第32話 ルームメイト
ミユが寮の自室に戻ると、先輩の舞と遥が二人でおしゃべりしていた。彗の姿はなく、ベッドにもいないようだった。時刻は夜の八時を過ぎたあたりで、この時間に先輩の二人が揃っていて、同じ一年の彗がいないのは初めてだった。
「この時間に二人がいるのって珍しいですね。いつもこの時間は私と彗ちゃんしかいないから」
「遥さんはいつも麻雀でいないし、私も部活で遅いからね」
「いつもとは失礼だなー。テストの時とか、たまには早く終わるときもあるよ。舞ちゃんも、いつも夜の十一時くらいまで部活なんでしょ?」
「メカトロ研ではそうですけど、今はそっちは謹慎中なので、カート部を手伝ってるんです」
「すみません。私のせいで」
「テンテンのせいじゃないよ。私も好きでカート部に協力してるんだからさ」
「そう言ってくれるとありがたいですが」
「でも彗ちゃんがいないのは何でだろう?」
「夕飯の時は一緒だったんですが、もしかするとまだ部活をやってるのかもしれません」
「もう夜なのに? 暗い中で自転車乗ってると危ないよね」と遙。
「いえ、なんでもレースに出場するために三人乗りの自転車を作ってるみたいで。今日、加工場で自転車サークルの人たちと作業してましたから」
「三人乗りタンデムかー。なんだか楽しそう」
「加工場は申請すれば使用時間を延長できるけど、それでもそろそろ帰ってくるかな」
そう言っている間にタイミングよく彗が自室に帰ってきた。
「あー、疲れた」
「おかえり」
「レース用の変な自転車作ってるんだって? テンテンから聞いたよ」と遙。
「そうなんです。同じ自転車を三つ繋げたムカデ自転車作ってます」
「うまくできた?」
「うーん。一応完成したんですが、やっぱり難しいですね。溶接の時にどうしても軸が真っ直ぐにならないっていうか、ほんのちょっとですけどズレてるんですよね」
「アライメントを保ちながら三台溶接するのは、至難の業だと思うよ」と舞。
「アライメントって何?」と遥。
「整合性とか、整列っていう意味かな? 雰囲気で使ってるからよくわかんないですけど」
「アライメントがズレてると、走行中のがたつきやノイズの原因になるから危ないので、自転車を繋げるんじゃなくて、長いパイプでフレームを一からビルドすることになりそうです。それに自転車ができたとしても、乗る人がいないんです。参加するだけなら誰でも良いけど、勝つなら誰でも良いってわけにはいかないし、競技自転車部との交渉もうまくいってないし、なかなか難儀してます」
「へえ、けっこう大変そうだね。でも、なんとかなるよ」
「そうそう。頑張ってればなんとかなるなる」
舞と遙が代わる代わる彗を励ましていた。
「テンテンの方はどうなの?」
遥がミユに話を振る。
「私の方は、順調といえば順調ですが、大会当日に走るカートの準備もまだなので、そういう意味ではまだ全然です」
「これから頑張る感じなんだね」
「はい。……ところで、今日、気になることがあったんですが、高専の先生って大学の先生に転職することがあるんですか?」
「んー、まあまああることだね。藪から棒に、どしたの?」と舞。
「放課後に担任の先生の所に行ったら、机の上に大学の講師の応募要項があったもので」
「担任って誰だっけ?」
「福本先生です」
「あー、福ちゃんか。それは、ありそうだね」
遥が腕組みをして言った。他の三人は遥の次の言葉を待った。
「聞いたところによると、福ちゃんは高松出身だけど、東大卒だからそっちに未練があるのかもね」
「え! 東大卒なんですか? ぜんぜん知らなかった」
「先生は基本的には出身大学を言わないからね」
「そうなんですか? どうしてですか?」
「学生や保護者が出身大学で先生を評価するからだろうね」
「へえ、でも遥さんはどうして、福本先生が東大卒だって知ってるんですか?」
「そこはほら、麻雀仲間から又聞きで聞いた話だけど。でも福ちゃんも担任になったって事は、少なくともあと一年はいるんじゃないかな」
「そうですか……」
ミユと彗は少なからずショックを受けた。
先生というものは、必ずしも学生の教育に情熱を持っているとは限らないと思ったからだ。確かに、個人の利益を考えるなら、研究のために良い環境を選択するのが一番良いのだから、それはそれで仕方のないことなのかもしれない。
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