第5話 ドラゴン。その攻撃に隙はないのか
激しく
「危ないな。不意を狙うなんて!?」
「あらあら、あなたならお祭りの金魚すくいでポイ(すくい網)を金魚に向けることには何の抵抗もないはずでしょう?」
「そりゃそういう内容のゲームだからな」
「でしたらこれもほんの
「やだよ、当たったら痛いし、まだあの世にはいきたくないからな」
体の一部からほど走る脈打つ痛み。
どうやら知らない間にあの攻撃に触れたようだ。
左腕に少しえぐれた傷がそのダメージを物語っている。
カスってこの状態なら、あれをまともに受ければ、この世に
(ちっ、手元には攻撃に使える武器もないし、おまけに絵師の能力も使えない……)
僕は頼みの綱の絵師を封じ込まれ、ハロ
このままではやられてしまうが、何もせずに消えるのは惜しい。
恐らく僕が亡くなれば絵師のカードは魔王というヤツの物になるだろう。
好きでもない相手から
僕は良くても絵師の彼女らに辛い人生を歩ませたくないんだ。
だったら最後まで
追い詰められた境地に閃くチャンス。
僕はそのカードに賭けていた。
「おほほほほ、ついに観念しましたか」
両手を広げて戦意喪失をした僕の行動にハロ水の水の竜が襲いかかる。
「ゆけ、ウォータードラゴンよ!」
「直訳したら水の竜のまんまじゃん。ここの世界の住人は恐ろしいほどネーミングのセンスがないな」
「うるさいわね。その減らず口の頭を噛み砕いてくれるわ!」
その竜が僕の頭の真上を狙い、ガブリと食らいつく。
「ぐわっ……」
言葉が途切れ、
誰もがそこで決着はついたと思っていた。
「
ハロ水は首を無くした僕の肩に触り、容赦なく突き飛ばす。
無造作にお湯の
「いやあああー、ひっ君!?」
この悲痛の声はキノミ、いや、
異世界でも君のことを守れなくてごめんな。
「魔王様がここを
弱々しい絵師をターゲットに狙いを定めたのか、手のひらを返したかのように強気になるハロ水。
「さてとお嬢さん達。新しい
「ひっ君、死んじゃ嫌だよ……」
キノミが僕の名を何度も叫ぶ。
口元に僅かな想いを含ませたまま。
「何てねww」
押し殺していた感情を堪えきれなくなったキノミがクスリと笑いかけた瞬間、強烈な突風が吹き荒れた。
僕の首を食べたドラゴンの頭から見えない刃が見え隠れし、頭部が左右に
風はうねりを伴い、ドラゴンの全身を掻き消していく。
「あらまあ、この力は風の魔術かしら?」
「その通り。呼ばれて飛び出し、バインダー♪」
僕は風の放たれた空中から我が身を起こす。
「なるほどね。さっき食べられたあなたの体は風が作り出した偽物でしたか」
「状況判断が手早くて助かるよ。ギャラリーに詳しい説明をしなくて済むからさ」
「ギャラリー?」
「まあ、この物語を見ている読者のことだな」
「まったくもって意味が分からないのですが?」
「だな。その読者にも予測できない展開だったろうさ」
「それも
真横から風のように現れた絵師の一人、ヒナが僕の服を摘まみながら口を挟む。
「旦那様、だからと言って何て無茶を……」
「ヒナのことを信じていたからな」
「なっ……」
僕のその言葉に耳まで真っ赤っかに染まるヒナ。
「よくもまあ、そんな恥ずかしいことを堂々と言えますね」
「ヒナの能力をうまく利用したのさ。テレパシーなら相手に悟られないし、ヒナの風の魔術ならあのシャボン玉を瞬間的に掻き消せると思ったからな」
「それには自分も同感ですが……」
「まあ、敵さんもからかいがいがあって、鈍感っぽかったからさ」
僕の暴かれた内容に驚きの声を発するハロ水。
「……まさか、最初からあたしの行動を読んでいて?」
「まあね。普通、見ず知らずの女性相手から野郎が水着を買ったりしないだろ」
「そうですね。恋人ではないと胸のサイズとかも正確には分からないですから」
まあ、ヒナは幼児体形でペッタンコだから問題ないという発言を慌てて控える。
危ないな、早くも人間地雷を踏むところだった。
「ヒナ。だからと言って、それを口に滑らせたらセクハラだからな。確かに中身があんな衣装とは分からなかったけどな」
「男の子は色々と難しいのですね」
「何だよ、笑うなよ。これでもウブなんだぜ」
「つまり顔に似合わず、そのような経験はないと言うことですか?」
「今まで機会がなかっただけだ」
ヒナが
何だよ、ロリな見た目のつもりで経験豊富なのかよ。
これはお父さん? も一本取られたな。
それはさておき……。
「ちょっと私らも助けなさいよ!!」
「それは同感やな」
水に包まれた大きなシャボン玉の中にはまだ二人が取り残されている。
浄化と毒の魔術ではびくともしない玉の中で喧しいほどにがなりたてるキノミに意外と冷めた対応のかんちゃん。
同じギャルでも性格が
「悪いな。キノミたちはその中にいてくれ」
「何でよ、私たちもヒナぽよと同じ絵師やし、隣にいた方が有利でしょ?」
僕は宙に少し浮いたシャボン玉をノックしながら答えを探す。
直接触る度にその部分だけにできる微かな空洞。
だが、それは一瞬だけで、すかさず新たな水で覆い隠される。
「触った感じだとそう簡単に壊せる代物じゃないみたいだし、何よりこちら側も安心できる」
「何で? 私らでは力不足なん?」
「いや、三人の
「ボクもそう思ってたとこ」
かんちゃんが僕らの会話に水をさす。
その冷静な発言にキノミの血気が上がる。
