第6話 ふういん。ピンチに救われたキミのちから

 ハロすいお姉ちゃんが敵の手にちた。

 ウチ、ガラスびんがそれを知ったのは、ちょうどお店で皿洗いをしていた時だった。


 ここは牛丼屋『わるのや』。

 元は大手牛丼チェーン店からの姉妹店だったが、調理師免許を持っているお姉ちゃん自らがこのチェーン店から独立し、新たな店を構えることで実現した場所でもある。


『わるのや』と言う名称はありきたりの正統派の牛丼屋を裏切ったという名目でお姉ちゃん自らが考えついたもの。

 異世界だからできる言動で、姑息こそくで悪い店、通称『わるのや』の誕生だ。


「お姉ちゃんを早く助けないと」


 壁に掲げた大型テレビの画像でお姉ちゃんを写していた隠しカメラの端末を消す。


 洗い場の蛇口の横にある、先が梅の実のようなレバーを手前に倒すと、お店から微々びびたる振動がした。


 このお店はこのレバーで固定具を外せて、ウチの魔術により、店ごと移動することも可能なのだ。


 そう心配しなくても大丈夫、今は準備中だから店内は店員のウチしかいない。


「空間転移座標値オン!」


 ウチを載せたお店はお姉ちゃんのいる座標に合わせ、ワープ移動を試みる。


 ワープは一度に大量の電力と魔術を使用するため、一日一回が限度。

 そのためにはすべての通信システムさえも遮断しなくてはいけない。

 カメラの映像を切ったのはそのためだ。


 少し前までいたおじいちゃんが亡くなり、肉親はお姉ちゃんしかいないウチには売り上げは二の次でどうでもいいこと。

 考えるよりも先に行動で体を支配していた……。


****


『いらっしゃいませ。異世界全国を自由に行き来する移動型牛丼屋姉妹チェーン店、美味しすぎて泣く子も黙るへようこそ♪』

「何だ、このお店は?」


 古ぼけたラーメン屋のようなレトロな内観からして、あの牛丼チェーン店の仲間とは信じがたい。


『当店は回転寿司のようなリーズナブルなお値段と快適さを求めており、二十四時間営業でセルフサービスな料理の提供となっています』

「なるほど回転寿司の牛丼屋バージョンというわけか」

「ひっ君、もうお腹ペコー。あっちの席に座ろー卍」


 入り口の壁のスピーカーから流れる若き女性音声を聞き流し、キノミが僕の腕を引っ張り、中央にあるカウンター席に連れていこうとするが、ハズいので何とか引き止める。


 周辺はもぬけの殻で僕ら以外にお客もいないようだ。


(えらい人の声がしなくて静かだけど、店員は奥の作業部屋にいるのか?)


 経営者でなくても不思議とお店のカラクリが気になってくる。

 時間が遅いから(深夜帯)だからか?


(まあ、分からないでもないな。入り口の看板からして怪しげなお店だったからな……)


