第34話 フェリー
梅雨に入る前に、一度、本番のコースを走って下見しておこうという話になり、カート部の何人かで五月最後の土曜日に岡山まで遠征することになった。
「タイムのため、というよりも、安全のために実際のコースの路面状態や、マンホールの位置を確認しておかないと危ないからね」
「そうそう。外国のラリーだと、マシンが通過するときの負圧に引っ張られてマンホールの蓋が外れるらしいし」
「カートじゃ、そこまではならないだろうけど」
「それで、現地まで行く方法なんだけど――」
カートレースのスタート地点は、広島県の福山で、そこから国道182号沿いを進んで岡山県の新見がゴールになる。
「カートは瀬戸大橋を走れないから、直島経由のフェリーで行くよ」
高松港から対岸の宇野港までは、瀬戸内海の島を経由したフェリーの航路で結ばれているので、そのフェリーにカートごと乗船するのが最も都合良かった。
「池田はアポロ号に乗るとして、私と脇田もカートに乗って、合計三台のカートで行こうと思う。残りの人は、ハイエースに乗って貰うんだけど、ハイエースは万一のためにカートを回送するスペースが必要だから、テンテンと溝渕さんの乗るスペースがないんだよなあ。どうしよ」
「それならたぶん大丈夫です。学生自治会で車出せると思うので」
「本当? それなら助かる」
真鍋桜が何日か前にドライブがしたいと言っていたので、お願いすれば車を出してくれるだろう。
部活が終わって寮に戻ると、桜が遊びに来ていたのでちょうどそこで遠征の件を話すと、「マジで? 行く行く!」と、二つ返事をもらえた。
桜に詳細を説明していると、「楽しそうな計画してるね」と、寮長の西尾に声をかけられた。
「岡山に行くなら、ついでに私も西讃キャンパスまで乗せて行ってよ。向こうでちょっとした用事があるんだ」
桜は腕組みをして少し考え込んで、「えー、遠いなあ」と言った。
ミユたちのいる東讃キャンパスと、西尾鳴の目的地の西讃キャンパスは、四〇キロメートル以上離れている上に、フェリーの出る高松港とは真逆の方向なので、ついでに立ち寄る場所ではない。
「じゃあ、宇多津駅前まででいいよ。そこからはJRに乗り換えるからさ」
渋る桜を見て、鳴は譲歩した。宇多津駅は、東讃キャンパスと西讃キャンパスの中間地点にあって、香川から岡山に渡る瀬戸大橋のすぐ近くにある。なので、鳴からすれば断られる理由はないはずだった。
「あ、鳴さん、もしかして私たちが瀬戸大橋で岡山に行くと思ってます?」
「え? 違うの?」
「はい。高松港からフェリーで行くんです」とミユ。
「なんで?」
「そっちの方が旅行してる感が出るからですよ」と、桜が腕組みしながらフンと鼻を鳴らす。
フェリーを使う理由は、ただカートが瀬戸大橋を通行できないからなので、ミユは苦笑した。
「そっか。分かった。無理言ってごめんね」
西尾が残念そうな顔をするので、桜は困って「でも、朝早く出れば道も空いてるし、運転するのはやぶさかじゃないからテンテンが良いなら宇多津までは送りますよ」と提案した。
「私も別に良いですよ」とミユ。
「ホントに? じゃあ、お願いね」
そういうことで話がまとまり、ミユたちは、ガレージに集合してカート部員と一緒に出発するのではなくて、高松港のフェリー乗り場で合流する手はずを整えた。
当日の早朝、桜の運転するシビックに、ミユと舞、それに釣り道具を抱えた西尾鳴の全部で四人で乗車し、宇多津駅に向けて学生寮を出発した。四人とも普段着で、鳴だけは釣り用のベストを着ていた。
「鳴さん、本当に西讃キャンパスに用事があるんですか? ただ釣りに行くだけにしか見えませんけど」
「釣りは用事の間の時間つぶしだよ。あくまでもメインは西讃キャンパスの……、桜、あそこの釣具屋に入って」
「……了解」
途中、釣具屋でエサを買い、宇多津駅前で西尾を降ろした。
「帰りもお迎えよろしく。詳細なピックアップ場所は、そのとき示すから」
「ええー、何時になるか分かりませんよ?」
「またまた、そんなこと言っちゃって。釣れたらちゃんとごちそうするからさ、よろしく頼むよ」
「ごちそうはうれしいけど、車の中に魚と餌の匂いが残るからなー。迎えに行けたら行くって感じで良ければ迎えに行きます」
「それ、絶対来ないやつじゃん」
宇多津駅を出たあとは、休日で朝早いこともあって、道路はかなり空いていたので予定よりも早く高松港に到着することができた。待合室には派手なドライバースーツを着た一団がいて、遠くからでもカート部員だと分かる。
無事にカート部員達と予定通りに合流することができた。カートには公道を走れるようにナンバープレートと、方向指示器が取り付けられていた。カートは三台体制で行くことになっていたけれど、二台しか見当たらない。聞けば運賃を安くするために一台はハイエースに積み込んでいるのだという。ミユも自分の乗船券を購入して乗船した。
「フェリーの中に、うどん屋もあるよ!」
彼女は初めてのフェリーに興奮した。
「こらこら、遊びに行くんじゃないんだから、はしゃぐのはあとにして、先にブリーフィングやるぞ」
徳弘は騒ぐ部員やミユたち学生自治会員をラウンジに連れて行き、八人掛けソファーに座らせた。一時間の船旅なので時間は十分にある。
「向こうに着いてからのことなんだけど、カートは池田のアポロ号を先頭にして、三台で走るから、その後に真鍋さんのシビックが続いて、最後にハイエースの順で走る予定です」
徳弘涼は全員の反応を見ながら、話を続ける。
「各車両の役割だけど、アポロ号には各種計測器を積んであるから、それでコースのデータを取っていきます。本来なら、レースと同じ条件で走りたいけど、今日は交通規制されないから、ただのドライブになるね。とはいえ、コースの形状のデータは取れるから、役には立つと思う。レース当日は池田が走るけど、それでも何があるか分からないからバックアップとして、他の二人も走るつもりで準備だけはしておいて」
「はい」
「今日来てくれた真鍋さんたちは、カートの後について走ってください。アポロ号に積んだパソコンから無線通信でリアルタイムのデータが転送されるから、それの受信をお願いね。テンテンは、ノートパソコンでデータのチェックと、できればリアルタイムの解析をお願い」
「分かりました」
「手の空いてる人は、マンホールの位置とか、滑りやすい箇所のチェックと記録をお願い」
「はい」
「あとみんなには、インカムを渡しておくから、連絡したいときとか休憩したいときに適宜使ってね。質問は?」
「向こうに着いたら、どこに向かうの?」
「良い質問だね。まずは、笠岡の道の駅に行って、そこで休憩してから実際のレースコースの国道一八二号線に入る予定だよ。池田は先導お願いね」
「分かった」
「他には? ないなら解散」
解散してうどんを食べたり、デッキに出て写真を撮ったりしているうちにあっという間に直島に着いた。
直島で宇野行きのフェリーに乗り換えて、十時頃には岡山県の宇野港に着いた。
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