第37話 昼食

中国山地は人口が少ないせいか、信号も少なく、順調に走ることができた。そのため、ゴールの新見に着いたのは午後一時を少し過ぎたあたりだった。


道中、軽食しか取っていなかったので、ここらでランチにしようという話になった。香川県内なら、うどん屋に行くところだけれど、せっかくなのでご当地ならではの名物を食べようということになり、スマホで検索を始める。


「このエビめしを食べてみたい」と誰かが言った。値段も手頃で物珍しさもあって、異論は出なかった。

スマホで表示された喫茶店の駐車場に車を停めた。ミユたちはエビめしを知らなかったが、どうやら岡山のB級グルメらしい。事前知識が全くなくても、名物料理や店の場所が分かるなんてスマホはすごい、とミユは感心した。


少し遅い時間だったので、それなりに席は空いていた。角のテーブル席に着席し、みんなエビめしを注文する。

「それにしても、国道一八二号は本当に登りメインのルートだったね」

「だね。全然加速しないんだもん。途中の『の』の字状のカーブはすごかったよね」

「しかも、そこだけ下りだからスピード出るし、あんな立体的なコースって公道ならではだよ」


今日走ってきた一八二号は一カ所だけ、上から見るとひらがなの『の』の字のような場所があった。実際には、らせん状に下る道路だが、地図で見ると完全に『の』の字になっていた。


「テンテン、データの方はうまく取れてた?」

料理を待つ間、徳弘がミユに尋ねる。

「はい。計測システムもちゃんと動作していました。『の』の字のところもリアルタイムで見てましたけど、うまく推定できてたみたいです」と自信満々で答える。

この計測のために、これまで準備してきたので上手くいくのは当然といえば当然だったけれど、うまくいったことは、やはり素直にうれしかった。


「オッケー。必要なデータは取れたみたいだから、帰りは好きにしてて良いよ」

「はい」

一仕事終えた解放感と、旅先で大勢と、それもうどん屋以外の店でランチとあっては、自然とテンションも上がる。和気あいあいと雑談していると、「おまたせしました」と、エビめしが運ばれてきた。


観察すると、エビのむき身が入った黒い焼きめしという見た目で、一口食べると、見た目通りソース味だ。子どもが好きそうな味だなと思う。

「どこかで食べたことあるような味がする」

「うん。懐かしい味だよね」

「ピラフっぽい」

「ウインナーの味がする」など、口々に感想を言い合った。

エビが好きじゃないという徳弘は、隣の席の脇田にエビだけを押しつけていた。


食べ終わったあとも、店は混んでいなかったので、飲み物を追加で注文し、午後からのことについて少し話し合うことにした。

「帰りのルートはどうしますか? 観光でもします?」とカート部員の一人が徳弘に聞いた。

「岡山観光するんなら、桃太郎にちなんで、鬼ノ城きのじょう吉備津きびつ神社に行きたい!」と脇田が割り込む。

「キノジョウとそのなんとか神社が、桃太郎に関係あるの?」と池田繭が興味津々で脇田に質問する。

「うん。鬼ノ城は鬼ヶ島のモデルで、温羅っていう鬼の居城だったんだよ。吉備津神社は、桃太郎のモデルになった吉備津彦きびつひこみことを祀ってるの。ちなみに家来の犬、雉、猿もモデルがいるといわれてるよ」

「へえ、そうなんだ。完全なフィクションってわけでもないのか。詳しいね」

一同は感心した。

「いや、今スマホで調べた」


「だいぶ話が逸れたみたいだけど」と徳弘が前置きしてから、「帰りについては事前の計画通りに、来た道、つまり国道一八二号を戻るんじゃなくて、宇野港に向けて国道一八〇号を下って、そこからフェリーで高松港へ帰ろうと思う。ゆっくり観光したいところだけど、フェリーの時間があるからそんなにゆっくりもしてらんないんだよね」と言った。

「えぇ、残念だなあ」とブーイング。

「でもせっかくだし、両方は無理でも、吉備津神社には行ってみようか」

カート部員達から歓声が上がる。


その脇で、「ねえ、テンテン」と桜がミユの肘をつつき、耳打ちをする。「データの測定が終わったんなら、私たちだけ先に瀬戸大橋で帰れないかな? フェリーよりもそっちの方が西讃キャンパスへ鳴さんを迎えに行くのにちょうど良いし、それに今日は西讃キャンパスのヨット部も練習してるだろうから見ておこうと思うんだ」

「なるほど。確かに、そうですね」


ミユは吉備津神社が気になるものの桜の意見に同意した。中国自動車道から瀬戸大橋を渡って坂出インターで降りれば、西讃キャンパスのある詫間までは三〇分ほどの距離だ。カート部が高速道路ではなくフェリーを使うのは、カートでは高速道路を通行できないからであって、高速道路を通行できる普通自動車でわざわざフェリーを使って大回りする理由はなかった。


「あの、徳弘先輩」とミユ。

「ん?」

「私たち、シビック組は用事があるから、途中で別行動して帰っても良いですか?」

「いいけど、用事って?」

「西讃キャンパスでヨット部の様子を見たいのと、人を迎えに行きたいんです。なので途中のインターから瀬戸大橋を渡って、西讃キャンパスに行くつもりです」

「ああ、そうか。レースって、カートだけじゃなくて自転車とヨットもあったんだったね。学生自治会は全部面倒見ないといけないから大変だよね。ここまで付き合ってくれてありがとう」

午後の方針も決まり、カート部の徳弘が一括会計をして店を出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る