 僕が一人で想像力を膨らますなか、彼女ら絵師はキノミの浄化の魔術により、水着から元の衣装に戻り、僕と出会った時の服装になっていた。


「まさかキノミの浄化の魔術がこんな所で役に立つとはな」

「ハロ水お嬢さんに感謝ですね」

「あのお嬢、ただのお嬢様じゃないぜ。色々と魔術のことを詳しく知ってやがる」

「彼女に勝てたのは奇跡でしたね」


 隣を付き添うヒナが頭を傾げ、僕も『そうだな……』と納得する。

 しかしどこかでに落ちない点もあった。


「うーん、そう考えた方が得策なのかな。どうも味気ない潰れかただったけど」

「わざと彼女が負けたとでも?」

「ああ。あんなキレ者がスライムごときにやられるもんかな」

「そう言われてみせばそうですね」


 二人してタイミングよく首を捻る。

 その雰囲気からして仲の良い兄妹に見えるかも知れない。


「なーん。ヒナぽよと何をヒソヒソと話しよん?」


 僕らの関係に乗り込んでくるキノミ。

 好奇心旺盛なキラキラとした瞳を見せながら。


「わっ、おどかすなよ!?」

「そんなにびびらんでもいいじゃん。わーた。恋バナでしょ?」

「いや、ちょっと世間話をな」

「別に隠さんでもよか。ひっ君の周りには、よりどりみどりでおしゃかわな女の子ばかりだもんね」

「何でそうなるんだよ?」

「おうおう、赤くなっちゃって。めっかわ」


 キノミが急に立ち止まり、僕の頭をワシワシと撫でてくる。

 僕は照れ隠しのあまり、キノミの手から逃げた。


「何なの? 別に採って食べようとしないよ?」

「いや、分からないぞ。浄化の魔術で僕の心が洗い流され、その綺麗な心を利用して、絶対服従マシンにされるかも知れないからな」

「何よ、そのキモいSF設定は?」

「ヤバいのはキノミの妄想設定だろ」


「おーい。もう注文してもええ?」


 僕らの会話を飛び抜け、遠くから聞こえてくる伸びやかなかんちゃんの声。


「「お前は少しは遠慮しろ!」」


 ちゃっかりと席に座っていたかんちゃんに対して批判をする僕とキノミ。

 二人ともかんちゃんによる空気読めん対策は万全だ。


「まあ、そんなことより席につきましょう。このままではかんちゃんさんオンリーな大食い大会になってしまいます」

「それだけは避けたいな」


 ヒナの言葉で怒りの矛先ほこさきを抑える。


 そうだ、僕だって空腹を訴えている。

 キノミとの会話でカロリーを消費したから余計にだ。


 僕たちはかんちゃんの座るファミリー席に大人しく座り込む。


「所で何でかんちゃんは一人でこんな大きな席に? 普通にカウンター空いてるよね?」

「いえ、ご飯は顔を合わせて大勢で食べた方が美味しいやんw」


 かんちゃんの爆弾発言。

 笑顔と見せかけ、中身はクールな素振りでも、この娘は家族の愛に飢えているのか?


「きゃー、かんちゃん。その発言ぐうかわ。持ち帰って妹にしたい」

「キノミ、しれっと犯罪に手を染めないでくれるか」

「やだ、この子は私のおもちゃ……いや、子供だもーん」

「今さりげなくとんでもないことを漏らしたよな?」

「なーんのこーとかなーwww」 

「こら、惚けるなよ。とにかく駄目だ」


 かんちゃんにベッタリと引っついたキノミを引き剥がそうとする僕。


「ぐおおおおー!」


 何だ、中々取れないぞ。

 瞬間接着剤でも付いているのか?

 まったく、駄々ばかりこねてしょうがないヤツだな。


「まあいいか。でもな、くれぐれもかんちゃんは持って帰るなよ?」

「それはよきよき卍」

「……」


 僕は浮かれるキノミと複雑そうな顔で無言を貫くかんちゃんのイチャイチャカップルに忠告をし、二人と正面を合わすようにソファーに腰かける。


 おっ、中々の座り心地。

 程よい弾力といい、柔らかさといい、良質のソファーじゃないか。


「じゃあ注文するかな」


 心地よいソファーに味をしめた僕は壁際にあるコンベアのレーンで異様な景色を目の当たりにする。


 コンベアで流れ続ける食材は生の肉の盛られた平たい皿の山。


 皿に載った肉にはグラムが決められているらしく、五十グラムから二百グラムと様々だ。

 白い皿が五十グラムで、黄金の皿に盛られたのが二百グラムだろうか。

 肉の種類も豚と牛に別れていて、脂身、赤身とある。


 取った肉はテーブルに備え付けの鉄板で焼けて、ご飯はお店の方がよそってくれるようだ。

 もちろん、焼いた肉だけで食べても良いし、ネギや紅しょうがなどのトッピングや、タレもテーブルに置いてある。


「えっと、注文はこのタッチパネルからでもできるのか」


 僕はテーブルに置かれていたタブレット端末を手に取る。


 肌を通すしっとりとした質感。

 まるで最新鋭の携帯ゲーム機を触っているような感覚だ。


『──ご注文は以上でよろしいでしょうか?』


 手短に注文を終え、タブレットからの女性店員の音声に僕はディスプレイに映った『了承』の『オッケー』のボタンを押す。


 この時から僕の運命は決まっていたのだ……。


****


『──お客さま、ご注文はこれでよろしいですか?』

「……うん、何だ?」


 僕は寝てしまっていたようだ。

 周囲にはあのお店の背景はなく、灰色一色で透明の空間に閉じ込められていて、僕一人がいるのにもやっとの広さ。


 いや、むしろ四方の壁に挟まれて身動きすらもできない状況。


 僕は絶望のふちに立たされていた。


(駄目だ、体に壁が密着していて全然動けないな。他のみんなは無事か?)


