第3章 どんな優秀な絵師でも木から落ちる

第7話 しんらい。魔王様の元に居られるためには(魔王側side)

「それはどういうことじゃ?」

「はい。魔王様の立てて下さった作戦は失敗に終わりました」

「ワシが聞いている言葉はそうではないわっ!」


 異世界トーギョー。

 日本で名の知れた東京と同じ地名を持ち、アキババーラに拠点を構える魔王城。

 かつてのオタクの電気街と呼ばれていたこの場所も新生の魔王様の攻撃により、あっという間に廃墟となった。


 コウモリが鳴き叫ぶ高い崖の上にあり、来るものを拒ませる強力な見えない結界。

 結界の中には中世のヨーロッパを想像させる白い洋館。

 そこに魔王様とウチら絵師が一つ屋根の下で暮らす魔王城がある。


 ウチは敵からダメージをいつつも辛うじてこの場所に戻ることができた。

 別に助けを求めて帰ってきたのではない。


 魔王様に害を及ばす相手と敵対したのだ。

 こちら側の知らない情報をたんまりと頂戴し、それだけでもありがたみを感じるかも知れない。


 もしかしたら魔王様直々に何かお褒めの言葉をいただくかもとウチは浮き足だっていた。

 だけどその妄想は現実では通用しなかった。


 ロウソクの明かりで照らされた玉座ぎょくざの間にて、魔王様の横から放たれた魔術で体を飛ばされ、壁に叩きつけられるウチ。

 予想とは裏腹に魔王様は大層怒っていた。


「ろくにカードを集めれないどころか、大事にしていた店や貴重な絵師を二人も敵に回しおって」


 あの移動食堂『わるのや』は今の魔王様の先代、ウチのおじいちゃんが気に入っていたお店だった。


 繁盛、移動、独立。

 おじいちゃんの三つの願いが叶ってできた店舗。

 おじいちゃんが病気で亡くなり、遺書の末に次期魔王となった男が怒るのも無理はない。


「紅茶貴族、後は好きにしてよいぞ」

「はっ。かしこまりました」


 近くにいた絵師に声をかけ、マントをひるがえし、その場から立ち去る魔王様。


 先ほどから自由を失った肉体。

 そうか、これは魔王様のカードから出現した絵師の一人、紅茶貴族の魔術か。

 体が縛られて、呼吸も苦しく、身動きもとれない。


「抵抗しても無意味ですよ。ワタクシの見えない縄縛り『束縛』の魔術にかかればいくら貴女あなたでも術を解くことは難儀ですよ」

「ウチを再起不能にしたいんか。だったらさっさとやれ!」

おっしゃりたいのも山々なのですがね……」


 青色の軍服が様になり、金髪の縦巻きロールにオレンジの瞳、長身の百七十の気品さが漂う女性。

 その紅茶貴族が腕を下げると同時にウチを包んでいた拘束が切れた。


「ごほ、ごほっ!」


 その場で喉を押さえて咳き込む。

 さすが魔王様のお気に入りの絵師の一人でもある。

 何という底知れないパワーだろうか。


「いくら心優しい魔王様でもかんどくだけでなく、ハロすいまで奪われて黙っていられるほど寛大かんだいではないですからね」

「それにゃあ、あっしも同感だにゃ」


 紅茶貴族の後ろの影からひょっこりと顔を覗かせる茶色い髪に灰色の瞳。

 彼女はけも耳の絵師、三崎みさきにゃこね。 

 黒のみつあみで緑のふちの眼鏡をかけ、女の子らしくない緑のツナギというあられもないファッションだが、本人いわく見かけも関係なくセンスなんてどうでもいいだとか。


 背も百六十とまあまああり、けも耳に尻尾付き、おまけに可愛らしい童顔をして、一部のマニアにはモテそうなのに。


「にゃはは。それよりもコイツどうするにゃん?」

「さあ、最終的な判断は本人の意思に任せておりますから」

「にゃんだ。どんな罰がいいか考えてたのに」


 にゃこねが非常に残念そうにウチを見てくる。

 それは同情ではない、相手を見下している顔だ。


 にゃこねは何も考えてないように思えて上下関係には厳しい。

 上司にはペコペコと頭を下げるが、自分より身分が低い相手に対しては容赦ない。


 一度、にゃこねのくらいから身分が下がると余程のことがない限り、対等に扱う態度はしない。

 この絵師になめられたら終わりなのだ。


「ガラス瓶ちゃん、チャンスが欲しくないかにゃ?」

「何のこと? ハロ水お姉ちゃんに酷いことしたら許さないから」

「にゃお。怖い顔だにゃ。せっかくの美人が台無しにゃん」


 にゃこねがからかいの口調でウチの肩をポンポンと叩く。


「三崎さん、からかうのもほどほどにして用件を仰って下さいな」

「はいにゃ。こうちゃんは手厳しいにゃん」


 あの腕利きのいい紅茶貴族をちゃん付けとは。

 にゃこねにとって彼女も格下に過ぎないのか。


「実はにゃん、紅ちゃんと一緒にお話をしてたんだけど……」


「もう一度、その男子と闘ってみないかにゃ?」


 ウチが信じられないように目を大きくさせると、にゃこねが反応に合わせて首をコクンと振る。


「今度はワタクシたち、三人がかりでですわよ」

「助っ人として強力な絵師二人が加わったら怖いものなしにゃん」

「……その話、詳しく聞かせて」


 ウチが興味範囲で体を乗り出すと、にゃこねがしたり顔でウチを眺めてくる。


「おっ。早くもる気満々にゃん」

「三崎さん、あまりおちょくらないの。本人がしているでしょ」

「はいはーい。だし醤油で甘辛く煮たは大好きだにゃん」

「こ・ん・わ・くです!」

「まあまあ、そんなに怒るとシワが増えるにゃん」

「誰のせいでしょうか!」


 紅茶貴族がにゃこねに能力を使うと見せかけ、にゃこねの後ろに回り、両手を伸ばす。


 まさか、あの必殺技を使う気?

