第8話 さくせん。相手の味方になって機会を待つ

 川沿いにあった林の影で野宿を済まし、一夜明けてから、僕は仲間の絵師の前に彼女を引き連れてきた。


「──というわけで今日から彼女が仲間になる」

「絵師のガラスびんです。皆さんよろしく」

「そう言うことだ。みんな、仲良くしてやってくれ」


 ピンクを基調とし、白のフリフリのシャツを組み合わせたメイドのような服装でしとやかそうに挨拶をする彼女。


「「はあぁぁぁー!?」」

「ぐわっ、二人とも僕の耳元で騒ぐな!?」


 信じられないように敵意むき出しなキノミとヒナによる二人同時に僕への近距離攻撃。

 思いがけない拡声器なみの声による破壊力に鼓膜がおかしくなりそうだ。


「ひっ君、マジであたおかなん? 昨日あれほど大ボラを吐いて逃げた相手だよ?」

「お姉さまの言う通りです。まったくもって信用ならないです。さては上手いこと利用して、色仕掛けで旦那様をおとしましたね」


 キノミとヒナが僕の間近に迫り、グイグイと問いつめる体勢になる。

 いや、その上目遣いだと、あの膨らみが嫌でも視線に入るのだが……。


「おっ、落ち着け。僕ももういい大人だぞ。下手をすれば犯罪になってしまふ……」

「なん、目をギラギラさせながら、いみふめーなこと口喋ってるのよ!」

「旦那様、見損ないました。自分と契りを結んでおいて、他の女性にも手を出すとは」

「やばたん。ひっ君、いつの間にヒナを襲ったそ? この変態ロリコン魔が!」

「違う。普通に契約を結んだだけだ!?」

「そんなにイキらんでよ。どーせ、やらしい契約でしょ‼」


 キノミとヒナの言葉攻めにより、木陰へと追いつめられる僕。

 一方でかんちゃんは明後日の方向を見て、下手くそな口笛を吹いていた。


「さては、かんちゃん、何か知ってるな!?」

「さあ、何かな。高級スイーツの盛り合わせとか頂いたら、もう何も言えんなーww」

「思いっきり収賄しゅうわいされてるじゃないか!?」


 二人に揉みくちゃにされながらも、かんちゃんから事情が聞きたかったが、この状況では無理だ。

 僕を取り囲む二人組は完全にお熱が入っているからだ。


「ちなみに何のスイーツを貰ったんだ……って、のわっ!?」


 僕の利き腕にキノミからの二の腕をまわされ、今度は後ろ側に引っ張られる。


「今度はかんちゃんを狙う気なん? 男の風上かざかみにもおけんわね。ガチでヒクわ」

「そんなにヒクんだったら、この手を離してくれ?」

「いえ、気を許したら駄目です。今、お姉さまが手を離したら最後ですよ。かん毒さんの純潔が奪われますから」

「ヒナぽよ、わーてる。ひっ君は女の子を見ると見境なく秒で襲うことが分かったから」

「なっ、二人とも誤解だぞ!?」


 二人の顔つきが怖く、容赦ない言葉を浴びさせられる。

 僕は災いの種を防ぐのに必死だが、二人とも取り繕ってくれない。


 一方で蚊帳かやの外にいるかんちゃんといえば、何やらお菓子のようなものをパクパクと食べていた。

 あの薄っぺらい三角形のフォルム、現実世界にある京都銘菓の八つ橋なのか!?


「うまうま。タダ食いサイコー卍」


 すでに僕の周りに味方はいないのか?


