第11話 ぜつぼう。目覚めた先には様々な出会いが待っていた
「おはようございます。
日が昇る手前の
「おはよう。まあな。絵師の癖して睡眠は律儀にとるんだな」
「ええ。絵師も睡眠をとることによって魔法力を維持しますから」
「でも例の金貨じゃないと魔術は使えないんじゃ?」
「確かに強力な力となると。でも日常生活や弱いモンスターで使える魔術程度なら睡眠により取り戻すことは可能です」
ヒナがテントから一玉のキャベツを持ち出し、空中にそれを投げた瞬間、物凄い早さで千切りになっていく。
最近、口にしてないけど、うまそうな豚カツ定食が作れそうだな。
この異世界に豚カツがあればの話だけど……。
……というか、食べ物を粗末にするな。
そのキャベツ、僕のご飯のおかず(キャベツキムチの予定)だぞ。
「所で旦那様。昨日はあまり休まれていませんでしたが、何かご都合でも?」
「ああ、ちょっと頭の中で今後の作戦を練っていてな」
僕は手書きの地名を書き加えた大きな日本地図を広げ、ヒナと顔を見合わせる。
「この場所は元は現実世界の東京だと言っていたよな?」
「はい。それが何か?」
「ここがカメノコの林で魔王城があるのがアキババーラだったよな」
「はい。昨日、自分が説明した通りです」
「そこでだ……」
指で示した林の場所からそのまま下へとスライドさせる。
「そのまま川沿いを進み、次はエドカワンに向かう。そこで新たに敵さんの情報を集める」
「どうしてですか? 野宿をして、そのまま大都市のミナードンに行けばいいじゃないですか?」
「そうだな。僕一人ならそうしているだろう。だけど今、僕はか弱い女の子と旅をしているからね。きちんとした休憩も必要だろ」
「えっ、ですが、どこにそのようなか弱い女の子が?」
キョロキョロと落ち着きのない素振りを見せるヒナ。
やれやれ、ここはガツンと言うしかないか。
「だから、お前のことだよ」
「ええっー、自分ですかー!?」
今まで自覚になかったヒナがとんでもない声を張り上げる。
「自分なんかのためになんて、旦那様の頭はどうかしています」
「まあな。キノミからしょっちゅうおかしいって言われてるし」
「旦那様。一度お姉さまにはビシッと反論した方がいいですよ」
「それにはそのキノミを取り返さないといけないけどな」
「あっ、すみません」
「いいってことさ」
ヒナが僕に謝罪をするが、特に代わり映えのない顔で優しく言葉を返す。
「だけどキノミが人質にされているのは厄介だな。何とかならないか……」
そこへ、ふと何者かの殺意が肌に伝わってくる。
「──わっ、ヒナ避けろ!」
「きゃっ、いきなり何ですか!?」
僕はテントから飛び退き、ヒナの腕を握り、何とかテントから遠のく。
次の瞬間、テントが何かの攻撃に襲われることを想定してだ。
『ドコーン!』
案の定、炎の玉が落ち、激しく音を立てて燃え始めるテント。
そのテントを燃やした首謀者は上空に浮かんで僕らを見下ろし、乾いた拍手をしていた。
「へえー、不意を狙ったのに結構いい勘してるじゃん」
「かんちゃん!?」
「おっと、勘違いせんでな。ボクは救世主じゃない。魔王様の忠実なしもべのかん
「かんちゃん、戻ってきたんだな」
「だからかんちゃんではないぞ」
「どこからどう見てもかんちゃんだよな」
「だからちゃん付けで呼ぶなあー‼」
かんちゃんが乱れた呼吸を整えながら、僕らを震える指で指さして威嚇する。
あの黒く濁った瞳の色には見応えがあった。
「まさか、かんちゃん、また魔王の魔力で操られて?」
「どうやらそのようですね」
「おっと、君らの相手はボクだけじゃないよ。両サイドからカモーンww」
かんちゃんの右手から現れる真っ赤な羽を生やした巨大なトカゲ、いやドラゴンか。
続いて左手からは鋭い角で突撃してきた真っ黒な馬のような怪物。
二体のモンスターは唸り声を上げながら、僕らを攻撃する機会を伺っているようだ。
「ええっ、ファイアードラゴンにダークユニコーン!? ああ、どうしましょう!?」
「何だよ、そう驚くこともないじゃん。いつものようにちょちょいとやっつければ」
「冗談じゃないですよ。この世界でトップに君臨するくらい強いモンスター二体ですよ。命がいくつあっても足りません」
「どのくらい強いんだ?」
「自分たちが二匹の生まれたばかりの軍隊アリだとすると、それを踏みつけようとする筋肉モリモリの男子大学生百人と言った所でしょうか」
