第9話 ゆうかい。理不尽に囚われていく仲間たち

 結局、じゃんけんでは勝敗がつかずにヒナが書いた即席のアミダくじで勝利し、ウチが一筋ひとすじさんの隣で寝るようになった。


 そんな結果も気にせずにすやすやと寝息を立てる彼を見て、ウチは何がしたいんだろうと頭をひねらずにはいられない。


「ねえ、ガラスびんちゃん、まだ起きてる?」

「言われなくても」


 緑の暗がりのテントの下、ランタンの明かりに揺られて少女の小声が響く。

 ……というか、ウチまで寝入ってしまったら作戦がパーだからね。


「ちょっと話があるけど聞いてくれん?」


 ウチの横で寝ていた少女がこちらへ身を寄せてくる。


 確か、キノミと呼ばれていたはず。

 ヒナと呼ばれていた少女といい、キノミという名もウチの知る絵師の中では聞き覚えがない。


 魔王城には幼い頃から知識と教養を高めるため、本の読み聞かせという習慣があり、可愛いイラスト付きで絵師の紹介による内容の百科辞典という書物がいくらかあった。

 ウチも夢中になって読みふけった記憶があり、それらの本からキノミに似たような名前はあったけど、このキノミこそが彼女の本名なのだろうか?

 それに彼女とは初めて会った感じがしなく、どこか引っかかるような節もあった。


「なに?」

「ちょっとひっ君のことで話があるんだけど」


 やれやれ、何かと思えば恋バナか。

 どこかの誰かくんと誰かさんが引っ付いたなど、もしくは離れたなどどうでもいい。

 所詮しょせんは赤の他人の恋愛話なのだから。


(まあ、この子純情そうだし、話だけでも聞いてあげるか……)


 のそりと起き上がってキノミの元により、相談にのろうとすると、彼女は興奮したような表情で話を持ちかけてきた。


「こうやって見たらひっ君って、めっかわ(めっちゃ可愛い)よね」

「まあ言われてみれば……」


 キノミが一筋さんの頬を指でつつくさまを見ながら、本心で答える。


 寝顔は女の子のような綺麗な顔立ちで、それこそキノミが好きになるのも納得がいく。

 見た感じ彼女は面食いぽかったから。


「ヨダレダラダラ垂らして、ぐーすかイビキかいて、赤ちゃんみたいにかわいーよね」

「あっ、赤ん坊ねえ……」


 実はキノミはイケメンじゃなく、赤ちゃんがタイプという部分に思わず肩すかしを食らう。


「どうしたそ? 体調でも悪い?」

「いえ、何でも……」


 その誰かさんがウチを振り回してるんだよ、と心の奥底で叫びながら、彼女の次の言葉を待つ。


「ガラス瓶ちゃん」

「はい」

「何かお話してたらヤバいくらいお腹空いたね卍」

「がはっ!?」


 精神的ショックでその場にうずくまるウチ。


「ちょい、大丈夫そ?」

「いや、へっ、平気……」


 一筋さんのことが気になっての恋の悩み相談ではなかった。

 キノミは色気よりも食い気派だった。


 何か、調子が狂うね。

 その気になって話を聞こうとしたのに、このは……。


「ひっ君のかるっていった荷物の中に何かあるから食べよ」

「勝手に食べていいの?」

「うん、了承は得てないけど寝ちゃってるからいいじゃん」

「それ、普通になのでは?」

「恋のでも飢え死には嫌でしょ? それに一緒に食べるからガラス瓶ちゃんも同犯じゃん」


 相撲じゃなくて、泥棒と言ったんだけど……。

 深いため息を出しながら、リュックを漁っているキノミに近寄る。


 この分じゃ、当分この娘は寝そうにないな。

 どうする、計画を練り直すためにスマホで仲間と連絡した方がいいかな?


「何をそわそわしてるん?」

「あっ、いや、お姉ちゃんの様子が気になって」

「ああ、あーね。姉妹愛っていうやつだよね」

「そっ、そうなんだよねー!?」


 手を大きく回しながらオーバーなリアクションをする。

 この作戦だけはバレてはいけない。


「何? ガラス瓶ちゃん、ダンスでもやってるの?」

「あっ、これは新しいラジオ体操であって」

「へえ、凄いじゃん。自分で考えたん?」

「うん。柔軟体操は長旅には必須だからね。いち、に、さん!」


 ウチは掛け声を発しながらラジオ体操を始める。

 腕を交互に絡ませながら、腕立て伏せ。

 当然だけど、無茶な体操でできるはずもない。


「……でもそうじゃないよね?」

「はうっ!?」

「何か私に隠し事してない?」

「いや、何もないよ‼」

「だったら何でそんなにも動揺しているん? 明らかに挙動不審だよね?」


 能天気な装いから油断した。

 キノミがこんなにも誘導な尋問が得意だったなんて。


「私がズバリ当ててあげよーか?」

「ううっ……」


 もうなるようになれだ。

 ウチは歯を食いしばり、次の言葉を受け取る覚悟を決める。


「……このチョコバーをかじりたいんだよね?」

「えっ?」

「ごめンゴ、これ、ひっ君のお気に入りだから無断では食べれんの」

「そうなんだ……」


 だったら他の物は食べてもいいのか?

