第35話 試走

フェリーが宇野港に接岸し、事前の打ち合わせ通り、繭のアポロ号を先頭にして、二台のカートが続き、その後に、桜のシビック、最後に給油と回送のためのハイエースが続いた。


港から笠岡の道の駅までは、距離にして六十キロほどある。交通量の多い国道二号を避けて道の駅に向かった。


「テンテンって好きな人とかいるの?」

桜が運転しながら助手席のミユに話を振る。

「え、急になんなんですか?」

「慌てたってことは、いるんだ」

「私もそれ聞きたーい」と舞。


「もしかして、幼なじみのたすくだったりして?」

「佑? なんで佑の名前が出てくるんですか。そういえば桜先輩って佑と同じ真鍋って苗字ですよね。知り合いなんですか?」

「うん。いとこだよ」

「え!? そうだったんですか」

「うん」

「どうして今まで黙ってたんですか?」

「いや、別に積極的に言う必要もない情報でしょ。向こうからしても二年も原級してるいとこなんて紹介したくもないだろうし」


「原級ってなんですか?」

「原級留置。つまり留年ってこと」

そう言いながら桜は笑った。

「あ、すみません。でも原級してる先輩って割と多いですよね。うちのクラスにもいます」

「フォローになってないよ、テンテン」

「あ、いえ、そういうつもりじゃないです……」

「それで、やっぱり佑なの? 好きな人って」

「なんでそうなるんですか。好きな人はいませんよ。でも、桜先輩の聞きたいのはちょっと違うかもですが、気になってるというか、ずっと憧れている人はいます」

「え? だれ? だれなの?」

舞と桜は身を乗り出した。

「前見て運転してください。私が憧れているのは池田繭先輩です」

「池田先輩かあ。美人だからなあ。寮内でもライバル多いよ」と舞。

「私が小学生の時からカートを始めたのも、池田先輩の影響が大きいんです」

「その気持ち分かるよ。古参アピールしてミーハーなファンにマウント取りたいって気持ち、誰にでもあるもんね」

深く頷きながら桜が同意する。

「いえ、そういうんじゃないんです。昔の池田先輩は本当に凄かったんです」

「私もそれ、寮生から聞いたことあるよ。何度か雑誌にも取り上げられたんでしょ? でもさ、カート部って全然成績残してなくない? そういう話聞いたことないもん」

「そうなんです。池田先輩は、公式の大会には基本的に参加しないそうなので。どうして大会に出なくなったのかは、私には分からないですが。お二人は何か知りませんか?」


「うーん、私も同じ寮に住んでるってだけで、そこまで親しいわけじゃないからなあ」と、舞は腕組みをして後部座席に深く沈み込み、「でも考えられるのは、何回も優勝して、大会に出る意味を失ったからじゃないかな」と言った。

「どういうこと?」

桜がルームミラー越しに舞を見る。

「私、ふと思うときがあるんだけど、優勝を目指しているうちが一番幸せなのかもしれない」

「どうしてですか?」

「優勝して一番になったら、もうその先がないから。準優勝だと、次は一番になろうって頑張れるじゃない。どうやれば勝てるかを研究したり、自分が一番になったところを想像して夢見心地になったりして、実はそれが一番楽しかったりするんだよね。でも優勝したら、次の目標がなくなるし、ディフェンディングチャンピオンとしてのプレッシャーも大きいだろうから」

「それは、舞ちゃんの経験?」

「はい。最近の割と楽しそうなロボコンの香西先輩を見ていてそう思うんです。優勝したら憑き物が落ちて燃え尽きちゃうんじゃないかって」

「確かに。香西先輩はなにか取り憑かれてるとこあるよね」と桜は笑う。

「あ、いや、香西先輩には私がそんなこと言ってたなんて絶対言わないでください」

「分かってるよ。でもさ、池田先輩は今回はどうして出る気になったんだろう?」

「公式のカートレースじゃないし、レクリエーション気分でいられるからとかですかね?」

「そういえば、昔、鳴さんが、池田先輩と同じ部屋だったよ」と桜が思い出したように言った。

「へえ、そうだったんですね。だったらテンテン、帰りに西尾寮長に聞いてみなよ」

「そうですね。聞いてみます」


『そろそろ道の駅だから、みんな入って休もう』

インカムから徳弘の声が聞こえた。

「了解」


笠岡の道の駅に入り、トイレに行ったり飲み物を買ったりして十五分ほどの小休止をしてから、カートレースのコースである国道一八二号に入る。 

コースに入ってからは、雑談は控えめになり、それぞれがそれぞれのできることに集中した。


ミユは、借り物のノートパソコンを使って、繭の乗るアポロ号に積んだパソコンから送信されてくるセンサーのデータを受信していた。


受信したデータによると、アポロ号は、時速五〇~六〇キロメートルの間で推移して、コーナーを曲がる度に僅かではあるが横滑りを推定していた。懸念していたノイズの問題も上手く処理できているようだった。講義ではノイズの処理には高速フーリエ変換というもの使うといっていたが、ミユの付け焼き刃の数学知識では全く理解できなかった。全く理解できなかったものの、解析ソフトのライブラリを使用すればそういった知識が足りないにもかかわらず問題なく処理することができた。


『そろそろ休憩にするよ。次の道の駅に入って』

一時間ほど走りながら計測をしていると、再びインカムから徳弘の連絡が入る。神石高原町の道の駅があるから、カートの点検と給油を兼ねて休憩しようという提案だった。

「了解」と応答して、桜の運転するシビックは前を走るカートにならって一八二号線沿いの道の駅に入った。

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