第39話 昔語り その2

 そこで彼らを出迎えたのは冥府より蘇りし死人たちであった。すでに一度死んだ者たちである。斬っても突いても死なぬ魔物たちに討伐隊はなす術もなく敗走した。


 ただ一人、若い藩士が最後まで死人たち相手に斬り結んでいた。彼の持つ剣だけは死人を斬り伏せることができたのだ。妖刀村正の一本、月風である。しかし多勢に無勢。彼もまた深手を負い、討伐隊とともに退くことになる。


 討伐隊敗走後、死人たちは夜な夜な城下を徘徊するようになった。あれだけにぎやかだった町もすっかり火が消えたように静まり返り、文字通り死人の町と化していた。犠牲になる領民も増えていったが、対抗する手立ては見つからない。死人を一人二人斬ったところで状況が打開されるはずもなく、もはや藩の命運も尽きたかと思われた。


「それを救ったのが家老里村正剛せいごうがご息女、里村ゆい殿と厳庵和尚げんあんおしょうだ」


 結は可憐という言葉がよく似合う娘だったそうである。生まれつき病弱だった結は、生まれてからの十五年間をほとんど屋敷の中で暮らしてきた。外に出かけたことなど彼女の記憶にはない。


 不思議な力を持っていたという。

 結は、体の具合の悪い者の患部に手を当てただけで不調を取り除く、癒しの力を持っていた。他人を癒せる結が病弱というのも皮肉なもので、他人を癒したあとは二、三日寝こまなければならなかったから、そうそう出来るものではなかったのだろう。


 そんな結のもとを厳庵が訪れたのは討伐隊が敗走してから半月ほど経ったころである。

 厳庵は討伐隊敗走の二日後には里村の屋敷を訪れていたのだが、肝心の結が十日ほど寝こんでいたのだ。討伐隊に加わって深手を負った幼なじみを癒したためであった。


 ――仙街を封じるために、是非とも貴殿のお力を貸していただきたい。


 自分の力はせいぜい傷ついたものを癒す程度、その程度の力でお役の立つのでしょうか、と訊ねた結に厳庵は力強くうなずいた。


 ――恥ずかしながら拙僧の法力では力不足。結殿の力を核にし、拙僧の法力を上乗せいたせば仙街を封じ込むこともできましょう。


 厳庵は自らがいうほど非力な僧ではない。畿内でも屈指の法力僧である。たいがいのことは彼ひとりで事足りた。しかし、魔道に落ちた仙街は厳庵をもはるかに凌ぐ強大な力を手に入れていたのだ。


 第二次討伐隊は結の体力の回復を待って召集された。前回はなす術もなかった彼らも無駄にこの日を待っていたわけではない。日々鍛錬を重ね、無効だった剣は厳庵によって清められ、亡者どもに十分対抗できうるものとなっていた。


 この日のために、厳庵の要請により京都の本山からも八人の法力僧が駆けつけた。ここで仙街を封じなければ災いは畿内全体にひろがる危険性をはらんでいる。


「死力を尽くした一戦は討伐隊の勝利に終わり申した。頭目であった仙街は封じられ、館には火がかけられた。残った亡者どもも紅蓮の炎に包まれた。しかし、討伐隊もそれなりの代償を払っておりました……」


 八波は沈痛な表情だった。

 討伐隊の半数が命を落とした。京より呼ばれし法力僧も六人までもが地に伏した。無傷な者は皆無。皆、なんらかの手傷を負っていた。


「討ち取ったとはいえ、仙街は魔道に墜ちた者。どうのような術で甦るとも知れず、結界を張り、封じ続けなれればならぬ。そのために結界を護り、封じ続ける人間が必要ということになり申した」


 その任についたものは、時の狭間で永劫の眠りにつかなければならなかった。封印を護るためだけにいつまでも眠り続けるのだ。二度と起きることはない。


 当初、厳庵が就こうとしていたその任に就いたのは里村結であった。


 ――老師にはまだ成すべきことが数多く残っているはず。私はこのような身体ゆえ、長くは生きられません。このような私でも役に立てれば本望でございます。仙街を封じ続けるお役には結が就きまする。


 こうして十五歳の少女が永劫の眠りにつき、百八十年前の事件は一応の終息を迎えた。

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