第3話 せんのう。魔王に心を奪われた少女

「早くして下さい。このままでは彼が死んでしまいます」

「そんなん秒で言わんでも分かってるってば!」


 荒い息づかいをし、青ざめた彼。

 ヒナの言う通りだ、もう時間がない。

 

 だけど目の前の敵の力は強大だ。

 相手があの色ちがいと油断して攻撃を受けたらこれだ。

 私たちが闘うには早すぎたかも知れない。


 緑色のゼリー状のモンスターを相手に私たちは苦戦を強いられていた……。


****


 数時間前……。

 僕らはログハウスのあった森林を抜けて、川のせせらぐ原っぱへやって来た。


「腹へったなあ……」

「へっ、マジで!?」


 僕のその一言に秒速で後ずさるキノミ。


「何だ、僕、変なことを言ったか?」

「こわたん。私なんか食べても美味しくないよ‼」

「いや、当たり前だろ?」

「ぴえん、そうなんだ……私ってそんなに魅力ない?」


 キノミが近づき、僕の近くに寄る。

 そんなはだけた衣装でせめられたら、こっちの方がマズいんだけど……。


「だあぁー、僕の一言一句いちごんいっくでそんなに感情を揺るがすな!」


 僕は自分に言い聞かせるようにキノミと距離を置く。

 駄目だ、あんな娘のトラップにひっかかるな。


「ただいま旦那様の心拍数が増加しています」

「ひ、ヒナ、どうやってここに!?」

「はい。自分自身はカードに完全に封じ込まれたのではないのです。こうやっていつでも自分の意思で実体化することも可能なのですよ」

「そんな大事なことは早く言えよ‼」


 ああ、この動揺の荒れっぷりな気持ちを近くの土の中に埋めてしまいたい。


「おつー、ヒナぽよ。ひっ君の中はどうだった?」

「ほどよく温かくて気持ちよかったです」


「……何か男子高校生の会話みたいだな」

「そ? ひっ君の今の姿は高校生じゃん」

「はい、お年頃な季節です」


 だからと言って真っ向からエロいトーク? をしてもらっても困る。

 この二人には乙女の恥じらいはないのか?


「それよりさ、ちょっと一休みしないか。日中歩きっぱなしで疲れたよ」

「じゃあ、ぐいっといっとく?」

「中身が空っぽの栄養ドリンクなんて差し出すなよ」

「ほーいー卍」


 ふと、心に引っかかったことがある。

 僕はそこで心の引き金を引いてみた。


「待て、そのびんどこから拾ってきた!?」

「どこってあっこから」


 キノミが指し示した場所には何かの影があった。

 河川敷かせんしきにいるのはモンスターか、いや、あの姿は?