「イラっとくるわ。あんたなんかに何が分かるのよ!」
キノミがかんちゃんの首もとのヒモ(水着)を乱暴に掴み、思いっきり怒鳴りこむ。
「よせ、キノミ。いくら女の子でも乱暴は良くないぞ」
「ひっ君、何でこんな相手の肩を持つの。昨日まで敵だったやつだよ?」
「かんちゃんは魔王に操られていただけだろ。彼女に
「何、その紳士的な対応。もう激おこやわ」
キノミが明後日の方向を見ながら僕をシカトする。
ワガママ娘はご機嫌ナナメモードに移行したようだ。
「どうでもいいですけど、いい加減にこの手を離してもらえる?」
「はいはい。わーた(分かった)わよ」
あれだけ
「いいか、キノミ。確かにお前たちの力は借りたい。だけどな、アイツの狙いは絵師のカードだ。見たところ頭も切れるらしいし、正攻法で倒せる相手じゃないはず」
「あーね……」
「それにこの戦闘の後のいざというときにキノミの力が必要になるかも知れない」
「ひっ君……」
「だからここは黙って僕とヒナに任せてくれないか」
「うん、りょー卍」
僕の想いが伝わったのか、キノミは優しい
****
「お話は終わりましたか?」
「随分と律儀だな。カードが目的なら、いつでも僕を攻撃できただろうに」
「いえ、恋人通しの大事な語らいの邪魔はできませんわ。あたしはそのような
敵ながら僕の心がじんわりと温かくなる。
出会ってすぐに不意打ちを受けたことは頭の片隅にしまっておこう。
「ありがとう。これで敵じゃなかったら最高なんだけどね」
「いえ、あたしも同じことを考えていました。敵にするには
「はははっ、まるで人材派遣の面接を受けているような気分だな」
「じんざいはけん?」
「いや、深い意味はないさ。こっちの話だよ」
「はぁ……?」
ハロ水が首を傾げ、聞き慣れない単語を口ずさむ。
そういえばここは異世界だったな。
こんなファンタジーな場所に派遣企業があるとは思えない。
「さて、どう出るかだな」
僕は深呼吸をして、ヒナと見えないコンタクトを取る。
『──
『そこは絵師の力の見せどころだろ』
『はい、分かりました。頑固なゆえの決断ですね』
『……で、まだ僕の魔力は残っているか?』
『自分を誰だと思っているのですか?』
『SNSのタイムラインを騒がす風使いの女』
『この世界にはネットは繋がってないのですが?』
『でも意味は通じただろ?』
『まあ、旦那様の心を読みましたから』
「何を二人揃ってにやついているのです? まさかこの期に及んで二股?」
おっと、ハロ水を前にして表情筋が緩んでいたか。
気を引き締めていかないとな。
「おい、ハロ水。その魔術は水相手でも効果があるのか?」
「ええ、ウォータードラゴンはどのような相手でもダメージを与えられますわ」
「それなら話は早い」
「何がですの?」
「いや、こっちの話さ」
状況は十分に理解した。
後は実行あるのみだ。
「うおおおおー、お母ちゃんのためならえんりゃこりー!」
「うふふ。そのまま突っ込んできますか……。よろしいですわ。こちらも
僕が熱苦しい特攻作戦に出たなか、冷ややかな笑顔のハロ水は持ち手のドラゴンを僕の元へ直進させる。
「その命、儚く散りなさいな!」
「どりゃあああー!」
僕は体を半身に曲げて、相手のドラゴンの素早き攻撃をギリギリでかわす。
見据えた先にはキノミたちのいるシャボン玉。
ドラゴンの直撃により、シャボン玉全体と共に吹き飛んで消え、二人の絵師の姿が
「しまった。そんな手がありましたか。でも余裕でかわせますわよ」
「……あら?」
ハロ水がいくら体を捻ろうとその場所から動けない。
彼女の体には術者にしか見えない縄が巻きついていたからだ。
「まさか、風の束縛術!?」
「惜しいな。もう少し早くに気づいていればな。
今だ、二人とも思いっきりぶち当てろー‼」
「言われなくてもそのつもりよ!!」
「ドクドクポイズンスライム発射ーww」
かんちゃんが発動した召喚魔術により、解き放たれた無数の毒のスライム。
酸素によってこの地上で生きられないモンスターにキノミが浄化の魔術を上乗せする。
ポイズンスライムは合わせの魔術により毒気を無くし、普通の青いスライムとしてハロ水の顔面にヒットした。
「ムギュ!?」
数十体のスライムに押し潰されて、その場でノックダウンするハロ水。
勝敗はこちらの赤旗で見えていた。
「もごごごご……」
「ハロ水。手荒な真似してごめんな」
「おぷおぷ……」
「何々、スライムまみれのプールは最高だって? その言葉ありがたく受け取っておくよ」
「うみょーん、ですわ……」
ハロ水がスライムの下敷きになり、この世の生涯(気絶しただけ)を終える。
僕らはその光景を名残惜しそうに見つめて……いなかった。
****
「あーあ、体を動かしたら腹が減ったな。近くに食い物屋とかあるかな?」
「ひっ君、ここにそんなお店は全然ないよ」
「……と言うこと自給自足か。肉が食べたい気分なのに参ったな」
諦めかけてさじを投げようとした時に物凄い地響きと一緒に一軒のお店が出現する。
「なっ、牛丼屋? 何でこんな所に?」
突然現れた牛丼店を前に僕らの体は固まっていた。
『わるのや』と乱筆で書かれた怪しげな看板を見つめながら……。
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