第40話 昔語り その3

「われわれは結殿を代々お守りしてきた者なのだ」


 気がつくと八波の足元に菊麻呂が丸くなっていた。自分もこの話の一員なのだと言いたげにくうんと鼻を鳴らす。

 テーブルの上に置かれたコーヒーはすっかり冷めていた。


「その結さんを起こすために……」

「そう、月の漣が必要となる」

「もし。結さんが目覚めてしまったら」

「結殿は眠り続けることで封印を維持している。もし結殿が目覚めるようなことがあらば、仙街の封印が解け、奴はこの現世に姿を現すことになるでしょう」

「わしらはどうしても四ツ戒堂よりも先に石を見つけなければならんのじゃよ」


 川中島が強い口調で言った。

 石を探すのに邪魔な八波たちに刺客を送りこんでくるはずである。


 四ツ戒堂はその仙街の一番弟子なのだそうだ。百八十年前、炎に包まれた館から脱出し、それ以来復讐を誓い、主人の仙街復活を虎視眈々と狙っているのだ。

 四ツ戒堂たちは仙街を甦らせるために石を探し、八波たちは仙街を封じ続けるために石を追っていることになる。


 肝心の石は幕末の動乱以来いずこへともなく消えてしまった。

 そして今回、川中島が高元の屋敷に石があるらしいという情報を掴んできたのだ。


「じゃあ、もしかするとまた黒マントが来るかもしれないってことか……」


 檜山のつぶやきを聞いた川中島が首を横に振った。


「いや、それはないじゃろう」

「どうしてわかるんですか」

「真島殿の話では四ツ戒堂はずいぶん銃弾を食らったと聞いておる」

「頭部を含む全七発を撃ち込んでます」

「おそらく一週間から十日は動けんじゃろう」


 隣で八波も大きくうなずいた。


「うむ、式神が来たのが何よりの証拠」


 そして自分に言い聞かすように、なんとしても月の漣を手に入れなければな……とつぶやいた。


 人間生きていれば、なにかしら背負っていかなくてはならない。

 八波と川中島もまた、重い、とてつもなく重い使命を背負っていたのだった。

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