第2章 石の上でも絵師が集まれば温まる

第4話 おんせん。せっかくだから満喫しよう

「はあー。極楽ごくらく。心に染み渡るいいお湯~卍」

「やろ? 入ろうと決めてみて正解やろ?」

「それな」


 私の思いつきの策だったけど、この温泉に浸かってよかった。

 長い旅の最中、偶然通りかかった時にこの場所を発見したのだ。


 この異世界に来てから川で行水ぎょうずいばかりで入浴という時間を過ごせた覚えがない。

 いつの季節でもリラックスできるお風呂というものは良いものだ。


 それに足も自由に伸ばせるし……。


「まさに骨身ほねみにしみりやす……」

「きゃはは。キノミ、ヨボヨボなバーサン発言かよww」


 かんちゃんが笑う度にお湯に浮かんでいた豊かな場所がたわわんと揺れる。


 服越しからは分かりにくかったけど、この私より痩せていて、あれも私以上に大きいとは……。


 これまた着痩せするタイプか。

 同じ女として見ても羨ましい……。


「むう。まだ私は成長過程だもん……」

「どうしたん、頬をフグのように膨らまして?」

「かんちゃんは別に知らなくてもよか」

「そうなん。変なキノミ?」


 私はかんちゃんのお饅頭から顔を反らして、少し離れた場所にいるひっ君の後ろ姿を見てみる。


 彼は必死にノゾキという欲望に耐えながらもじっとして、こちらを振り向かない。

 やっぱり、ひっ君に見張り番をさせて正解だった。


 星空を照らすこの光景からでも、彼の姿が、とても頼もしく思えた。


****


 それじゃあ、またまた数時間前に戻るぜ。


 えっ、お前誰だって?

 僕の名前は泣く子も黙る海面二十三面層さ。


「つまんないオヤジギャグで読者をパニクらせさせないの!」


 ボコスカ、バキボコ!!


「はひっ、了解でふ。キノミ、グーで殴らないでー!?」


 ──さて、本題に入ろう。


 かんちゃんを仲間に率いれた僕たちは川沿いから再び薄暗い林に入り、果てのない旅を続けていた。


 そんななか、ゆで卵の腐ったような匂いが周りに充満し、隣にいた女子二人が不愉快そうに鼻を摘まむ。


「ひっ君、昨日は何を食べたん?」

「肉だけじゃなく、野菜もちゃんと摂らんと駄目やでw」


 二人とも僕をクズのような冷めた瞳で見つめていた。


「違う、僕じゃない。まったくの誤解だぁー!」


 僕は鼻をかせて、この匂いの本質に迫る。


 この鼻をツーンと刺激するのは、あの硫黄いおう臭か。

 だったら話は早い。


 僕は彼女らに説明するよりも、匂いのもとを便りに最前線で追う。

 その先には木々が開けて、湯気が立ち上る広大な湖が広がっていた。


「ほら、見てみろ、ここの匂いだろ。言った通りじゃんか」

「まっ、まあ、私はひっ君を信じてたからね」

「さっきと言ってることが違うんだけど?」

「うっさい、この大根役者!」

「しゅん(小さくなる僕)」

「あっ、ごめンゴ、本当は土手どてカボチャと言いたくて」

「どっちも一緒だろー!」


 勢いで縮んでいた僕は体を膨張させて、キノミの罵倒ばとう攻撃(スキル?)を消失させる。


「ぴえん、こわたんやろ……」


 眉間にシワを寄せて、キノミが腰を抜かし、ポロポロと涙をこぼす。


「あーあ。ヒナ先生見てみて。一筋ひとすじが女の子を弄んだあげくに泣かしてるよ。やっぱ偽善者だったんや、サイテー」

「あんなか弱い相手にその暴動。誠にそれは聞き捨てならないですね」


 僕のカードから具現化したヒナと一緒に釘を刺してくるかんちゃん。


「だから、これは誤解だって‼」

「ぴえんこえてぱおん」

「ほら、キノミ。いい加減泣き止めって……ごめんな」


 僕はポッケにあった白いハンカチをキノミに渡す。

 それを受け取ったキノミは涙を拭きながら、僕の方にうるうるとした瞳を見せる。


「かなしみ。だったら何でも言うことを聞いてくれるん?」

「まあ、確かに怒鳴って怖がらせた僕が悪いしな。分かったよ」

「だったらあの出店で何か買って」

「えっ? 店?」


 キノミの視線の先には一軒の屋台が建っていた。


 僕は服の袖でまぶたをこすって再確認する。

 おかしいな、さっきまで湖しかなかったはずだけど?


