第5章 どんな絵師でも数撃てば当たる
第13話 あんこく。あの時、命を奪った闇に包まれたカード
「そう。そうやって意識を集中して狙いを定めて」
「ミニトルネード‼」
ノーコの指示に従い、僕の放った風の魔術が森の中の木々の枝をかすめていく。
「よし、来い、ヒナ!」
「はいっ、了解です!」
ヒナと手が触れて、彼女がカードに変化し、僕はそのカードを天にかざして新たに魔術を練り上げる。
「ビックサイクロンー!」
先ほどとは場違いな巨大な竜巻が進路方向の木々をバタバタとなぎ倒す。
「ふう。大分コツが掴めてきたな」
「へー、素人にしては中々やるじゃん」
「いや、それなりにモンスターと闘ってきて場数は踏んできたし、もう素人でもないさ」
「よう言うわ。そんなよわっちい体格でよく生き延びてきたねえ」
ニワトリのような鳴き声が響く早朝、僕はカメノコ林に続く、エドカワンの村の奥にある森に滞在したまま、ノーコの貯蓄した金貨を貰い受け、彼女直々に新たな魔術を通した闘い方を学んでいる。
闘いの中でヒナとの存在を見透かしたノーコの話によると、僕とヒナとの契約は不思議な関係であり、ヒナが僕との距離の間で使える魔術が制限されるらしい。
ヒナと僕が離れていると弱い魔術しか使えず、こうやって密接していると強力な魔術が使える。
ヒナは乗り物に例えれば、重い物体を動かす、いわばエンジンのような駆動源だ。
カードになれば力を増して強くなり、人に具現化すると威力が下がる。
もっと平たく言うと、電源に直接繋いだコンセントと、無線により広範囲に使える二通りの仕組みだ。
当然、強い力は近距離限定で魔力の消費が大きいので連発はできず、弱い遠距離の力は自由自在で撃ち放題だが、威力は劣る。
この二つの攻撃方法には長所と短所があり、両極端の力を持っていたのだった。
「知らなかったな。魔術にはこんな使い分けがあったなんて」
「アンタ、初めてアタシと会ったこと覚えてる?」
「ああ、あの時、モンスターに食らわした魔術とやらか」
「あれは今アンタがやっている魔術の基本型に応用をプラスしたようなものさ」
「あの強烈な風の攻撃は僕に使えないけどな」
「使えないも何も、あれは雷系のカードだからさ」
ノーコがカードフォルダーから外した黄金に照り輝くカードを見せる
「これがその雷のカードだよ」
ヒョウ柄のコートに身を包み、金髪で黒いつり目で、頭に可愛く二本のツノがついた美少女がピースサインをしている絵柄。
その姿はまさに雷を操る鬼そのものだった。
「こおにたん……ねえ」
カードの名前はこおにたん。
見た目は強そうでも名前は少し変わっていたけど……。
「この娘は強いよ。ノーコが持っている絵師のカードでは最強のカードだね」
「確かに。あの強敵を一瞬で切り刻んだもんな」
「ああ、あれはね、アンタの風の魔術をコピーしてノーコの魔術と合わせて放出したんだよ」
「そんなこともできるのか?」
「初期装備として相手の魔術を間近で見たらコピーできる能力を持っているからね。あれくらい余裕よ」
「えっ?」
僕は声も出さずに人の原型になったヒナの顔をジーと凝視する。
「何ですか、いきなり見つめてきまして?」
「ヒナ、僕の初期装備はもしや?」
「はい、自分ですが?」
「ああ、何でこうなるんだよ……」
僕は床に座り込んで悔しげに地面を叩く。
「旦那様、お気を確かに?」
「ああ。分かってはいたけど、こんなにも力の差を見せつけられたら何か悔しいよな……」
僕はヒナに手を差し伸ばすと一枚のカードに成り果て、ノーコに悟られないよう、思念で会話する。
『旦那様、今だけはお姉さまを取り戻し、魔王を倒すことに集中して下さい。そのための鍛練ですから』
『そうだな、こうしている間にもキノミ
は苦しんでいるしな』
『はい。それに自分だけの力だけでは限界があります。カード使いとして、何としてでも持ち主が強くならなければいけません』
『だな。ここでメソメソしているわけにもいかないな』
『所でメソメソって何の意味ですか?』
『巷で大流行のコンソメスープの略語のことさ』
「さあ、もう一勝負するかー‼」
ヒナとの和気あいあいとした? テレパシーに元気が出て、充電完了となった僕はノーコに目標を合わす。
「へえー、さっきまでのひょろとした態度とは大違いだね。もしや吹っ切れた?」
「そんなもんかな。さあ、ノーコ、全力で来なよ。そうしないと痛い目をみるよ」
「そうかい。アンタとは一度、真剣勝負したかったんだけど、まさかここで叶うとはね」
「ごたくはいいからさっさと来いよ」
「はいはい、ならば‼」
ノーコの姿が視界から消え失せる。
僕は突然の攻撃に対処できなかった。
風の魔術を間近に受けながら、ノーコのひじが僕の胸に軽く当たっていた。
軽くということは寸止めに近いのか?
