第43話 タンデム自転車の分析

結局、サイクリングサークルのために設計図面を引いてくれる学生は現れる様子がなかったので、実習でCADを触ったことのある少路しょうじが、先生に教えて貰いながら製図をすることになった。CADは、コンピューターによって支援されながら設計を行うことで、手描きで製図を行うよりもずっと早く製図することができる。ちょうどミユや彗の担任の福本先生がCADの実習担当だったこともあり、福本先生に頼んで放課後に教えて貰えることになった。


前回の学生会で環が会長にお願いしたことは二点あり、一点目の製図ができる学生は見つからなかったけれど、二点目のタンデム自転車はすぐに手に入った。

内山会長は数人の先生に声を掛けてくれたらしい。そのうちの一人が若い頃に奥さんと乗っていたタンデム自転車を、もう乗らないからと寄贈してくれることになった。


早速、環はサイクリングサークルのプレハブ部室にそれを運び込んだ。いつもどおりプレハブでくつろいでいた彗や部員たちは驚いた。

「どうしたんですか、それ?」

「なんと、情報の橋本先生が、プレセントしてくれたんだ。先生曰く、若い頃にイギリスから輸入した物らしい」


クロモリ製の青い二人乗り用タンデム自転車だった。最近は物置にしまいっぱなしだったので何年もメンテナンスをしていないとのことだったけれども、錆びもなく状態はよかった。


外観に傷やひび割れがないかを入念にチェックし、クランクやチェーン、ギアチェンジの動作確認をして、試し乗りを行ったあと、その場にいる全員で設計に関する話し合いが始まった。


「この自転車で出走するんですか?」

「二人乗りはダメでしょ。本番は、三人乗りのタンデムって指定なんだから」

「じゃあ、これの後にフレームとシートを追加して延ばす感じ?」

「いや、それじゃダメなのはムカデ自転車で証明されてる。フレームは一から新しくビルドすることになる」

「あ、じゃあ、いっそ横にシートを追加して、サイドカーにみたいにするとか?」

「それは、却下。出走するからには、良い勝負ができるやつがいいよ」

「うん。だから、この貰ったヤツをバラして使えるものは使って、足りない物を買うか作るかして、新しく三人乗りを作るのが良いと思う」

「なるほど。賛成」


「でもさ、二人乗りのパーツってそのまま三人乗りに使えるのかな? 単純計算しても一.五倍の重量に耐えられる必要があるよ。強度が心配だけど」

「それは、たぶん大丈夫だと思う。体格の大きいヨーロッパ人向けに作られてるみたいだし、材料の強度に余裕は有ると思う」

「念のため、タイヤとフロントフォーク、それにブレーキは荷重に耐えられるか試験しておいた方が良いよ。事故りたくないし」

「そうだな。とりあえず、計測してみるか。使えるか使えないかが分からないと、設計作業も進まないし」


早速、自転車の強度測定に取りかかる。

タンデム自転車のパーツは、一般の一人乗り自転車に比べて、かなり頑丈に作られている。二人乗りを前提としているので、単純に考えても二倍の荷重に耐えられる材料や剛性が必要になるからだ。そのため、ほぼすべての部品に専用の特殊なパーツが使われていて、購入するととても高価になるので、二人乗りのタンデムとはいえ、部品を流用できる可能性のある自転車が無償で手に入ったのはありがたかった。


今回作製するタンデムは三人乗りなので、車両の重量なども加味すると、走行中はおそらく一八〇キログラム程度の重量になる。手に入れた二人乗りタンデムのタイヤやスポークがその重さに耐えられるのか、実際に試験してみる。後輪を外して、転倒しないようにスタンドの治具にセットし、前輪の下に荷重計を置いた。その状態で二人がサドルに座った。

「よし、じゃあ行くよ」

もう一人が二人の間に跨がって乗ると、自転車の上はぎゅうぎゅうになり「わ、近い近い」と大きな笑いが起こった。


荷重計は百キロ近い値を示していた。

「タイヤもスポークも変形はないね」

「予想通り、かなり丈夫に作られてみたい」

「フロントフォークも大丈夫そうだよ」


前輪とハンドルを繋いでいるフロントフォークの形状も確かめられたが、特に変形の様子はなく、そのまま流用できそうだったので、一同は胸をなで下ろした。

「とはいえ、フロントフォークが走行中に耐えきれなくなって、破損すれば大きな事故になるから、補強した方が良いと思う」

「そうだね。ブレースを追加しよう」

「みんな、ここ見て」


小路が、フロントフォークに取り付けられたブレーキを取り外し、フロントフォーク側のブレーキ支軸を指した。

「え、すごく太いね」と一同は感心した。

普通のブレーキ支軸よりも太く頑丈な物が使用されていた。おそらく、相当高価な自転車だろう。これもそのまま流用できそうだった。


耐荷重試験を通して流用可能なパーツの見極めが終わると、次は、足りないパーツについて話し合った。

「足りないのって、サドルとハンドルが1つずつと」

「ちょっと待って、メモするから」

「サドルを固定するボルトとナットも足りない」

「そんな細かいのはあとで良いし、予備がいくらでもあるよ」

「あ、そっか」

「フレームと、ラグと、ボトムブラケットと」

「あと、チェーンテンショナーとかも?」

「あ、それ忘れがちだけど大事だね」

「クランクは? 今は二つあるから、もう一つ必要だよね」


クランクはペダルが取り付けられる左右一対の棒のことで、右側にチェーンを掛けて回すためのスプロケットと呼ばれる歯車が取り付けられている。

「ん? そういえば、三人乗りのタンデムって、チェーンとかクランク周りってどうするの?」

森川が疑問を口にする。一人用の自転車の場合、クランクと後輪を連結するためのチェーンは一つだけでいい。しかし、タンデムの場合は、クランクが複数あり、クランク同士を同期させるためのチェーンが必要になるので、チェーンが少なくとも二つ必要になる。というのも、ペダルを踏み込むときに最も力が出るので、そのタイミングを揃えるため、クランクの向きも回転も完全に同期していなければ本領を発揮することができない。そのため、前のクランクと後ろのクランクをチェーンで連結する必要がある。今回は、三人乗りなので、一番前と真ん中、真ん中と一番後のクランクをそれぞれ別のチェーンで連結し、さらに一番後ろのクランクを後輪と連結させるため、全部で三つのチェーンが必要だった。

「三人乗りだから、三つのチェーンが必要だけど、三つ全部を右側に掛けると、スプロケットを右に二つ付けないといけないからチェーンが外側に出て、漕ぎ手の脚にあたるんじゃない?」

「その可能性はある」

「それなら、前と真ん中のクランクのチェーンは右側、真ん中と後ろは左側、後と後輪は右側みたいに交互に左右に振るしかないか」

「なるほど。そうすると、左右にスプロケットがついたクランクが二つ必要になるね」

「ちょっと調べてみる」


誰かがスマホでタンデム用の左右にスプロケットの取り付けられたクランクを検索すると、たくさんヒットした。

「いろいろあるけど、やっぱり新品は高いなあ」

「中古は?」

「お手頃価格」

「じゃあ、部費で二つ良さそうなの買っておいて」

「分かった」

そうやって、一つずつ検討していくと、最終的に足りない物で自作する必要があるのは、フレームと、それに付随するラグやボトムブラケット、チェーンテンショナーくらいのものだった。

小路を中心にして、足りない部品の設計が始まった。

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