホに保存していた写真を見せつける。

 その顔は姉として当然の如く、自信満々だった。


「確かにどれも可愛いですね。被写体も自然でキノミお姉さまの笑顔がより引き立っています」

「そうやろ。プロの写真家が撮ったみたいやろ?」

「ですが、プライベートの水着の写真は一枚もないですよね?」

「なっ!? それはあの子が恥ずかしいから撮らないでって!?」

「ならどうして自分は一緒に入った温泉の時に撮れたのでしょうね」

「はうっ、温泉っ!?」


 これまで元気だったお姉さんがその場で固まり、スマホを落とす。

 くっくっく、見事にかかったね。


「知ってますか? キノミお姉さまはああ見えて、実は大胆なヒモの水着とか着るのですよ。見たくないですか?」

「あっ、ノーコはキノミの意見を尊重したいから……」

「おやおや、それじゃあ、この写真を現像して、あの旦那様の前にばらまいてもいいのですね?」


 ヒモの水着を着たキノミの写真を目の辺りに見せつける。

 もちろん、この写真は合成で首から下は別の女性の体(かんちゃん)であるが、パニクり状態のノーコには全然分かっていない。


「それだけはやめてー!!」


 これも自分が編み出した作戦のうちである。


「分かったわ、何でも言うこと聞くから自慢の妹だけは汚さないで……」

「はーい。その発言、しかとこの耳に聞かせてもらいましたー♪」


 スマホの録音ボタンを押しながら、お姉さまとのやり取りを続ける。


「キノミ、安心しなよ。アンタの純潔はノーコお姉ちゃんが守るからね」


 その隙間時間にて、見事に騙されているノーコお姉さんが小言でお姉さまに聖なる祈り? を唱えていたのだった。


 ──小一時間後、その水着の写真を胸に秘めたノーコが自分らの仲間になったのは言うまでもない。


「おっ、おい、どういう手品を使ったんだ!?」

「「ないしょーww」」


 自分とお姉さんの声がピッタリと合う。

 旦那様は驚いて、口が開きっぱなしでしたけど……。


 自分の手にかかれば、こんなシスコンなんて余裕で攻略できます。

 ノーコお姉さん、騙してごめんなさい♪

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