第38話 ヨット部
カート部は手際よくカートの一台をハイエースに積み込んで帰路についた。先頭を徳弘のカート、その後を池田のカートが走り、ハイエースと続いて、しんがりは桜のシビックだ。
帰り道の国道一八〇号は川沿いを上流から下流に向けて走るので、アップダウンも少なく緩やかな下りが続いている。
途中、桜たちはカート部と分かれ、倉敷市街を抜けて早島インターから瀬戸大橋を渡り、香川に戻ってきた。予定通り坂出インターで降りて、西讃キャンパスに向かう。
「あと十分くらいで着くから、テンテンから鳴さんに連絡してくれる?」
桜がミラー越しに後ろの座席のミユに言う。
「オッケーです」
ミユはスマホを取り出し、鳴にメッセージを送ると、すぐに返信が来た。
「まだ用事が終わっていないので適当に時間を潰して欲しいそうです」
「分かった。じゃあ、用事が終わったらまた連絡してって伝えておいて。私たちは先にヨット部の様子を見に行こうか。近況が知りたいからね」
「いいですね。私もヨット見たいな」と舞。
鳴を待つ間、西讃キャンパスの近くにあるヨット部のハーバーに見学に行くことになった。
今回のアイアンレースは、自転車とカートとヨットの三種の複合種目なので、部を超えた調整が必要になる。その調整役を学生自治会が買って出た形になっていて、学生自治会での自転車担当は自転車サークルの六車環、カート担当は小原緋と天雲ミユ、ヨット担当は真鍋桜が務める。
そのためヨット担当の桜は、時々西讃キャンパスまで自家用車で通っているようだ。彼女がヨット担当になったのは、車を持っているからだった。
「そういえば、カート部と自転車部って東讃キャンパスにしかないけど、ヨット部は東讃キャンパスにも西讃キャンパスにもあるよね? 東讃キャンパスのヨット部は出場しないんですか?」と舞が不思議そうに桜に尋ねた。
「いや、出るよ」と桜。「でも練習してないから、記念出場なんだって」
「そうなんですか」
「うん。東讃キャンパスから高松港まで遠いからね。練習時間の確保が難しいのは仕方ないかな」
ほどなくして桜たちはヨットハーバーに着いたけれども、陽は傾きかけていて、当のヨット部はすでに練習を終えたようで、撤収を始めていた。
「あちゃー、もう終わっちゃったか」
「日が長くなってきたとはいえ、もう十七時ですもんね」
そう言いつつ車を降りてヨット部員の方に近づくと、向こうも桜に気がついたようで、「こんちわ」と桜に挨拶をする人がいた。ヨット部員の人数は意外に多く、ウエットスーツを着た十人くらいの部員達が片付けの手を止めて桜たちの方を見た。
その目線に構うことなく桜は、「こんちわ。お久しぶりです」と挨拶を返した。
「今日はまたどうしたんですか? お友達も連れて」
「たまたまこっちに用があって来たから、うちの学生自治会の若いもんにヨット部の練習風景を見せてあげようかと思って来てみたんです」
桜は、ミユをさりげなく紹介した。
「一年生?」とヨット部員がミユに尋ねる。
「はい」
「あなたも学生自治会の役員?」
「そうです。あ、天雲ミユと言います」
「私はヨット部部長の岩崎です。よろしくね。もう少し早く来てくれればヨットの試乗させてあげられたんだけど」
「え、いいんですか?」
「もちろん」
「それは次回、ぜひ」
「あなたも?」
岩崎は舞の方を見た。
「あ、いえ、私は単なるつきそいです」
「そう」
「ところで、レースに出る選手はもう決まりました?」と桜。
「上級生を中心に、だいたいね。でも本命は一年生コンビで行こうと思ってるの」
「一年生? それはまたどうして?」
「どうしてもなにも、小学生の頃からずっとやってるみたいで、すごく速いのよね。なんでもオリンピック目指してるんだとか」
「へえ、そりゃすごい」桜が目を丸くした。
「ほら、見て。二人だけはまだ練習してるの」
岩崎が海の方を指差す。海上に一艘のヨットが疾走していた。一人はしゃがんでいるが、一人はヨットのヘリに立って倒れそうなくらい傾いていた。
テンテンはそれを見て、自分のことと重なった。もし、カートをやめずにずっと続けていれば、どうなっていただろう。日本を代表するようなすごい選手になれただろうかと思う。池田繭は間違いなく、代表になれたはずだ。でもミユは何年か取り組んだけれども、華々しい成績を収めることはなかったから、多分無理だっただろうなとも思う。
「これは優勝間違いなしだなあ。雰囲気だけでわかるもの。ところで岩崎さん、メール見てくれた?」
「あー、見たよ。当日のコースが決まったんだってね。連絡ありがとう」
「あの……」
二人の会話にミユが割り込む。
「鳴さんの用事、終わったそうです」
「わかった。それじゃあ、岩崎さん、また選手が決まったら教えて」
「うん。じゃあね」
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