第44話 カート用シャシーづくり

空気噴射システムは、やっぱり不要という繭の意見が通り、カート部のシステム班は解散した。しかし、専攻科の田村が空気噴射システムの開発を卒業研究にしたいというので、空気噴射システムを田村に譲り、ミユは他のカート部員たちと、カートの作製を行うシャシー班に合流することになった。


自作カートのレースと言っても、エンジンやシート、タイヤは既製品をそのまま流用し、エンジンの動力をタイヤに伝えるドライブトレインも既製品を改造するだけなので、実質的に手作りするのは車体としてのシャシーだけだった。


シャシー斑は、作業の効率を考え、主に設計を担当する設計係、素材の強度や車体の剛性を研究する研究係、実際に材料を加工して組み立てる製造係の三つに分かれていた。


ミユたちがオブザーバーを作製している間に、製図ができる機械科の学生を中心に、シャシーの設計が行われていた。大会規定によれば、車両重量は規定の範囲内に収まるようにする必要があり、軽すぎても重すぎてもいけない。


もともと大会用のレーシングカートのシャシーは、横断面丸形の鋼製パイプで作ると決めているから、素材の選択幅は小さい。研究係は、倉庫に在庫のあるクロムモリブデン鋼を選択し、重量を考慮しながら車両の全長や、全幅を決定した。その結果、通常のカートよりも全長が三〇%、全幅が二〇%ほど大きいものになった。


左右のタイヤ間の距離、つまりトレッドや、前後のタイヤ間の距離、つまりホイールベースは、美しさと速さは比例するという信条からか、見た目のフィーリングを頼りに設定し、三次元モデルでシミュレーションを行って、コーナリングのバランスを確かめた上で決定した。


ミユがシャシー班に合流するときにはすでに図面はほぼ完成していた。

完成した図面を基に金属加工場で作業する段になって、一度先生に見て貰った方が良いという意見が出たので、加工場の鍵を借りるついでに、加工場の管理担当の福本先生に見てもらうことにした。


図面を見せると先生は少し考えたのち「コーナリングの時の重心の高さと、トレッドの関係はちゃんと検証した?」と確認をする。

「いえ、やってません」

ミユの隣に立っていた脇田が自信満々に答える。

「そんな自信たっぷりに言われてもなあ。多分、大丈夫だとは思うけど、ロールすると危ないから一応検証はしておいてくれるか。面倒かもしれないけど、シミュレーション用の3Dモデルにドライバーを含めた全重量を分配して、コーナリングしても大丈夫なことを確認したら大丈夫だと思う」


福本先生のアドバイス通り、ミユたちは一旦ガレージに戻り、ガレージの二階の部屋で改めてシミュレーションを行った。重心の高さと、トレッドの関係によっては、コーナリング時に車体が横転して転倒する怖れがある。例えば、カートの重心が高く、車幅が狭いと、コーナリング時の遠心力で、簡単に横転してしまう。そうなると大怪我に繋がるため、そうならないように検証をしておくのは大事なことだった。


ホイールやエンジンなど、実際のパーツの重量を測定し、3Dモデルにそれらの諸元を反映してシミュレーションして検証を終え、問題ないことを確認してから再び先生のところに説明しに行く。


先生の了承は得られたが、その日はもう遅かったので、日を改めて加工場での加工を始めることにした。


次の日の放課後、製造係を中心に、素材置き場の倉庫の鉄パイプを加工場に運び込むと、どこからか話を聞きつけた機械科の学生が集まってきた。それを想定していたように製造係は持っていた設計図の束から、図面を一枚ずつ、集まった学生に次々に配ってまわる。

「はい、これ設計図ね」

「えー、手伝うなんて一言も言ってないんですけど?」

「手伝うつもりないなら、そもそも来てないでしょ」

「それは、そうだけど」

「げ、これは骨があるなあ」

「これなら私もできそう」

「じゃあ、交換しよ」

「やだ」


ああだこうだと言いながら、材料の加工が始まった。それぞれが図面に描かれた太さのパイプをのこぎりで切断する。パイプの切断が終わると、曲げ加工にまわされて、微調整を繰り返しながら設計通りの角度に曲げられていく。