「……女の子が寝ているじゃんか」


 しかも相手は十代くらいの可愛らしい少女。

 少女は草むらで大の字に仰向けで寝そべり、豪快なイビキをかいている。

 緑のショートの髪の先っぽがそよ風に吹かれてユラユラと揺れていた。


 そんな少女の周りには無数の空き瓶が転がっている。


 現実世界で見かける栄養ドリンク、銘柄めいがらはリプビタンEだ。

 でも近場に売っているような場所もないし、この異世界のどこにこんな物が置いてあるのだろうか。


「おーい、こんな所で寝ていたら風邪をひくぞ?」


 僕は気持ちを切り替えて少女を起こそうと声のトーンを上げる。  


 いくらこの異世界が日本の春のように温暖的で過ごしやすいとはいえ、白の半袖にジーパンの半ズボンという身なりだ。

 半袖から見え隠れする丸い物体に目を背けながらも少女に言葉をかけ続ける。


 はたから見たら怪しいおっさんのような絵面えづらですまん。


「もしもし、お嬢さーん。ここは南国でも寝たら死にますぞー!」


 僕は冗談を交えながら、少女になおも語りかけた。


 すると、前触れもなく少女の両目がくわっと開き、黒みがかかったブルーの瞳が僕の思考を一時中断する。


「それは残念、死ぬのはお前だからな!」


 目覚めた少女の一言から、手早い攻撃を左肩にくらい、肩が焼けるように熱い。

 僕はあまりの痛みに立っていられず、その場に突っ伏した。


****


「きゃはははっ、こんな単純な罠に引っかかった。こいつも大したことないなー卍」


 緑の髪の少女がむくりと飛び上がり、床に寝そべり苦しむひっ君の頬を枯れ枝でつついている。


「魔王様に頼まれて、この世界を脅かす勇者を退治してるんだけど、また当てが外れたかあ?」

「あなた、誰なの?」


 身長は私より少し高いくらい。

 痩せているけど胸はそれなりにある。


 向こうはこちらのことを知っているようだ。

 私は警戒しつつも、彼女に謎かけをする。

 そこにいるのが誰でも相手を知る権利はこちらにもあるはずだから。


「ボク? ああ、栄養ドリンクを常備しながらはりこみをしていたボクの名前ね」

「普通、はりこみならあんパンと牛乳じゃね?」

「まあ、さすがに不眠不休だと栄養ドリンクやろ。人によりけりさ。まあ、そんなことよりも」


 和やかな顔つきをした相手が握手を求めてくる。

 何だ、話せばよく分かる相手じゃない。


「お姉さま、握手をしてはいけません!! そのまま黙ってしゃがんで下さい!」

「ヒナぽよ、一体何なの?」

「いいから避けて下さい!」

「きゃっ!?」


 ヒナが私を強引に押し倒し、私のすぐ前方にゼリー状のスライムが張りつく。 

 しかし、それは私が知っている水色の体ではない。

 毒々しくて禍々まがまがしい池の苔のような色。


 そのスライムが地面で息絶え、被さった地表から鼻をつくような焦げ臭い匂いがする。


「この異様な薬品の匂い、まさか?」

「はい、猛毒のスライムの異名を持つポイズンスライムです。彼らは地下に住んでいて大気中にある酸素が苦手なのが欠点ですが、まさか召喚術にうまく組み入れるとは……」


 このスライムは相手の手のひらから飛び出てきたのか。

 もし、ヒナが動いてなければ私も餌食えじきになっていた。


 ……と言うことはひっ君は少女により、猛毒に侵されてしまったのか。


「ハイハイ。ボクの自己紹介が遅れたね。魔王様につかえるカードの一人、かんどくという者だよ。以後お見知りおきをーww」


 かん毒が私たちの絶望を逆手に下品な笑いをする。


「まあ、お見知りおきでもないか。お前らはここでダウンだし、きししwww」


 かん毒が手のひらから複数のスライムを出してくる。


 こりゃ、参ったね。

 あのロボ猫の四次元ポケッツ理論か。


「お姉さま、下らない妄想はいいですから彼を助ける方法を」

「下らないとは何よー?」


 まあ、あながち間違ってはいないものの、個人の心の中の想像(思想)は自由でいいのでは?


