第33話 ムカデ自転車

彗はひとまず完成したムカデ自転車の試乗に付き合っていた。グラウンドの一部を借りて、十人以上のサイクリングサークル部員が集まっている。みんなが注目しているのは、三台の同じ自転車を加工して、前後に繋げたムカデのような自転車だ。先頭の自転車の後部に、前輪とハンドルを外してフレームと後輪だけになった自転車を溶接して繋げ、その後にも同じようにフレームと後輪だけになった自転車を繋げているので、タイヤは全部で四つある。


一番前のサドルには環、真ん中にはお遍路の格好をした小路、一番後には森川という部員が座る。真ん中のサドルと一番後のサドルの前には、体を支持するための形だけのハンドルが車体に固定して設けられていた。


環はステアリング用のハンドルを握り、後に座る二人の方へ振り返る。

「準備できた?」

「うっす」

「へい」

「じゃあ、せーの」

環のかけ声で三人で一斉にペダルを踏み込むと、ムカデ自転車はゆっくりと前に進んだ。


「ギア一つあげて」

「うっす」

「へい」

環が指示を出すと、他の二人はそれぞれの固定ハンドルの変速機を操作してギアを上げた。スピードが上がる。

「もう一つだけ、いや二つあげてみて」

環はさらに指示を出す。

「え? いくつって?」


環と真ん中の小路はギアをさらに二つあげたが、一番後の森川はよく聞こえなかったようで、スピードが合わず、ペダルが空転している。

「二つあげるんだってさ」

小路が教えてあげる。

「わかった。二つね」

「じゃあ、ゆるく曲がるよ」


環は慎重にハンドルを軽く切る。下がグラウンドの土のせいもあってか、前輪が斜めになったまま、上手く曲がらずに土の上を滑り始めた。


「あー、ストップ、ストップ。ブレーキ掛けて」

環の指示でそれぞれブレーキレバーを握ると、ムカデ自転車は停止した。

実際に走ってみると、予想していたことではあるけども問題点が明らかになっていった。


タイヤを駆動させるためのチェーンやペダルなどの機構が、それぞれのタイヤで独立しているので、ブレーキ操作や変速ギア操作の効率が悪い上に、一つの前輪に対して後輪が直列に三つもあるため、止まりにくく、曲がりにくいということだ。


一般的に変速機の付いた自転車では、止まった状態からペダルをこぎ始めるとき、ペダルが軽くなるように、ギア比の一番大きいギアに合わせている。その後、スピードに合わせてギア比が小さくなるように、変速機を操作する。それはムカデ自転車も同じことで、まず一番大きいギアで発進し、それからスピードを上げるためにハンドルに取り付けた変速機でギアを操作する必要があるのだけれど、三つある後輪の変速ギアがすべて独立しているのでその操作を三人がそれぞれ同じタイミングで操作する必要があった。タイミングを誤ると、ペダルを漕ぐ速さと車体の速さが合わず、フリーラチェット機構によりペダルがカラカラと空転して、駆動力が無駄になってしまう。ブレーキに関しても、それぞれの車輪を制動させる必要があり、声かけなどのタイミングが難しかった。


また、曲がるときも、一番前の環がハンドルを切るだけでは、斜めになった前輪が三つの後輪の推進力に押されて地面を滑るので、曲がりたい方向に体をバンクさせて重心を移動させる必要がある。


「これはこれで面白いけど、三人の息がピッタリあってないと難しいね」

「やっぱり、一から作るしかないかな」

「そうだね」

「とりあえず、グラウンド借りたことだし、もう少し練習してみるか」


そうやってサイクリングサークルの面々は、入れ替わり立ち替わりムカデ自転車の試乗を楽しんだ。急カーブしなければ大丈夫なので彗も試乗してみることにした。彗にとっては、人生で初めて自分で作った自転車に乗った瞬間だった。


一通り試乗を済ませると、環と運転が特に上手かった二人がムカデ自転車に乗り、競技自転車部の部室に行くことにした。

競技自転車部にとりあえず現物を見てもらって興味を持った部員を自転車レースに誘おうという腹づもりである。


ムカデ自転車に乗った三人が先行して、彗と数人が徒歩で競技自転車部の部室に向かう。大勢で行っても仕方ないので、半数以上のサイクリングサークル部員はプレハブに戻った。


ムカデ自転車を追いかけて彗が競技自転車部の部室の前へ到着すると、案の定、先に到着したムカデ自転車の周りに人だかりができていた。


「自分で作ったんですか?」

「タンデムスプリントかあ、面白いなあ」

「これ、タイヤが全部独立してるよ」

競技自転車部員が口々に感想を言い合っていた。興味を持ってもらう作戦は大成功のようだ。


「乗ってみても良いですか?」

「私も乗りたい」

「あ、私も」

競技自転車部の部員が次々に挙手する。

「順番に、どうぞ」


環たちはムカデ自転車から降りて、それを競技自転車部員に託し、その場から少し離れた。彗は環たちの方へ向かって歩く。辺りを見回したが、競技自転車部の副部長の十河そごうりんはいないようだった。


競技自転車部の百村ひゃくむらが近づいてくるのが見えた。

「次のレースはタンデムスプリントなんですね」と百村が環に話しかける。

「そうなんだ。とりあえず作ってはみたものの、これじゃ一番は取れそうにない」

「タイヤが多いから抵抗も大きそうですね」

「うん。曲がりにくいしね。ところで鈴は?」

「今、出てるんですけど、そろそろ戻ってくると思います。あ、ほら」

百村の視線を追うと、自転車に乗った十河鈴が颯爽と登場した。環の前で停車する。


「何しに来た?」

「自作のタンデムを披露しようと思って」

「まるで一輪車を繋げたおしおき自転車だな。うちの部員を勧誘するのは禁止と言ったはずだけど?」

「私たちは何も勧誘はしていないさ。ただ新作を見せにきただけ。まさか、競技自転車部の副部長ともあろう方が、自転車に興味を持ってる部員を制止するなんてことはないよな」

「もちろん。ただし、それが純粋に速さを追求したものであれば、だけど」

鈴はそこまで言って、ムカデ自転車に乗って騒ぐ部員をにらみつけた。

「いつまで、そんな物に乗ってるつもり?」


鈴の一喝で部員たちは静まりかえり、ムカデ自転車をすごすごと降りて、それを小路と森川に返した。

「この際だから言っておくけど、競技自転車部はサイクリングサークルの募集する変なレースには一切出場禁止だから。分かった?」


部員たちは「はい」と返事した。

「サイクリングサークルのレースじゃなくて、高専大会のアイアンレースなんだけどな」と環。

「ああいえば、こういう。ま、そういうわけだから。じゃあね」

鈴は部室の中に入っていった。環たちはそれを追うことはせずに、来た道を戻ることにした。

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