「ちょっと勘違いしないで!」


 そこに打ってかわって入り込む声。

 今まで僕らの間を遠い目で眺めていたあのガラス瓶だった。


「確かにこの人はロリコンだけど、こんなウチにも優しく接してくれたし、そんなに悪い人じゃないよ」

「ん、そだね。外面より人間性の内面うんぬんだもんね」

「筋金入りの幼女趣味ですけどね」

「あーね、言えてる。顔に似合わずキモい二次コンでもあるし」


 ロリコンと二次コンだけは否定しないんだな……。


「まあ、今回はガラス瓶ちゃんの優しい心遣いにちなんで大目に見てあげる」

「ロリコン大王さん、お姉さまの誠意に感謝することですね」


 だからって、大王はないだろ。

 世界を支配する魔王より、立場があやうくなるじゃないか。


「まあいいか。助かったわけだし」

「いえいえ。ウチは一筋さんの真意をくみ取っているので」

「どきゅーん‼」


 柄にもなく、胸をときめかす僕。

 ガラス瓶ちゃん、見かけによらずいいなのかもな。


****


 数時間前……。


「あいたたた……」


 魔王城からのワープの扉から空間移動をし、林の草むらの影に豪快に頭から突っ込むウチ。

 この状態だと下着が丸見えだけど、周りには誰もいなかった。

 いずれ、あのワープ装置は改良しないといけないな。


「危なかった。今日はパンダのパンツだからなあ」


 立ち上がって体についた泥を丁寧にはたき、胸をほっと撫で下ろす。

 この歳にもなってアニマルパンツとか履いていたら世間から何と言われるか。

 まあ、ハロ水お姉ちゃんのお下がりなんだけどね。


「ウチも恥ずかしがらず、いい加減一人で下着を買いに行かないとなあ」


 しかし、ロングとはいえ、スカートって動きづらいな。

 生地も薄いし、足はスースーするし、ヒラヒラとしていて下着が見えそうで恥ずかしいし……。


「男の子はこんなフリフリメイド服が好みとか言っていたけど本当かねえ」


 ピンクに染められたメイド服のスカートの端を摘まんで悪態をつく。

 異様なコスプレのような衣装だけに街中じゃなくて良かったな。


「さてとここはと……」


 魔王様から直々に貰ったスマホからによると、ここはアキババーラから少し離れたカメノコの林か。

 ちょっと目を離した隙にこんな場所まで来るとは。


 この世界のスマホの所有は限られているのに、案外、地理に詳しい者でもいるのかな?

 いや、ただの偶然か……。


 朝焼けに目を細めながら、歩み始めようと決めた時……。


「おわわ、誰だ!?」

「えっ、あわっ?」


 いきなりの気配を察して、ウチは慌ててスカートを摘まんでいた手を離す。


 しまった、こんな林で人に会うなんて。

 しかも相手の声は若い男だった。


 ウチのドジ。

 早速、やらかしたわ……。


「ああ、びっくりした……君は昨日の娘だよね? 確か、ガラス瓶ちゃん?」

「ほへっ?」


 名前を言い当てられたウチは思わず裏声を出しながらも相手の方を見る。

 あれ、この人はもしや!?


「僕だよ、一筋ひとすじって言うんだ。まあ、昨日別れたばかりだから覚えていると思うけど?」

「あっ、はいっ。一筋さんですよね!?」

「うん、驚かせてごめん。ちょっと食事で使う薪を拾いに来てて」

「ああ、そうなんですね!?」


 一筋さんがウチの周りにあった木切れを拾い集める。


 しめた、向こうからターゲットがやって来るなんて。

 まさしくカモがネギを背負しょってきた感じ。


「昨日は手荒な真似してごめんね。怪我はない?」

「あっ、はい。大丈夫です。一晩寝たらバッチリ回復です」

「ははっ、なんだい、そのゲームみたいな設定。見た目、高校生っぽいもんね。若いっていいなあ」

「そうですか。ありがとうございます」


『いや、一筋さんも高校生じゃん』とツッこむのを抑えて、おしとやかに会話を繋ぐ。


「偶然って怖いですよね。こんな場所で再開するなんて、まさに運命を感じます」

「あははっ、そうかな。世界って広いようで狭いよね」

「はい。またお会いできて嬉しいです」

「ははっ、なんか照れるなあ」


 男の子ってこういうメルヘンで穏やかな態度に好意を抱くものと紅茶貴族が口添えしていたのを思い出す。


「所で一筋さん、ハロ水お姉ちゃんとお仲間さんはどこですか?」

「ああ、近くにいるよ。お姉ちゃんもテントで休ませてる。もし良ければ案内するよ」

「はい、よろしくです」


 ウチは心の中で小躍りしながら、彼の背中をついていく。

 まさかこんなに計画がスムーズに行くとは。


 後は彼女たちもうまく言いくるめてしまえば勝利は確定したようなもの。

 つい、彼から見えない場所で拳を握りしめ、勝者のポージングを決めてしまう。


「じっー」


 そんなウチに突き刺さる一閃の視線。

 同じく高校生くらいの少女が草むらに隠れ、ウチに目を光らせていた。


 あれは絵師の一人のかん毒じゃん。

 まさかウチが着地した時からこの素振りを見ていたの!?