「ほらほら、りょー(了解)やったら、さっさと来てよ」

「くっ、仕方がないな。ヒナにかんちゃん、ちょっとここで待っていてくれ」


「はい。旦那様のおおせのままに」

「了解っす」


 僕は素直に従う二人に感謝の念を込め、ズボンのポケットにある折り畳み財布を握りしめながら、キノミの後に続いた。


****


「いらっしゃい。可愛いらしいお人形さんみたいなカップルさん」


 水色のツインテールを黒のリボンで結わえ、瞳も青い印象的な女性を前にして、僕の動きが固くなる。


 見た目は二十代後半くらい。

 小ぶりな胸ながら引き締まったスタイル。

 背丈は女子としては高めな百六十台くらいだろうか。


 紫の長袖シャツの上にフリル付きの白い前掛けエプロンを巻きつけた細い体から、大人の色気がじんわりと伝わってくる。


「近くで見たら、めっちゃスタイル抜群で美人だ……」

「いやん、ナンパですか。ロリで巨乳なべっぴんさんが隣にいるのにお客さんってばっ!」


 あっ、思わず心の声の方が漏れだしてしまった。


「バリピ気分なひっ君。一度私の手により、地獄の底にちたい?」

「いや、そんなに堕ちたらマグマだまりで焼失するから」

「キザは死んでも治らないと?」

「酷い言われようだな」

「イキりなひっ君にはとーぜんのむくいよ」


 キノミが物凄い凝視で僕に殺戮さつりく宣言をしてくる。

 よしてくれ、地面の上で『大の字世界大戦』(意味不明)はしたくない。


「ふふっ、日頃いがみ合っていても仲良しこよしな夫婦関係はいいものだわ」


「断じてそれはなーい!!」

「断じてこんなKS相手にはないねー!」 


 僕とキノミの批判の声が同時に反響する。

 キノミのKS(カス)扱いはあんまりだけどな。


「そうなの? まあそんなことより、ここで何か買っていってよ」


 僕らは見苦しい争いを止め、気さくな店員さんに誘われて、屋台の中を物色ぶっしょくする。


 焼きそばにお好み焼きと王道な食べ物から、射的ゲームやクジ売りと何でも揃えてある。

 まるで現実世界の駄菓子屋コラボなコンビニみたいだ。


「色々とあるんだな。この中でお勧めとかあるか?」

「それならこのレンタル水着とかどう? あの大きな露天風呂に入るには欠かせないよ」

「いや、野郎が女子の水着を買うなんて、ちょっと……」


 店員さんが何やら怪しげな長方形の灰色の袋をカウンターに置く。


「ええっー、ヤバすぎ。やっぱあれ、お風呂なんですかー!?」


 そこへ餌に食らいついたように会話に入り込むキノミ。


「この世界にも入浴できる場所があるんですね」

「ええ、伝説の秘湯ひとうというものなの。しかもここの温泉に入るのは無料よ。衛生上、湯船に浸かる時はタオルは駄目だけど」

「それは捨てがたいよ。ひっ君、ここで水着買おうよー卍」

「マジでか……」


 そんなに予算はないんだけどな。

 美少女三人に囲まれた水着ハーレムは魅力的だけど……。


「ひっ君?」

「分かったから、ちょっと離れていてくれ」

「うん、大丈夫そ?」


 僕は高ぶる感情を賢者モードの考えでどうにか包み込み、もう一度屋台の前に顔を出す。


 もう答えは頭の中で出ていた。

 例え、絵師と言えど女の子たちなんだ。

 旅の疲れをここの温泉で癒してもらおう。


「お姉さん、その『ドキドキ水着セット』とやらをくれ。もちろん僕の分と向こうにいる仲間の分も含めて計四着で」

「へい、毎度あり!」

「……でもさ、実は僕、あまり持ち合わせがなくて」

「それなら心配しないで。期間限定で今だけレンタル無料だから」


 中身が確認できないのはいたしかたないが、お金がかからないなら、それに越したことはない。


「ありがとうございましたー♪」


 僕は威勢のいいかけ声とともに茶色い紙袋を受け取り、みんなの元へ戻った。


****


「おーし、作戦成功。ガラスびん、もう出てきていいわよ!」


 ツインテールの店員が焼きそばを作っていたコテを宙へと掲げる。

 その合図により、店員と同じ水色をした髪と瞳の女子が屋台の屋根から飛び降りてきた。


 雰囲気的に女子大生だろうか。

 緑のポロシャツに青色のショートパンツという機能性を重視し、店員とは正反対な格好だが、胸と背丈は店員とほぼ変わらなく似たような顔つきをしている。


「ハロすいお姉ちゃん、うまいことお店の切り盛りするよね。接し方も違和感なくバッチリでプロだった」

「まあね。だてに魔王様からのスパイ活動はやってないわよ」

 