風の攻撃も遠慮がちなかすり傷程度だったし。
「何なんだよ。その攻撃は……」
「ノーコはね、魔術を使いながら直接攻撃もできるのよ」
ノーコが外国人のような高い鼻をキ○ピオのようにさらに高くして、鼻高々アピールをしてくる。
「ただでさえ強いのに魔術との同時攻撃だって? そんな漫画みたいな設定があってたまるかよ」
「でもこうでもしないと魔王には勝てないよ。まあ、今のノーコでも無理だと思うけど」
「これだけ強いノーコでも敵わないのか? 相手は魔獣か、何かか?」
「相手は人間の姿をした、ただのおじいちゃんなんだけどね。魔術師としての年季が違うよ」
「そっか。僕はいずれ、そんな怪物を越えた化け物に立ち向かうのか……」
「まあ、なるようになるよ。そう深刻にならんでいいって。それよりも取りあえずこれを受け取りな!」
ノーコが攻撃の手を休め、僕にわっかのようなものを投げる。
「これは知恵の輪?」
「それは形だけ。本当は精神をコントロールするアイテムだよ。アンタは魔術の攻撃にムラがある。まずは安定して魔術が使えるようにならないとね」
「──じゃあ、それが余裕で解けるまでせいぜい頑張ってーな」
ノーコがイタズラな笑みをしながら、近くのしげみに身を隠す。
「おいっ、出来が悪いからって逃げるのか?」
「心配しなさんな。ノーコは逃げたりはせん。休憩がてらに食料でも探してくるわ」
「それを世間ではサボりというんじゃ?」
「ごちゃごちゃうるさいね。勝手に束縛するんじゃないよ。そんなわがままぶりじゃあ、キノミは到底奪い返せないよ」
「別にキノミとはそういう関係じゃ」
「だったら今からでも相手を好きにしたらいいじゃん」
「へっ?」
気持ちは秘めていたつもりでも、他人から見たらキノミのことが好きなのがバレバレなのか?
もう、こうやって隠し通すのも限界なのかも知れない。
ノーコが草むらに埋もれて自然に溶け込む間、僕の心に熱い想いが立ち上っていた。
****
「一人で来るとは大した度胸じゃな。キノミノコとやら」
草むらを掻き分けて走る足を止め、かすれた声の人物に反応する。
思っていた通り、空中に黒いゲートが開き、魔王が飛び出てくる。
食料探しと言うのは嘘だ。
本心はこの魔王の気をこっちにそらして、お互いに向かい合う作戦だった。
「しかし、久しぶりじゃの。キノミノコ」
「止してよ、その名前はもうあの時に捨てたの」
「それでノーコと名前を変え、ここで二人の子供と幼稚な魔術の練習ごっこか。笑わせるのお」
「まあ、ノーコにとってはアンタとの出会いは昨日今日のような感じだけどね」
「そうじゃな。それにしても驚いたぞ。あの時、確かに命がけで葬ったにも関わらず、こうやって生きているのじゃからな」
「じゃあ、今度こそ地獄に堕ちなよ」
指先に念をこめて、カードを持って魔王へと突っ込みをかける。
先手必勝、ここで出し惜しみをするわけにもいかない。
持てる力を費やすため、フォルダーからすべてのカードを引き抜く。
「しょっぱなから同時詠唱か。悪くはない判断じゃの」
「……じゃが、これはどうかのう?」
魔王が黒に彩られた絵師のカードを宙に掲げると、黒いヘルメットとサングラスをかけ、黒いオーラを
「シンアイナルマオウサマ。オヨビデスカ?」
「GAORI(ガオリ)、ちょっと厄介なヤツが相手なのじゃが……」
「ダイジョウブデス。アンナエシノコウゲキナンゾニマケマセン」
女性の名前と異質で皮肉っぽい態度には聞き覚えがあった。
「GAORI? まさか伝説とされている闇の絵師のカード?」
「そうじゃ、お前さんの母親が得意としていたカードだけに手に入れるのは苦労したわい。息の根を止めるのにもな」
「き、貴様ー!」
言葉を濁しながらもワナワナと拳を握りしめ、魔王に感情を当てつける。
「おおっ、怖いくらいに睨みよって。あの怒った母親にそっくりじゃな」
「お前だけは許せない。今度こそ確実に退治するよ!」