エンジンやシートなどの様々なパーツを取り付けるためのブラケットも同時に作製されていった。


三時間ほど作業すると、一人また一人と帰宅し始めて人数が少なくなり、この日は設計図の四分の一を消化して、続きは明日以降に回すことになった。

次の日も同じくらいの数の学生が集まって、部品の作製が続けられた。そうやって三日も経つとほとんどのパーツが出来上がり、週末になった。


土日はカート部員が総出で、実際に仮組みをして出来上がったパーツの具合を確かめた。仮組みをすることで、繋ぐ部品同士がきちんと繋がるか、寸法に狂いはないかといった項目を確認して、不具合のある箇所はヤスリがけするなど入念に微調整が繰り返された。


週明けの月曜日の放課後から、いよいよ溶接で本組みする作業が始まった。溶接は難しいので、腕に覚えのある学生だけが担当することにした。

材料を治具に固定して、溶接用の手持ち面を付けた大勢の学生に見守られながら、二人一組になって作業していく。一人がガスバーナーで溶接するパイプをあぶって熱して、もう一人がアーク溶接の溶接棒を近づけると、閃光と火花がおこった。

「おおー」と歓声が上がる。

「うまいねえ」と声を掛ける。

「へへ、実家が鉄工所だから中学の時からやらされてるんだよね」

玉のような汗を拭いながら、自慢げに言う。

「どうりで、上手いわけだ」


それと並行して研究係が出来上がったパーツの強度を調べ、シャシーの溶接部を目視したり叩いたりして検査を行っていった。

その甲斐もあって、シャシーの製造には二週間はかかると見込んでいたけれど、多くの学生の手伝いのおかげでわずか十日ほどで完成させることができた。


そして次の土日には、加工場で加工した塗装済みの部品を全てガレージに運び込み、エンジンを四人がかりで抱えて取り付けた。クーラーのない場所での作業なので、全員汗だくだ。

ある部員は、パーツを微調整したあと、ドリルでシャシーのブラケットに穴を開けて、ボルトで取り付けていく。ミユが思っていた以上に、部員は手慣れていて、レースマシンは予定よりもずっと早く、走れる状態になった。


従来の予定では、完成したレースマシンに空気噴射システムを載せる予定だったけれども、結局、実装を見送ることになった。そのため、その分だけ重量が軽くなるので、規定重量に収めるためにウェイトを載せて調整することになり、適当なウエイトをセットし、マシンが完成した。

「よし、完成だあ」

ウェイトを積み終わった徳弘がそう言うと、自然と拍手が起こった。

「それじゃあ、最後に名前を付けますか」と脇田。

「いいねえ。脇田は何か案があるのか?」

「そうだなあ。パイワケットなんてどう?」

「なにそれ?」

「黒猫の名前。魔女の使い魔だったと思う」

「それは却下」と繭。

「なんで? 車体も黒だし、イメージ通りでかっこいいじゃん」

「私は魔女じゃないし」

「なるほど。確かに」

「池田は何か案あるの?」

「あるけど、なんか恥ずかしい」

「ええ、なにそれ」

「他、だれか何かアイデアある?」


脇田が部員を見回すと、みんな腕組みをしたり、うーんと唸ったりしてなかなか出ない。アニメキャラの推しの名前を挙げる猛者もいたが、やはりすぐに却下された。

「急に言われてもアレだし、みんなに紙に書いてもらってくじ引きで良いんじゃない? 何になってもそれが運命ってことで」


一同はそれに賛同して、各々好きな名前を書いて、抽選箱に入れた。全員が入れ終わると、代表として繭がくじを引くことになり、抽選箱に手を突っ込んで、やおら一枚の紙をつまみあげた。それに書かれた名前を読み上げる。

「グランタス・ヴィクトリアス」

一瞬の静寂の後、笑い声が上がった。

「なにそれえ」

「何て意味?」

「呪文?」

「推しの名前か?」

「誰が書いたの?」と、その問いかけに、一人の部員が顔を赤くしながら手を挙げた。

「私です」と竹安。

「どういう意味なの?」と繭。

「その……、我らに勝利を!という意味です」

「へ~いいじゃん。なんか韻踏んでるし、グランなんだっけ?」

「グランタス・ヴィクトリアスです」

「よし、グランタス・ヴィクトリアス号に決定!」

一同の拍手で締めくくられた。

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