 ウチはキノミの自己中な部分に頭を悩ませる。


「ガラス瓶ちゃんはどれにする?」


 気づいた時にはキノミがリュックの中から、ありとあらゆる食材を並べていた。


 待て待て、カップ麺が三十個も入るリュックの中身とか四次元か?

 一体、内部の作りはどうなっているんだろう。


 ……いやいや、キノミのペースに流されてはいけない。

 こうなったら作戦を変更して、強行突破だ。


「そんなことよりもさ、お姉ちゃんの所行ってもいい?」

「へっ、ガチでこんな夜遅くに?」

「なに、ニヤニヤして?」

「いんや、最近の若者は進んでいるなあと思ったんww」


 何か勘違いされているけどいいか。

 すんなりと前を通してくれたから。


「キノミちゃん、ゆっくり食べててね」

「うん。ガラス瓶ちゃんの分も取っとくから」


 あの大量のカップ麺を一人で食べるのか。

 深夜にも関わらず、物凄い食欲だね。


****


「ハロ水お姉ちゃん、起きて。ここから逃げるよ」

「ううーん、もう革靴のステーキは食べれないですわ。むにゃむにゃ」


 いや、普通に考えてしょくせない食べ物だよね。

 どんな夢を見ているんだろう。


「いや、そうじゃないか」


 おっと、評論家のようにらしくもない感想を述べている場合じゃない。

 かんちゃんは無理でもお姉ちゃんだけでも連れて帰らないと。

 かんちゃんだけなら、のちのこの作戦で十分回収できるから。


「さあ、お姉ちゃん帰るよ」

「むにゃむにゃ、うーん、だからヒヤリハットはピザを作ってる会社だむにゃー」

「こらっ、寝ぼけないの!」


『ペチーン‼』

「にゃはー!?」


 ウチの隠し持っていた大きなナニワハリセンの攻撃を頭に受けて昏倒こんとうするお姉ちゃん。

 だからさ、こんな忙しい時に気絶なんてしないでよ。


「しょうがないなあ……」


 まあ、なっちゃったものは仕方がない。

 お姉ちゃんをおんぶしてから、この場を離れることにしたんだけど……突然お姉ちゃんが目を覚まし、背中越しで身をよじる。


「テイクアウトですか、あたしをそのままピザのようにテイクアウトですかー‼」

「きゃっ、お姉ちゃん、頭の上で暴れないで!? てやっ‼」


『ペチーン‼』

「はにゃー!?」

 