 あれを食らえばいくらにゃこねでも。


「にゃははははーww」


 コチョコチョとにゃこねのワキをくすぐる両指の攻撃。

 紅茶貴族はくすぐりのプレイが大好きで、こうやって相手をいたぶるのを楽しんでやる節がある。

 噂によると、この攻撃で幾度もの戦士を戦闘不能にしたとか。


「にゃーははははーwww」

「分かりましたから、そろそろ続きを聞かせて下さい」

「あら、ガラス瓶さん、意外とお優しい心をお持ちですね」

「ええ。目の前で死体ができても後処理に困りますから」

「それもそうですわね」


 まあ、くすぐりくらいであの世に逝かれても困るけどね。


「──作戦はこうです。貴女が彼らを引き付けて下さい」

「なるほど。考えたわね」

「そりゃそうだにゃ。紅ちゃんと一生懸命脳みそを振り搾ったからにゃん」

「その搾った脳みそは百バーセントオレンジジュース?」

「いんや、飲み物じゃなくてミートスパが十人前作れるくらいだにゃん」

「それは美味しそう」


 何やら料理の話で盛り上がっているが、本来の話題からはずれている。

 元に紅茶貴族だけが話についていけずに混乱しているからだ。


「先ほどから何の話をしているのです?」

「うにゃ。どうやったら、あの男子の胃袋を掴めるかの検証だにゃ」

「そうですの。てっきりワタクシは……」

「心配しなくても作戦は万全にゃん」


 にゃこねが眼鏡を外し、光輝く灰色の瞳が紅茶貴族の注意を反らす。

 彼女の能力は猫だましによる精神の『支配』。


 普段は眼鏡を掛けてその力を抑えているが、本気になったにゃこねに勝てるものはウチの知る中ではいない。


 裏では最強の絵師と呼ばれる三崎にゃこね。

 本人はそのことに無自覚だが、他の絵師たちはにゃこねを心の底からうやまっている。


 最強なのに威張らず、人懐っこくってフレンドリー。

 そのギャップが気に入って魔王様が手元に置いているという噂も聞く。


「それで話を戻すけど、ウチが味方になったふりをして忍び込み、その間に奇襲を仕掛けると……」

「……随分ずいぶんと手汚い作戦ね」

「負けてぼろ雑巾になって帰ってきた分際で何を言ってるにゃ」

「その通りですわ。貴女に拒否権はないのですよ」


 にゃこねの魔術により、先ほどの会話を水に流し、途端ににゃこねの肩を持つ紅茶貴族。


「遊園地の割引券なら欲しいけどにゃん」

「三崎さん、少し黙っていてもらえませんか。話が脱線してややこしくなりますので」


 最強の名も残念ながら、彼女の魔術は効果が長続きしないのが欠点だった。


「うぐぐ、あっしの会話術が封印されると辛いにゃん」


 にゃこねが何かの言葉を呟き、口元に指を拭うと、そこにあったはずのくちびるが綺麗に消える。


 自分自身を騙すために会話の元を断ったか。

 私利私欲のためなら己の行動さえも封じる。


 ウチの封印の能力は自分に使うと自滅するため使いどころを選ぶが、にゃこねはそれを何とも思わずに魔術を使った。


 自分の能力を深く見極め、最速の決断をする。

 敵には回したくない恐ろしい娘だ。


****


「──それで相手が寝静まったところで作戦決行ね。大きく出たわね」

「どんな能力使いでもにゃ、寝込みを襲われたら敵わないにゃん」

「三国志からの元ネタですけどね」

「こらー、本人の許可なくバラすなにゃん!」

「自分だけいいふりをしても駄目ですよ」