 ハロ水が調理の手を止め、手のひらを裏返して、その屋台を丸ごと消し去る。

 ガラス瓶と呼ばれた少女はポニーテールを風に揺らして、出来立ての焼きそばを食べながらハロ水をひたすら褒め称えていた。


「さあ、ガラス瓶。これからが勝負だよ」

「うん。お姉ちゃんの腕の見せどころだね」

「ええ、一緒にあの男を滅するわよ。そして必ずかんどくを連れ戻すの」

「天下無敵なウチらのタッグなら秒殺です!」

「ふふっ、頼もしい妹だわ♪」


 二人の姉妹は何を思うのか。

 今はまだ、真相は不明なままであった……。


****


「ひっ君、何、しゃがんでちぢこまってるのよ?」

「何でって見れば分かるだろ」

「お腹でも痛いの?」

「だあー、僕の体に密着しようとするな!!」


 夕暮れ時、三人の女子に表のパッケージからは見えない水着セットを渡したのはいいものを、着させてみたら、とんでもない衣装だったからだ。

 審査役として選ばれた男の僕は煩悩ぼんのうに頭を支配され、まともに彼女らを直視できない。


 キノミはセクシーな赤いビキニ、ヒナはロリな体にマッチした黒のスクール水着、かんちゃんに至っては、ほぼ黄色のヒモときたものだ。


 夕焼けに照らされた柔肌やわはだが更なる色っぽさを演出している。


 もっと露出のない衣装と思い込んでいただけに、僕の男としての心が掻き乱される。

 梱包されていた時の『ドキドキ水着セット』という表記の意味がようやく読めてきた。


 それに下着と一緒で水着も布切れ一枚なんだぞ。

 あんな格好をして異性の前に出て、何とも感じないのか?


「さあ、一筋。一緒に入ろっか」

「旦那様、こちらへ」

「ちょっ、心の準備が!?」


 なすがままに二人の水着美少女に背中を押される。


「ちょっと待ったぁぁー!」

「キノミ、興奮してどうしたん?」

「ひっ君は男なんだから一緒には入れないでしょ?」


 キノミが僕を後ろに向かせて、強引に手を引っ張る。


「なるほど。旦那様にはこの温泉でよからぬ者が覗かないように見張りをさせるべきですか」

「ヒナ、そこまで理解してて何でひっ君を連れ込むん?」 

「女のさがというものですよ」


 具現化されたヒナは幼い顔に見合わず耳年増のようだった。


****


 そう言うわけで僕が見張りをして、三人の女の子を温泉には入らせているんだけど。


 男としては、やっぱり覗きたい。

 でも振り向いたらアウトだろうな……。


 星の綺麗な夜空の下、僕は本音と建前の中で自分自身の心と格闘している。

 その葛藤かっとうの最中に僕の背後から大きな石が水に飛び込むような音が響いた。


「呼ばれて飛び出し、ざぶぶぶぶーんだわ!」


「きゃっ、誰なの!?」

「何やね!?」


 僕が温泉の方へ駆けつけると、周囲は一時、星の光源のみで人影しか見えない。


 ようやく夜目に慣れ、判明したのは水による大きなシャボン玉に封じ込まれた絵師の三人と、青色の競泳水着を着てスラッとした女性だった。

 僕は絵師達の安否あんぴを叫ぶより、目の前の相手に神経を尖らせるが……。


「き、君はあの屋台にいた店員さん!?」

「はーい。あたしは魔王様の率直そっちょくの部下であるハロ水。ここで会ったが百年目。あなたのお命を頂戴ちょうだいいたしまーすわ!」

「なっ、魔王の仲間ということはまたもや僕が狙いか?」

「あなたが絵師から離れる瞬間を待ってたのですよ」


 ハロ水がおでこに人差し指と中指を引っつけて何かを念じている。

 すると地鳴りが轟き、温泉の水から大きな龍のような造形ぞうけいが出現する。


「今度は水使いか。僕に休暇の二文字はないのか?」 

「さて、丸腰のあなたに何ができるかしら?」

「確かに今度こそヤバいかもな」


 絵師が手元に封じられた今、僕は絶体絶命のピンチに差しかかっていた……。 






 

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