「ですからどうせ考えるなら彼を助ける手段に脳みそを活用して下さい」

「いかにも私がKSみたいな言い方やん」

「ええ、事実ですよね?」

「ムキー、腹立つわ。カム着火インフェルノー!」


 私の中の怒りのゲージが最高潮寸前にまで達した。

 このお嬢さん、可愛い素振りで口が悪いよね。


「何、仲間同士で喧嘩割れ? 超ウケるんやけど」


 かん毒が両手を私たちの方へ仕向ける。


「それ、機関銃に撃たれたような蜂の巣になーれwww」


 ドロドロとこっちに飛び散ってくる緑のゼリーの嵐。

 私たちは早くもかん毒のペースに流されていた。


「早くして下さい。このままでは彼が死んでしまいます」

「そんなん秒で言わんでも分かってるってば!」


 ヒナの言葉を否定しながら精一杯思考を巡らせてみる。


 ひっ君はヒナのことを魔術が使える絵師と言っていた。

 それにヒナと同じく私を見かけてからキノミノコと言い出す始末だし。

 ……となると私もその絵師の一人になるんだよね。


「お願い、私にパワーを貸して!」


 躍起やっきになり、ひっ君の胸に手を当てる。


 違う、これは胸骨きょうこつを圧迫させる心肺蘇生法。

 今の彼には息があるし、体には毒が回りつつあるし、下手をすれば胸を骨折させる恐れもある。

 この方法では逆効果だ。


「食らいなさい、ミニトルネード!」

「きゃはっ、こんなヘボい魔術でボクを倒せるとでも? 片腹おかしいでw」


 遠くではヒナが例の敵と死闘を繰り広げている。

 遠方に離れているのは私たちに危害を加えないためだろう。


 それでも、どう見てもかん毒の方が優勢だった。

 ヒナの方は魔力の消費を抑えようとワンランク下の魔術を発動しているだけ。


 このままだとヒナは負ける。


 そして火の粉は私達にも降りかかり、文字通りの全滅は避けられない。


「何で私は無力なんよ……」


 私にはヒナのような魔術はできない。 

 ましてや、ひっ君のように図太く生きるこころざしも持っていない。


「本当にKSなのは私自身やわー!」


 私は泣き叫んだ。

 ひっ君の手を取りながら。


「キノミ、大丈夫だよ。自分の力を信じろ……」

「ひっ君、動いたら駄目そ」

「大丈夫。キノミノコは僕の中では最強の絵師なんだからさ……」


 ひっ君のその言葉で私の何かがかちゃりと開いた。

 こぼれ出た感情を袖で拭いながら、精神を集中させる。


「ひっ君もヒナも死なせない!」


 私の体から光のうずがあふれでて、周りのスライムの死骸を消していく。


「なっ、あの浄化のパワー何なん!?」

「やっぱり自分の見込んだ通り、やればできるお姉さまでしたね」

「貴様あ、このことを知っててわざと距離を置いたのかあ!!」

「さあ、どうでしょうねw」

「w(草)とはなにさ、勝手にボクのギャル語を使うなあ!」


 かん毒がヒナのひたいに右手を突き出すが、その瞬間に彼女の腕が光に染まる。


「ギャル語はあんただけの特権じゃないそ。全国のみんなの女の子が使う親しみやすい言語や!」

「ぎゃあああー、体が熱い!?」


 私が発した光に触れた途端に苦しみ出すかん毒。

 そのかん毒の全身から緑の煙が出てきて、彼女はフラリと倒れこんだ。


「凄い。治癒魔術の一つの『浄化』の力ですね。こうまで広範囲の浄化を促すとは……」


 ヒナの話によると私の『浄化』の力でかん毒の中にあった毒素を無効化してしまったようだ。


 これにより、かん毒の体は綺麗に循環され、毒の攻撃を放つことができないとか。

 その効能が一時的だとはいえ、恐るべき能力だ。


「やばたん、私にこんな凄い力があったなんて」


 ひっ君の体の中にあった毒素も綺麗さっぱりなくなり、安らかな寝息をたて始めた。


「ひっ君、どうしたそ……?」

「体内での毒との抵抗に疲れたみたいですね。自分の読みですと小一時間くらいで回復するはず。しばらく寝かせておきましょう」

「おk」


 私はヒナの言う通りに、ひっ君の体を空に向けた体勢にして呼吸をしやすいようにする。


「おけじゃないんだよ、この愚民ぐみんどもが……」

「グミ? まあ、確かに果実グミはすこ(好き)やけどね」

「おのれ、小娘め。黙って言わせておけば……うっ!?」


 血の気を無くし、よろめきながら真っ青な表情になるかん毒。

 その濁っていた瞳が鮮やかなスカイブルーへと変化する。


「……あっ、あれ、ボクは一体?」

「どうやら正気を取り戻したようですね」

「ヒナぽよ、ということは彼女は操られていたん?」

「ご名答です。カードを使った魔王による指示だったのでしょう」


「えっ、嘘やん。どないしよう」


 かん毒が両ひざを地面につけて、ワンワンと泣き出す。


「ぱおん。ボクは魔王様を信じてお仕えしたのに、こんな使い捨てのコマにされるなんて」

「なら、僕らの元に来いよ」

「えぇー!?」


 予期もせずに目覚めたひっ君の台詞に私の脳みそがひっくり返った。

 一体、彼は何を考えてるのよ‼


****


「ボクが仲間でもいいの? キミたちには酷いことをしたのに」

「ああ、確かに不意打ちは卑怯だが、闘い方にも色々ある。人それぞれさ」

「あはは、とんだ偽善者だね」

「偽善かどうかは一緒に行動をしないと分からないだろ」

「キミ、言ってることがむちゃくちゃだけど説得力はあるわな」


 目の前でか弱い女の子が泣いているんだ。

 どのような理由でも女の子を泣かせるなんて男として最低だ。


「ひっ君はバーバード大学卒業者だからね」

「キノミ、一言余計だぞ」


 僕は調子に乗ってきた根源を退ける。


「恐らくだが、お前の能力は毒だろ。場合によってはいい切り札になる」

「うん、ボクのカードの能力は侵食の『毒』。相手の体を毒で蝕む魔術。少々陰湿やけどね」

「なら契約は終了だな」

「あい、よろしくww」

 

 こうして僕は絵師の一人であるかん毒の力を手に収めた。


 何だかんだで順調だな。

 これで絵師のカードは二枚。

 風に毒、新たな能力を覚えた僕に怖いものはない。


「かん毒の呼び名は物騒だから、これからはかんちゃんでいいか。その方が可愛らしい」 

「まあ、ダーリンの言うことならしゃーないね。てへぺろ卍」


 僕の体にさりげなく身を寄せるかんちゃん。

 何か色々と当たっていてヤバいのですが……。


「何二人していちゃついてんのよ。激おこ」

「どうしたキノミ、腹でも壊したか?」

「真面目君、ふっとばーす!」

「まあまあ、お姉さま落ち着いて下さい」


 女の子も三人寄ればかしましい?

 僕の旅立ちの物語も順繰じゅんぐりとコマを進めていた……はずだよな。

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