「なるほど。それは絶望的だな……」
ヒナの分かりやすい例えに納得しながら僕は腰に巻きつけたカードフォルダーに手を伸ばす。
そうやってみて、カードの手触りがまったくないことに気づいてしまう。
現時点で使える絵師のカードはこの場に出現しているヒナ一枚しかないことに……。
「ヒナ、打つ手がない。ここは一目散に逃げるぞ!」
「だから言いましたよね。それしか選択肢はないと」
「喋る暇があるなら風の魔術で逃げ足のペースを上げてくれ」
「できないこともないですが、旦那様の四肢が反動に耐えきれず、左右に引きちぎられます」
「可愛い顔してさりげなくグロい話をするなよ」
「いえ。やる前にきちんと確認をした方が良いかと」
「いや、僕は死んでもやらないからな‼」
ふざけるな、誰がそんな拷問ゴッコをするものか。
人の体というものは痛覚に敏感で手足が切られた時点で地獄の苦しみを味わう。
状況によってはそこで気を失う可能性だってある。
味方の魔術により、無防備な姿をさらけ出し、この地に骨を埋める。
場合によっては最悪の結末だ。
僕はヒナの前に飛び出し、全速でモンスターから逃げまくる。
やがて太陽が顔を照らし、モンスターの全貌が明らかにされると同時に赤い炎の固まりが僕の足元をかすめた。
あれはかんちゃんの魔術ではなかった。
ファイアードラゴンの口先から吹き出たこの炎こそが最初の攻撃で流れてきた物。
だとするとダークユニコーン側の遠距離攻撃はなくて、何かしらのパラメーターを上げる守備の魔術が専門か。
(そうだとすると今度の魔術は……)
ダークユニコーンが首を上げ、馬のような声で鳴いた後、光に満ちたファイアードラゴンの体が揺らぎながら僕の行く先に姿を移動する。
あの巨体がここまで早く動けるとは……ダークユニコーンが魔術で体重を軽くさせたか。
「ヒナ、何かあの二体を瞬時に倒せる魔術とかないのか?」
「無茶言わないで下さい。強力な魔術が使える金貨も残り少ないですし、そんな魔術の力があったら絵師なんてやっていません」
「やっていませんって、まるでバイトみたいな響きだな」
「いえ、そのままの通りですけど?」
そう威勢よく言ったヒナの顔は笑ってはいなかった。
真剣な
「やっぱり妖怪タヌキだったか」
「タヌキは余計です」
「ああ、ごめん。聞こえていたか」
「いえ、聞こえるようなひとりごとを言う壊れかけた旦那様が放っておけなくて」
「まるで僕が異常者のような発言だな」
「まあ、それもあながち間違ってはいませんが……」
「真顔で答えるなよ、僕をショック死させる気か」
「いえ、旦那様は
「何、その心がバリケード設定……」
僕は無言でヒナを睨みつけるが、向こうは何とも思っていないようだ。
「ほらほら、楽しく話しながら逃げる余裕なんてあるかいなw」
「楽しくないわいっ‼」
僕たちの進路方向にかんちゃんが笑いながら回り込んでくる。
「かかったな。かんちゃん。これでも食らえ!!」
「トルネードアロー!」
僕の両手から小さな竜巻が飛び出し、かんちゃんの体にぶち当てる。
そこに向かい来る例の凶悪なモンスター。
このままだと、その場から動けないかんちゃんは二体の魔獣の体当たりをまともに受けることになる。
「ええい、しゃーないわ!」
かんちゃんが毒の魔術のポイズンスライムを容赦なく浴びせようとする。
その猛毒の攻撃で二体のモンスターの足は封じられる、そう見込んだ作戦だった。
「魔王様、ボクをお守りください」
しかし、それとは裏腹にかんちゃんは自身の胸に手を付けて魔術を唱えていた。
「かんちゃん‼」
僕の叫びも空しく、かんちゃんは青白い表情をしながらゆっくりと地面に横たわる。
そこへ突っ込んでくるモンスターを僕が風の魔術でなぎ払う。
今はモンスターなんかに関わっている場合じゃない。
「かんちゃん、何でこんな無謀な真似をするんだよ‼」
「こうまでしないと……魔王様を
「なっ、初めから操られたふりをしていたのか?」
「いや、途中からやな……。
「おい、ヒナ。何とかならないか!」
僕はダメもとで、一人でモンスターと対峙していた彼女を呼びつける。
「そう言われましても、さすがに猛毒となりますと……」
そうか、自身では救えないと察して、モンスターの元へ行っていたのか。
これ以上、犠牲者が出ないように……。
何て冷静な判断だろうか。
もし僕が絵師だったらこんなことができたか?