「一筋さん、すみません。ちょっとお手洗いに行ってきます」

「えっ、分かった。川沿いにあったよね。僕はここで待っとくね」


 一筋さんはそれ以上は追求しなくて、ただ黙って前を向いて待っている。

 ああ、この人は本当に紳士だな。


 ウチはこの機会を逃すまいと真正面からかん毒に近づく。


 かん毒とは魔王様に仕えていたこともあり、古い付き合いだったが、どういうことか魔王様やウチらと過ごした記憶がさっぱりと消えてしまっている。

 恐らくこちら側の誰かの力で魔王様の洗脳を打ち払ったのだろう。


 今の彼女はウチらの存在を得体の知れない敵としか捉えていない。

 ここは慎重に対応しないと……。


「かん毒ちゃん、ちょっといい?」

「なに、どしたの。鼻息が荒くて怪しいんだけど?」

「どこから見てた?」

「どこって、草に不時着してパンツ丸出しの所からw」


 ウチの思考がプツンと止まる。

 冗談でしょ、何もかもバレバレじゃん。


「その歳でアニマルパンツ履いてるとかウケるーww」

「あっー、皆まで言うな!?」


 かん毒がお腹をよじらせて笑う口を両手で封じる。


「かん毒ちゃん」

「それ言いにくいやろ? かんちゃんでええよ」

「あっ、ええ。かんちゃん。ここは一つ取り引きをしましょう」

「株ならお断りンゴ?」

「高校生みたいなつらで株の投資にやたら詳しかったら怖いでしょ」

「そやなw」


 ウチはかんちゃんの両手をふんわりと包み込み、胸へと当てる。


「美味しいお菓子をごちそうしますので、この件は黙っていてもらえますか?」

「分かった」

「それではそう言うことで」

「ちょい、待てや」

「はい?」


 その場から去ろうとしたウチの前をとおせんぼし、行く手を食い止めるかんちゃん。


「だったら今すぐお菓子置いてけ」

「はあぁー!?」


 この子娘は、いきなり何を言い出すんだ?


「最近、給付金などを偽った詐欺というのが流行っているらしいからな。行く前にちゃんと現物を置いていけ」

「はあ? 給付金って何なの?」

「さあな、その手の情報はサッパリやね。詳しくは一筋に聞いてくれな」


 あの男はこんな純粋さにつけこんで至らないことを吹き込みやがって。


 まあ、落ち着け。

 あくまでも作戦が最優先だ。


「分かりました。少々お待ちを……」


 ウチは手を前に繰り出して『お茶うけ専用』と墨汁で書かれた大人サイズの灰色の牛乳瓶を出現させ、中に詰まっていた包み菓子を掴み出す。

 

「はい、これでどうでしょうか?」

「うん、ありがとww」


 ウチは震える手を抑えながらも笑顔を絶やさない。 


 これは魔王様のお客様が来たときにお出しするお茶菓子の入った特殊な瓶だ。


 中身は瓶からの取り出さないと分からないガチャみたいな設定だけど、よりにもよって高級菓子の銘菓を引き当てるとは……。


 八つ橋、高いんだよなー(泣)

 まあいい、多少の犠牲は付き物だ。


「なに、泣いてんの?」

「別に泣いてないわよ‼」


****


 こうして、お姉ちゃんが無事に休んでいたことも確認でき、何もかもすんなり物事が進みそうで、安心しきっていたウチだったが、物語は夜が更けた頃から変な方向に傾き出す……。


「それでヒナぽよ、じゃんけんの勝敗はついた?」

「まだですよ。この人は強運の持ち主ですね」

「それな。さっきからあいこばかりだもんね」

「はい。かれこれ百三十回も続いていますからね」


 ここだけの話だけど、実はウチはじゃんけんには絶大な自信がある。

 魔王城でお菓子の取り合いを防ぐルール上、このじゃんけんで勝敗を決めて好きなお菓子を貰っていたからだ。


 だからこそ、この絵師と最後の決闘を受けてたったのだが、この相手だけは異様に強い。


 ウチが勝ち手をひるがえそうとし、出す手を変えても、コンピューターのような直感でウチの動きを読んでいるような性分しょうぶんであいこにもっていく。


 仲間たちはヒナと呼んでいるが、こんな絵師、この世界にいたっけ?


「まあ、負けませんよ。旦那様の隣に寝るのは自分ですからね」

「むっつりエチエチなひっ君と契りを結んだ仲だもんねw」

「お姉さまもかん毒もぼろ負けでしたからね」

「うっさいな。そこには触れんでよ」


 何で、もう寝てしまっている一筋さんの横に寝る場所を決めるじゃんけんとかしてるの?

 どうでもいいから、いい加減早く寝静まってくれよー!

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