火水土風、基本の四属性のカードからそれぞれの魔術が放たれ、魔王の辺りは土煙に包まれる。
いくら魔王でも近距離であれだけの魔術を食らえばひとたまりもないだろう。
「終わったか。さて戻りますか」
「待て……」
だけど足が歩こうにも進めない。
足首に不格好な手首のみがついていたからだ。
「やれやれ、その程度なのかのう、お前さんの力は……。あの時みたいに命を削り、ワシを封印すればいいものを」
「冗談じゃない。折角、可愛い二人の後輩ができるというのに無様に命を粗末にはできないわ」
「ふむ。ちょっとした師範気取りか。ならばその二人のわっぱが力を見せぬうちに、こちらも相応の力を見せんとのう」
「まっ、まさか!?」
時限爆弾のように赤く点滅する手首。
その手首を手で外そうにもガッチリと掴まれていて離れない。
「さて、今度はワシが地獄へとご招待するかの」
「まっ、魔王!」
手首が強烈な光を発して足下から大爆発する。
『ドカン、カンドコーン‼』
爆発の衝撃で地面は揺れ、一面が真っ赤な花で咲き乱れた。
****
「ノーコ遅いなあ、何をやっているんだろう?」
「旦那様が機転を効かせて魚を採ってきて正解でしたね」
ノーコの危機もいざ知らず、僕らはたき火で焼いたピンク色の魚にかぶりつく。
「美味しいな。カラフルな色合いでどうかと思っていたけど、こんなにうまい魚がいるなんてここも捨てたもんじゃないな」
「本当ですね。鮮やかな赤身の色といい、味も塩シャケに近いですね」
「ヒナ、その言葉の意味じゃ、現実世界でも脂ののったうまい
何か気に障ったのか、ヒナが食べかけの串をそっと置く。
「うん? どうした?」
「旦那様、急いでかわして下さい!」
「のわっ!?」
ヒナが風の魔術を僕を標的に撃つ。
それを直感的にギリギリで避ける。
耳元で鋭い風圧を感じ、これには僕もタジタジだ。
「なっ、何するんだよ‼」
「ああ、外しましたか……」
「いきなり攻撃してきて、そう言う問題じゃないだろ?」
「旦那様、少し黙ってもらえますか?」
「どういう焦らしプレイだよ!」
理解ができない行為にヒナの奇行ぶりが余計に増す。
このヒナは何を考えてる?
魚の味わいに極限にまで追いつめられ、脳内暴走でもしたか?
「おい、ヒナ?」
「近付かないで下さい!」
「なっ、僕は変質者か?」
「それはあながち間違っていないかと」
「少しは否定しろよ!!」
ヒナが両手を僕の前に突き出し、新たなる魔術を追加しようとする。
「ミニサイクロン!」
「のはっ、止めんかい!?」
第二波の風の攻撃をすんでの所で避ける僕。
その前方で見えない壁があるかのように風が振動し、確かな手応えがあった。
「ウフフ、サスガデスネ」
空間が無機的に引き裂かれ、中から黒ずくめの少女が這い出してくる。
「まさか、貴女様は‼」
ヒナの声が若干震えている。
北極熊に的を絞られたペンギンのように。
「ソウGAORIデス。アレカラゲンキデシタカ?」
漆黒の少女の問いに何も言わずに、奥歯を噛みしめているヒナ。
いや、答えられない何かがあるのか?
「ヒナ、何をそんなに怯えているんだよ?」
僕が緊張を解こうとヒナの肩に触ったと同時に体が宙を舞う。
「何だ? ヒナ、何するんだよ!?」
とっさに受け身をとって対応したものの、ヒナはこちらに向かって怪しい笑いを漂わせながらも僕の腕をガッチリと掴む。
「今度は何だよ? 悪い冗談はよせよ‼」
ヒナの腕から逃れようにも、体はびくともしない。
とてもじゃないが少女の腕力には思えない。
「にゃははは。抵抗しても無駄にゃん。ヒナとやらは完全にあっしの能力の思うがままにゃん」
気がつくと周囲はモンスターに囲まれ、変な猫語が口癖な少女を中心に僕は完全に敵の策に飲まれていたのだった……。
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