「うにゃあ、折角せっかくの頭の良さげなふりが台無しにゃん」

「ぷー、クスクス」


 にゃこね、それが君の本音か。

 ウチは耐えきれずに吹いてしまう。


「なっ、そんなに笑うこともにゃいだろ」

「だって三国志からって歴女かよ」

「へっ、れきじょって何だにゃん?」

「あちゃー、そこから説明しないといけないか……」


 にゃこねがここまでマヌケな相手とは思わなかった。

 絵師も見た目によらないな。


「にゃあ、ガラス瓶ちゃん。もったいぶらないで教えてにゃん」

「三崎さん、魔王様に貰ったスマホを持っていますでしょう。自分でお調べなさい」

「やだにゃん。パカパカと違って使いづらいんだにゃ」


 あのガラケーをパカパカというとは。

 このお嬢さんは意外と歳を食っているのかな。

 また一つ、にゃこねの弱い一面が見れただけでもウチは幸せものだ。


「おーい、ガラス瓶ちゃん? 応答するにゃ?」

「どうやら向こう側の世界へと旅立ったようですね」

「闘いを前にして困ったにゃ。元に戻す方法はあるかにゃ?」

「はい。存じ上げますのでそのように真似をして貰えますか?」

「分かったにゃ!」


「──まずはガラス瓶さんの側に寄りましてですね」

「……オレの瞳に釘付けだぜと囁きながら彼女の耳たぶを甘噛みします」

「別にお菓子でもないのに耳たぶを噛むのにゃ?」

「いいから言う通りになさって下さい」

「はい、にゃーん」


 かぷっ。


 何、この身体中に広がる感覚。

 にゃこねがウチの耳を噛んでいる?


 ちょっと状況が追いつかないんだけど!?


「はあはあ。良い感じですよ。美しい百合の絡みにはそそられるものがありますわね」


 荒い息づかいでウチらの様子をスマホで写メする紅茶貴族。

 はなっからそれが目論みかい!


「オレンジの瞳に釘付けだにゃ」

「なるかー!」

「にゃふっ!?」


 にゃこねの頭に空手チョップもどきをかます。

 見てくれの技だから、にゃこねへのダメージはほぼない。

 でも少なくとも彼女の能力は封印できたはず。


「にゃー、はめられたにゃん!?」

「よっしゃ、やりい♪」

「お見事です。ガラス瓶さん」


 にゃこねを人形ひとがたサイズの牛乳瓶の容器に封じ込め、紅茶貴族とハイタッチをする。


「ざまあみなさい。最初からこれが目的だったのよ」

「にゃんでにゃー!」

「この計画には三崎さんは不要ととらせていただきましたので」

「そうそう、寝込みを狙う前にいつもの悪ふざけで起こされても困るからね」

「お前らいつの間にそんな仲良しになったにゃん?」

「いえ、たった今、共闘を結びましたから」

「にゃー、いいからここから出すにゃん!!」


 にゃこねが瓶の中で窮屈そうに体をくねらすが、辛うじて動かせるのは首のみだ。


「無駄ですよ。ガラス瓶さんの能力は封印。そう簡単には逃れることはできません」

「まあ、そこから出たいなら精々、知恵を搾って下さいね」


 ウチは紅茶貴族と歩み始める。

 ウチにはもう後がない。

 この作戦に失敗すれば、今度こそ魔王様の所から追放されるだろう。

 だからこそ、失敗は許されない。


 あの男を倒し、お姉ちゃんとかん毒を助け出すんだ。

 例え、卑怯な手を使ってでもウチは勝つ!


  

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