 こんな時に魔王様のように絵師をカード化できたらいいんだけど、ワガママばかり言っていられない。

 あれは魔王様の特殊な力であり、ヒラであるウチが使いこなせる能力ではないから。


 ウチは再度、ハリセンで気を失ったお姉ちゃんを器用に支えながら、床に滑らしたスマホをスピーカーモードに切り替える。


「もしもし、にゃこね?」

『はいはいにゃ、その声はガラス瓶ちゃん? おつにゃー♪』

「おつあり。というかその様子だと瓶詰めから脱出できたみたいだね」

『にゃんの。イカの忍法『ナメクジ』のポーズで這いずって出たから楽勝だったにゃん。えっと、その……本当にガラス瓶ちゃん?』

「何、びくついているのよ。スマホなんだから通話先のアイコンの表記が出るでしょ?」

『名前にゃ? ああ、確かに出てるにゃん。けどにゃ……』

「けどって何よ?」

『チェンソーを持ったひょっとこのお面の画像で『妖艶なる女子高生、ガラスのハートのラノベ瓶』って名前がのっていてにゃ、隣でこうちゃんがゲラゲラ笑ってるにゃん』

『おほほほ。ワタクシが一昔前に悪ふざけで電話帳に登録したものですね。今見てもウケますわww』

「なっ、ハズいから今すぐ消してよ!?」

『そうしたいのも山々にゃんだけけど、にゃこねはスマホの使い方はよく分からないにゃ』

『ねーえー、どういたします? ラノベ瓶さん?』


 いちいち横から絡んでくる年配の相手にしゃくを感じる。

 これは百パーセント嫌がらせだね。

 紅茶貴族よ、パワハラで訴えるよ。


 まあ、それは置いといて本題に入らないと。

 いつ、ここに人が来るか分からないから。


「にゃこね、こちらの準備はオッケー。いつでも突撃してきていいよ」

『オッケーにゃ。突撃、お隣の晩ご飯大作戦始動だにゃん』

「にゃこね、こんな時にまでふざけないで」

『ふざけてないにゃ。さっきから隣で紅ちゃんが言え言えと耳打ちしてるだけにゃ』

「あっ、あんたたちねえ……」


 落ち着け、冷静さをかいて立ち向かう相手ではない。

 慎重に相手を選べ。

 今は目の前の状況を見定めなければ……。


『では、十分後にそこへ突入するにゃ』


 そう言って通話は一方的に途切れたのだった……。


****


『ひっ君、私から手を離さないで……』


美羽みわー、行くなー!」


 僕は大声を上げ、テントの中で布団をけたくりながら目を覚ます。


「はっ、夢だったのか……」


 そのわりにはやけに生々しかった。

 まるで美羽、いやキノミが僕の前からいなくなってしまうような感覚……。


 もしかしたら正夢まさゆめというオチじゃないだろうな。

 それは笑えない冗談だ。


「にゃこね、こちらの準備はオッケー。いつでも突撃してきていいよ」


 隣接りんせつしている横のテントから話し声がする。


 この声はガラス瓶ちゃんか。

 こんな時間帯に誰と通話を?


 それに突撃という内容が気にかかる。

 晩ご飯を突撃インタビューしたとしても、とっくの昔に食事は終えている。


「だったら、敵さんの奇襲か」

『それは自分も思っていました』

「ヒナか。と言うことはガラス瓶ちゃんは最初から味方のふりをしていたと」

『はい。あんな生真面目な性格でホイホイ立場を変えれる方ではないと感じていましたから』

「なるほどな。僕はそれを物ともせずにまんまと騙されたんだな」


 ヒナのテレパシーとやり取りしながら、外の様子をチラリと確認する。

 今まさにガラス瓶ちゃんがハロ水お嬢をおんぶしたまま、この場を立ち去ろうとしていた。


「ガラス瓶ちゃん、どこへ行くのさ?」

「ふふっ……まんまとかかったね」

「えっ? ぐあっ!?」


 僕の間際に二つの影が迫り、そのまま意識が遠のいていった……。


****


 酷い痛みが頭を蝕む。

 気がつくと僕はテントの中にいた。

 そうか、さっきのも夢だったのか。


 僕は内心ホッとしながら起き上がろうとするが、体がびくともしない。


「あら、お早いお目覚めですこと」


 金髪で縦巻きロールにオレンジの瞳の女性が僕に両手を向けている。

 何かの魔術で僕を動けなくしているのか。


「まあ、ワタクシの『束縛』の魔術から逃げるすべはないのですけどね」

「これは何の悪ふざけのつもりだ?」

「悪ふざけもなにも、貴方から奪われたものを取り返すためですわ」

「なっ、僕は何も悪いことはしてないぞ?」

「嘘おっしゃいなさい。魔王様の大切な絵師を散々仲間にひきいれた癖をしまして」


 そうか、良かれと思っていた行為が相手にとって、あだになったのか。


「紅ちゃん、ハロ水とかん毒は無事に確保したにゃん。ガラス瓶ちゃんも無事に逃げれたし、後は引き返すだけにゃ」

「そうですね。でもその前にちょっと保険をかけましょうか?」


 両手にお嬢とかんちゃん、二人の絵師を抱えているけも耳姿の眼鏡っ娘が呼んだ『こうちゃん』という女性が寝床で眠っていた女の子を魔術で吸い寄せる。

 その女の子はキノミだった。


「なっ、キノミをどうする気だ!」

「この女には人質になってもらいます」

「まさか保険というのは!?」

「ええ。今後、魔王様の邪魔を企てるなら、この女に犠牲になってもらいましょう」


「貴方、ワタクシ達にとって目障りなのですよ。それではごきげんよう」


 こうちゃんもケモミミ少女と一緒になり、軍服のマントを羽ばたかせ、テントを飛び出し、星空を舞う。


「キノミ、行くなー!!」


 僕もテントから出るが一足遅いし、何より空も飛べるはずがない。

 二人が星となって消えていく姿を目で追いながら、ただキノミの名前を叫ぶことしかできなかった……。

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