二、信じたい気持ちと疑惑の間で(1)

 とう先輩と会った日の夜、俺はカレンに電話をした。

 付き合い始めた当初にカレンは『毎日連絡してくるのが彼氏として当然』と言っていたのだ。そのため俺は毎晩電話をしていたのだが、さすがに昨日はそんな気になれなかった。

 カレンは最初の内、「俺が一人で帰ったこと」「毎日の電話を昨日はしなかったこと」を気にしていた。俺に対して『何かを探るような物言い』をする。

 だが俺が「地元の友達が車で事故を起こして急に呼び出された。それで一晩中バタバタしていた」と説明すると納得したらしい。

 俺はひたすらカレンに謝り続け、翌日の会う約束を取り付けたのだ。

 そして今日、大学の帰り。俺はカレンと一緒にファミレスに居る。

 本当はカレンの顔を見るのもつらかった。出来ればしばらく会いたくなかった。しかし──「今までの行動パターンを変えてはダメ。ともかく何も知らないフリをして過ごすのよ」

 と燈子先輩に忠告されていたのだ。

 それまで俺とカレンは、授業が早く終わる日は一緒に過ごす事にしていた。

 急に態度を変えたら、それをカレンは不審に思うかもしれない。

 それは避けなければならない。よって俺は苦痛をこらえてカレンと会っていた。

 だがこの日のカレンはどことなく不満そうだった。

 学校を出てから二人でゲーセンに行き、それから今のファミレスに入ったのだが、ずっとそんな感じだ。不機嫌そうにほとんど会話もせずに、スマホばかりいじっている。

「俺と一緒に居ても楽しくない」そんな感じがあからさまに態度に出ている。

 ……やっぱり俺に不満があるのか……?

 そう思いつつも俺はその気持ちを押し殺して、カレンに話しかけた。

「カレン、どうかしたのか?」

「別に……」

 カレンが一言そう言うと、さらに仏頂面で窓の外を見つめた。

 だがそのカレンの答え方が、今の不機嫌さを物語っている。

「別にって言って、今日は一日中不満そうにしてるじゃないか。何かあったんなら話してくれよ」

 するとカレンはいらったように、目の前のアイスティーをストローでぐるぐるとかき回した。そうして俺と視線を合わせずにボソッとつぶやく。

「気が利かない男って、それだけで罪だよね……」

「えっ?」

 思わず俺が聞き返すと、カレンはジロッと俺をにらんだ。

「最近さぁ、ゆうくんって手抜きしてない?」

「俺が手抜き?」

 意味がわからず、カレンの言葉を繰り返した。

「そう。優くんのデートってマンネリ化してるよ。大抵コーヒーショップで待合せして、その後ゲーセンかカラオケに行って、最後がファミレスでしょ。いっつも同じじゃない。それも優くんの趣味ばっかりで。もっとトキメキが欲しいよ」

「でもさ、俺たち学生だし普通じゃないか? そんなに金がかかる所は行けないだろ」

 俺の反論にカレンはさらに苛立ったようだ。俺を睨みつける。

「そんな事ないよ! 他の人はもっとお洒落しやれなデートしてるよ! それでなくても『彼女をもっと喜ばそう』って考えるのが彼氏なんじゃないの!」

 ……一体、誰と比べてるんだ……?

 そう言いたいのを俺はグッと堪えた。

 だがカレンは俺の沈黙を別の意味に取ったようだ。

「これじゃあカレン、大切にされてない! 二人で会ってるだけでデートって言えない!」

 カレンは不満を吐き出すように、そう言った。

 俺はウンザリしていた。

 付き合い始めた頃は、カレンもこんな感じじゃなかった。

 ファミレスやファーストフードの店でも、二人で楽しく何時間も話していたのに。

 それも僅か三ヶ月前の事だ。

「でも前はそれでも喜んでくれただろ。『二人で一緒に過ごす時間が大事だ』って」

 するとカレンは半分キレた感じで言い放った。

「それは付き合って最初の頃の話でしょ! でも優くんはいつもそればっかりじゃない! そんな適当なデートしかしない彼氏はいないよ! それに優くんだってカレンとの時間を大切にしてるなら、もっと二人で会う時間について色々と考えてくれるはずだよっ!」

 カレンは怒りを俺にぶつけるように睨んでいる。俺は小さなタメ息をついた。

「わかったよ、カレンがそう感じたのなら謝るよ。俺が悪かった。今度どこか美味おいしいレストランを予約しておく。何かリクエストはある?」

 カレンはふくれっ面のまま、チラッと俺を見た。

「そういうのもカレンに聞かないで、サプライズで喜ばせて欲しいんだけど。彼女に聞いている段階でマイナスだよね」

 俺はもういい加減にこの会話を終わらせたかった。

 それに俺だって今のカレンと顔を突き合わせているのは苦痛なのだ。

 そしてカレンの顔を見ていれば見ているほど『浮気の疑惑』が深まって行く。

 その時、俺の頭に一つの考えが浮かぶ。

「そうだな。カレンの言う通りだ。考えておくよ。だけど予約を入れるには日にちと時間は決めないとな。この次の木曜はどうだ? 学校が終わった後とか?」

『木曜』という単語が出た時、一瞬カレンの目が泳いだ。

 俺はそれを見逃さなかった。

「木曜はダメかな。バイトを入れちゃったから。他の日にして」

 カレンは俺から視線を外すと、ニベもなくそう断った。

 だが俺には、カレンのその様子が何か隠しているように感じられた。

 ……やはり月曜か木曜は、カレンはかもくらと会っているのか……?

 俺の中で、さらに疑惑の念が膨れ上がっていった。

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