 狭苦しい場所でおまけに声も出せない。

 どういう作りになっているんだと、唯一、動かせる首だけを横にして、注意深く観察する。


 それと同時に壁の向かい側に同じく、壁に挟まったキノミを発見する。

 キノミは大人の人のサイズをした大きな瓶の中にギュウギュウに押し込まれていた。


随分ずいぶんと大きな牛乳瓶だな。それにヒナとのテレパシーも使えないみたいだ……)


「どう? ウチの力、特製瓶詰めにより、パワーや魔術の力を『封印』する能力は気に入ったかな?」

「君は……新たな絵師か?」


 僕は何とか声を振り絞り、上空から落下してきた少女の声に質問で返す。


「そうだよ。ウチはハロ水お姉ちゃんの妹のガラス瓶。ねえ、お姉ちゃんをあんな状態にして、何をやったの?」

「その問いに答えたいのなら……彼女たちを解放しろ」

「嫌だね。お姉ちゃんを散々傷つけて、その言葉はあまりにも酷くないかな」


「……彼女たちもそれ相応の罰を与えないとね」


 ガラス瓶はキノミを封じ込めた牛乳瓶に何やら小声を呟く。


「さあ、お姉ちゃん」

「シンアイナルミズヲオコシ、ミナヲオトセ……」


 ハロ水が瓶の蓋の部分からひょっこりと現れ、キノミの入った瓶の内部に水の魔術を流し込む。

 そうか、妹が入れ物を作り、姉の液体で瓶を満たして栓をし、にさせる作戦か。


「お嬢、何をしだすんだよ!?」


 僕は瓶を叩きながら、ハロ水の行動をめさそうとしたが、彼女は血色が悪い顔で瞳も黒く濁っている。

 このどす黒い瞳の色はどこかで見た覚えがあった。


 片言かたことの言葉で挙動きょどうが不審なハロ水。

 そうか、あの時のかんちゃんを操っていた時の魔力と一緒だ。

 今のハロ水も本人の意思とは関係なく、敵の思うがままなのか。


「おい、目を覚ませよ。お嬢。僕らの味方になったばかりだろ!!」


 僕は大声を張り上げながら、懸命けんめいに抵抗をする。


「無駄だよ。もうこうなったら聞く耳を持たないよ」


 例え、僕の力が及ばなくてもキノミは救いたい。

 だってキノミノコは僕にとっては一番のお気に入りの絵師だったから。


「キノミー!!!!」


 僕の叫びも空しくキノミの全身が水に漬かる。

 その時だった。


 キノミの沈んだ場所から眩しい光が点滅して瓶に細かな亀裂が走り、爆音と一緒に粉々に散る。


「ひっ君の命は私が守る!」


 光輝くキノミの光源により、ハロ水の目の色から黒みが消え失せる。


「何がどうなってるの? 確かに封印の魔術で能力も何もかも封じ込めたはず!?」

「ひっ君のヘルプが聞こえたから」


 ガラス瓶が信じられない形相でキノミを指さしている。

 指した指は小刻みに震えていた。


「ガラス瓶。ハロ水お嬢の妹ということわーたけどやっていいことと悪いことがあるよ」


 キノミが一歩後ろに下がり、前のめりに左手を突き出す。


「私の尊い友達にオイタするなやー!」

「ぎゃあああー!?」


 キノミから発した光の攻撃により、遥か彼方に吹き飛ばされるガラス瓶。


「おっ、覚えておきなよ。キノミとやら。今回は魔術切れだから退くけど、次に会った時は容赦しないよ!」


 そのままガラス瓶の姿は閃光に混じって消えていった。


****


「逃がしたか」

「あちゃー、誠に惜しかったやんw」


 ボロボロになったハリボテの店内(奥に飲食ブースがあった)で僕は絵師の無事を確かめる。


「大丈夫ですよ。自分たちはそう簡単にはダメージを受けない仕組みとなっていますから」

「そうなのか。でも攻撃を受けたら痛がっているよな?」

「まあ、痛覚はありますからね」


 僕はヒナの問いかけに若干動揺しながら、倒れていたハロ水を起き上がらせる。


「まんまと妹に逃げられましたね」

「お嬢、あの妹は何者なんだ?」

「あたしと同じ魔王様にお仕えする者ですよ。でも大変なことになりましたわね」

「逃がしたことで魔王の耳に直接知れ渡ると?」

「まあ、そんなところですわ。これからは敵の攻撃が激しくなるかもですわ」

「大丈夫。僕らのメンバーは最強だからな」


 僕はハロ水の手を取りながら、キノミたちの方へ手を振る。


「ひっ君、大丈夫そー? 怪我はない?」

「ああ。ありがとう。助かったよ」

「ヘーいー卍」


 その応対が嬉しかったのか、キノミが周りも気にせずに大声で喋りかけ、ピョンピョンと跳ねながら元気よく手を振りかえしてくるのだった。






 

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