第36話 道の駅

休日の昼時のせいか、道の駅の駐車場はほぼ満車だったけれど、施設から離れた一角になんとかスペースを見つけてカートと車を停めることができた。


「結構混んでるね」

「やっぱり休日だからみんなドライブしてるんだね」

「一八二号初めて走ったけど、ずっと登りだったなあ」

「U字カーブもきつかったよね」

「こりゃ、かなり燃料積まないと途中でガス欠になるよ」


駐車場から道の駅の建物までぞろぞろ歩きながら、カート部員達がこれまでの道のりの感想を口々に言い合った。そのとき、誰かが駐車場の別の一角にレーシングカートがまとまって停まっているのを見つけた。

「あそこ、カートがいっぱい停まってるよ」

「本当だ。どこの団体だろ?」

「隣にケータハムがある」

「ハム?」

「ってことは、岡山高専の人たちか」


先輩達の会話を聞きながら、ミユはケータハムというものを探したけれど、車が止まっているだけで、ハムらしきものは何もなかった。

「どうして岡山高専って分かるんですか?」とミユ。

「岡山高専には、祇園都っていうプロが約束されたカート選手がいるんだよ。前年度のカート大会のチャンピオンね。それで、あのスポーツカー、ケータハムっていうんだけど、その人の乗ってる車だから、あれは岡山高専のカート部で間違いないというわけ」


ケータハムはハムじゃなくて車の名前だったのか、訊かなくて良かったと内心思いながら、祇園都の名前を反芻した。

「祇園選手……どこかで聞いたような気がします」

「いろんな大会で優勝してるかなりの有名人だから、どこかで聞いたことくらいあるんじゃない」

他校のカートを脇目に歩いていると、道の駅に併設されたコンビニの前でドライバースーツの集団と出くわした。


「池田……繭」

その一団の先頭を歩いていた革ジャン姿の女性が、池田繭を見るなり、驚いたようにそう呟く。

「そうだけど、あなたは?」と、繭は応える。

「そう、敗者には興味ないってワケね」

相手は苦笑した。

繭と一緒に歩いていた徳弘が、繭にそっと耳打ちする。

「祇園都だよ」

「ああ、ごめんなさい。失礼しました」

「そんなことで謝らなくていい。今度の高専のカートレースに、あなたも出るつもりなのかしら? まさか、出るわけないわよね」

「出るよ」

「え? うそ? 選手として?」

「選手として」

「本当に? 絶対の絶対?」

そう何度も確認する祇園都はすごくうれしそうだ。

「それが何か?」

いぶかしげに繭は尋ねる。

「いや、別に。たぶん、今度のレースがあなたに土をつける最後の機会になるだろうから、最後は白星で終わりたくて」


ミユは記憶をたぐり寄せた。そういえば祇園都選手は、昔の雑誌で見たことがある。池田繭が優勝したときの記事に表彰台に並んで写っていた選手。その選手の名前が確か祇園選手だったはずだ。

「そう。お互い、健闘しましょう」

繭はそう言って祇園都の横を通り過ぎていく。


ミユもそれに倣って繭の後を付いて行こうとするが、岡山高専の学生に呼び止められた。

「ねえ、そっちのカート部に小原ってやついる?」

「小原って、小原あかねさんですか?」

「あかね?」

「はい。緋色の緋で、あかね」

「ああ、なるほど。多分、そうだよ。私は、小原と同じ中学だったんだ。それで、小原が今、香川高専でカートレースに関わってるって親から聞いたんだけど、あいつ今カート部なの?」

「いえ、小原さんはカート部じゃないですけど、学生自治会としてカート部に関わってくれているんです」

「そういうことか。スカーレットは中学の時は演劇部だったからおかしいと思ってたんだけど、それなら納得した。ごめんね、引き留めて変なこと聞いて」

「いえ、大丈夫です」

「スナミがよろしく言ってった伝えておいて」

「分かりました」

軽く礼をして、スナミと名乗った岡山高専の学生から離れた。スカーレットってなんだろう、あだ名かな? という疑問が沸いたけれども、すぐに頭から消えてしまった。


「ヨシ、そろそろ行こうか」

祇園都は向こうのカート部員に声をかける。その合図で岡山高専のカート部の人たちはカートや車に乗り込み、そのまま北へ向けて出発した。

讃岐高専のカート部は彼女らを見送った。

「見たところ全部普通のカートのようね。今度のレースで出走しそうな自作カートはなかったか」

「さすがに手の内は明かさないよね」

「あるいは、うちと同じでレース大会用のカートまだ製作できてないのかも」

「祇園都は、かなりの難敵だよね」

「でも池田先輩がいれば勝てますよ」

「そうだといいけどね」

十分休憩を取ったところで、ミユたちもゴール地点の新見に向けて出発することにした。

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