その答えはNOで終わっていた。
「くっ、ごめんな……」
僕は脂汗をかいて苦しんでいるかんちゃんの頭を静かに下ろし、敵に向き直る。
まだ最強と記されるモンスターとの闘いは続いている。
絵師使いの僕がここで立ち止まってどうするんだ。
僕もヒナと一緒に闘わないと。
(あれ、何かこの発言に引っかかるのは気のせいか?)
どうしてヒナは僕の指示もないのに自由に少女の姿になり、行動できるのだろう。
ヒナの昔話だった『自分が人間だった頃』のワードが頭の中を埋めつくす。
じゃあ、何で今は人間じゃないんだ?
出会った頃から隣にいたヒナ。
色々と謎めいた存在を放つヒナ。
まさか、ヒナはもう……。
「きゃあああー‼」
ヒナが炎の攻撃を受けて、こちらに転がり落ちてくる際にその迷いを振り切る。
今は考え事をしている時じゃない。
とにかく目の前の敵の壁に集中しないと……。
『ギャオオオー‼』
ファイアードラゴンが鼻から息を吸い込み、頬を膨らます。
次の火炎攻撃を感じた僕は後ろ側へと思いっきり跳ねた。
「うわっ!?」
「旦那様!」
でも飛び跳ねた先にはダークユニコーンが前のめりになり、鈍く光る
(あーあー、このままみすみす
諦めモードにスイッチが切り替わろうとした瞬間、鋭い線のような光がダークユニコーンの角を真っ二つにした。
「何をやっているんだか。それでも絵師使いなの?」
僕と同じくらいの背丈をした長いストレートの桃色の髪がふんわりと揺れ、尻餅をついた僕を立ち上がらせる。
髪型と声からして相手は若い大人の女性か?
朝焼けの光で素顔がよく見れない。
「まあ、ノーコもこの場所で暇してたし、いいストレス解消になりそうね」
「君は?」
「人呼んでさすらいのノーコかな。まあ、アイツらはノーコに任せとき」
ノーコと名乗った女性は二つの敵を前にしてピクリとも動かずに、腰元から一枚のカードを引き抜いて前に掲げ、ただひたすらに相手を切り刻む。
その攻撃はヒナの風の魔術とよく似ていた。
この人も僕と同様の絵師使いなのか?
「ほんま目障りだわ。お嬢ちゃんの治療の邪魔だから大人しく消えてな」
ノーコの言葉通りに粉々になったモンスターの欠片が桜の花びらのように散っていく。
僕との力の差は明白だった。
それからノーコは目にも止まらぬ速さで苦しむかんちゃんの前に移動し、別のカードをかんちゃんの胸元に添えて、何やら言葉を囁く。
『……毒よ、元の対象物へと帰れ』
僕が言葉を理解できたのはその部分だけだ。
かんちゃんの荒々しい呼吸が自然と落ち着いていく。
「かんちゃん‼」
「もう大丈夫。毒は取り除いたからね」
「ありがとうございます」
「いえいえどうも。それよりもこの状況は何さ? 明らかに弱いものイジメやん」
出会ったばかりの関係だったが、この女性には話していいのかも。
僕はノーコに今までのことを打ち明けてみることにした。
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