第49話 3Dプリンター室にて
「生きてるか?」
十河鈴は窓から離れ、加工場の表へ回って3Dプリンター室に入るなり、倒れている学生に声を掛けた。
応答はないが、うつ伏せになった学生に近寄ると、呼吸していることは分かったので、ひとまず安心した。
倒れた学生の肩を掴んで引き起こし、横臥の姿勢を取らせた。
「こいつは……」
名前は知らなかったが、見たことのある顔だった。サイクリングサークルの新人ということは分かった。
「おい、大丈夫か? 何があった?」
呼びかけると、「ん……」と返事があった。
「あれ……十河さん? どうしてここに?」
「たまたま来ただけだ」
「今、何時ですか?」
「夜の九時過ぎだけど」
「……そんなに? プリンターは?」
「プリンター?」
彗が起きようとしたので、鈴は起き上がるのを手伝った。どうやら寝落ちしていただけだとわかり、鈴は緊張が解けた。
彗はまだ完全には覚醒していないようで、ゆっくりとした足取りで3Dプリンターに近づいていく。
「うそ、エラーで止まってる? もう時間がないのに」
「時間?」
「期末テストまでの時間です。遅れるとレースに響くから、なんとか明日までにと思って。エラー確認しなくちゃ」
PCの方へ行こうとして足下がふらついた。鈴は彗の体をそっと支える。
「すみません。少し、めまいが」
「本当に体調は大丈夫なのか?」
「あまり寝てないだけですから」
「なんで一年がそんなに体を張る必要がある? レースに出たところで勝てる保証もないのに。環のヤツに弱みでも握られてるのか?」
「いいえ、私が自分のためにやってるんです。……私は左手の握力が弱いんです」
彗は目を伏せて、右手で左手首を掴んだ。
「そのせいで他の人よりもできることが少ないから。他の人が簡単にできることでも私にはできないんです。でも、だからこそ、できることには全力で向き合わないといけないんです。自分の弱さからは逃げることができないから」
そう言って、鈴の目を真っ直ぐに見た。
その言葉は、彗自身に向けられたものだったけれど、鈴にはそう思えなかった。
鈴は真相を知るのが怖くてずっと逃げてきた。それを今、指摘されたような苦しさがあった。
「……だせぇな」
彗の独白を黙ってじっと聞いていた鈴は、間を置いて小さくそう呟いた。
「え?」
「いや、あんたに言ったわけじゃない。気にしないでほしい。それよりも一つ訊いて良いか?」
「はい」
「環のバカは、私のことを何か言っていなかったか?」
彗は先月開かれたイワシ祭の記憶を辿った。
「競技自転車部を黙って辞めて、十河さんに全部押しつけて悪いと思っているというようなことは言っていました」
「そうか、ついでに辞めた理由についても何か言っていなかったか?」
「環さんから訊いていないんですか?」
「うん。私は、あれ以来、その質問をしてないから。いや、でもやっぱりいいや。何を造形しているのかは知らないけど、作業は明日にして早く帰って寝なよ」
「環先輩が競技自転車部を辞めた理由は、本人に直接訊いてみれば良いと思います。今、ここで」
「え?」
彗の視線の先を確かめるように振り返った鈴は、3Dプリンター室の入口の所に立っている環を見付けた。
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