第38話 昔語り その1

   * * *


「さて、どこから話せばよいものか……」


 置いた湯呑から湯気が昇っている。

 檜山たちは事務所に戻ってきていた。落ち着ついて聞いたほうがいいと思ったからだ。真島は今日も帰っていない。


「あの四ツ戒堂ってのは何者なの」


 回転椅子に座った檜山が話の水を向けた。手にはコーヒーカップを持っている。時間も時間なので、深雪に頼むわけにもいかず、カップの中身は事務所のインスタントコーヒーだ。


「四ツ戒堂は人ではない」


 八波は川中島と向かい合わせにソファーに腰を下ろしている。


「――闇と契約し、人としての魂を失った魔物なのだ」

「その魔物どうして二人を襲うの?」

「それは石を――月の漣を狙っているからであろう」


 どうも要領を得ない。


「……そもそも八波くんたちはどうしてその石を探してるの? なんか特別な理由でもあるの?」


 答えたのは川中島の方だった。


「月の漣には霊力が秘められておってのォ。四ツ戒堂はその月の漣の霊力を用いて里村さとむら様の眠りを妨げ、仙街の封印を解こうとしておるのじゃよ」


 里村? 仙街? また知らない名前だ。

 なんだかこんがらかってきた、と頭を抱えた檜山に八波が助け舟を出す。


「善次郎、そう一足飛びにいっても檜山殿が混乱するだけだ」

「これ以上ないくらいわかりやすく言ったんじゃがのう……」


 川中島が不服そうにつぶやいたが、あれでは誰が聞いてもわからないだろう。


「やはり順を追って話すのが一番わかりやすいであろうなあ。とりあえず一通り話すことにいたそう」


 八波はお茶で唇を湿らせ、長い昔語りを始めた。


「話は百八十年前に遡る――」

「百八十年前?」


 檜山が素っ頓狂な声をあげた。

 ずいぶん昔からスタートするものだ。今から百八十年前といえば江戸時代も末期。そろそろ幕末に突入しようかという時代である。


「畿内の小藩、久慈山藩に仙街甲甚というという男がいた。占いを生業としている男だったのだが、この占いというのがよく当たった。豊作、飢饉、干ばつ、水害、そのことごとくを的中させた」


 よく当たる占術師の噂は近隣の村々に広がり、やがて藩主の耳にも届くこととなった。


 藩主の誘いにより藩のお抱え占術師となった仙街は、災害から藩を守り、藩政を執り行う際の指針を出すまでに出世した。

 しかし、城にこもってばかりではない。時間があれば城下へ出て領民たちの声に耳を傾け、悩める者たちを救ったりもした。

 結果、仙街に対する領民たちの評判はすごぶる良かった。


 その仙街がおかしくなりはじめたのは、北の空に不吉な赤い星が見えるようになったころからであったという。


 城から半里のところに館を構えた仙街は、数人の従者とともに館へ移ってきた。

 館の中には占術を行うための祭壇が組まれていた。

 祭壇の奥にある薄暗い部屋には、従者たちによって城下から連れ去られた娘たちが捕らわれていた。術でもかけられたのか、娘たちは一様に魂を抜かれたような虚ろな目で、ただ死への出番を待ち続けていた。


 仙街の祈祷が始まった。

 娘たちを一人ずつ生贄として捧げながら、儀式は七日七晩続けられた。

 そして八日目――祈祷を終えた仙街は藩に対し、公然と反旗を翻したのである。


「仙街は古より禁忌とされていた冥府への道を開き、魔道に落ちたのだ」


 八波の声が怒りに震える。

 藩は討伐隊を組織し、屋敷へと乗りこんだ。

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