第51話 タンデムの完成

彗は十分に睡眠を取り、朝早くに目覚めた。こんなに寝たのは一週間ぶりくらいだろうか。すぐに着替えて一人で3Dプリンター室へ行く。加工場を入ったあたりからジャラジャラと波の音が聞こえてきた。ちょうど一局終わったところらしい。

「おはようございます」


3Dプリンター室に入って挨拶をすると、クマを作った八つの目が彗へ向けられた。

「あ、おはよう。部品できてるよ」

遥たち麻雀部員は手を止めて机の上に置いてある物を指した。最後のボトムブラケットが完成していた。彗はそれを手に取り、入念に確認する。仕上がりは上々だった。

「ありがとうございます!」


彗は礼を言い、麻雀部員たちはホッとしたような顔つきになった。やっと帰れるというような表情をしている。八時間近く麻雀を続けながらプリンターの造形を見守るのは、いくら夜型の麻雀部とはいえ、相当こたえたようだった。

「ちょうどこっちも切りの良いところだから、私たちも帰るね」

麻雀部員たちは片付けを始めた。


加工場に鍵を掛けて寮に戻り朝食を取ったあと、朝一番に福本先生に鍵を返しに行った。連日、鍵を返すのが遅くなっているので、福本先生もさすがに心配になったようだ。

「頑張るのはいいが、あまりやり過ぎるのは良くない。来週からはテスト期間だから、もうそっちの準備をする頃合いなんじゃないか」と説教くさくなった。

「はい。でももう大丈夫です。寮の先輩が昨日一晩中徹夜で、3Dプリンター作業をやってくれたので全部終わりましたから」

「先輩って?」

「福家遥さんです」

「ああ、福家か。殊勝なヤツだな」

「はい。寮では同じ部屋なんです」

「そうか。じゃあ、試験の方も頑張れよ」

「はい。失礼します」

慧は福本先生の部屋を出て教室に向かった。


「それじゃあ、この微分方程式を、そうだな、今日は福家に解いてもらおうかな」

力学の講義で課題を黒板に書き終えた福本先生が学生に向かって言う。

いつもなら遥の元気な返事があるはずだけれども、今日はしんとしている。


クラスメイトも不審に思って福家遥の席を見ると、めずらしく机に突っ伏して寝ていた。寝息こそ立ててはいないが爆睡しているようだ。隣の席の女子が遥を起こそうとしたが、福本先生が「いや、いい」と、それを制止した。


「福家が居眠りとは珍しい。今日くらいは、まあ許してやるか。じゃあこの問題を代わりに誰にやってもらおうかな」と学生の顔を見回すと、みんな机に突っ伏して寝始めた。遥に寝てても良いと言った手前、注意することもできず、「今日だけだぞ」といって苦笑するしかなかった。


その日の放課後、自転車のアライメントを調整しながら、今朝造形されたばかりの最後のボトムブラケットが溶接され、塗装をしてタンデム自転車の要になるフレームがとうとう完成した。


テスト期間前の最後の土日には、朝早くからサイクリングサークル部員たちが集まって、フレームにクランク、ギア、チェーンが取り付けられ、動作確認や変速機の微調整が繰り返された。そしてフロントフォークにハンドル、タイヤ、ブレーキ、サドルを急ピッチで取り付け、なんとかテスト期間前の最後の休日に出走用のタンデムを完成させることができた。完成して車体を固定していた治具を外して、スタンドで自立させると自然に歓声が上がる。

「早速みんなで試乗しよう」

環がそう提案し、片付けを済ませてみんなでぞろぞろと外に移動する。


「ここはまず、設計してくれた小路と森川と立花のお三方からどうぞ。あとはもう適当に」

「いや、私は乗るのはちょっと」と慧は難色を示す。

せっかく先輩が勧めてくれたものの、握力の問題で落車の危険があるため彗は断った。


「彗ちゃん。プレゼントがあるんだ」

森川が何かを手に持っていた。

「プレゼント?」

「これ。作ったばかりで包むものがなくて裸の状態で悪いけど」

そう言って手に持っていたものを彗の前に差し出した。

「何ですか、それ?」


それは円筒を二つ繋げたような不思議な形をしていた。

「ふっふっふ、自助具だよ」

自助具とは、障害のある体の動作を補助する道具のことだ。

「何の?」

「それを手首に付けて自転車のハンドルに固定すれば握力をカバーしてくれるはず。タンデムの後座席ならハンドルやブレーキの操作がないからそれで大丈夫だと思うんだけど。もちろん大きな力がかかれば固定は解除されるから、万が一事故で転倒しても受け身は取れるように設計してあるよ」

「森川さん……」


お礼を言おうとしたが声にならなかった。ありがたくそれを受け取る。自然に拍手が起こり、彗の目には涙が溢れて止まらなかった。

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