第8話 三十一人衆

 勇者一党の遺体を拠点に運び終えたとき、キースの脳裏に始末に追えない疑問が浮かんだ。


——聖女様を玄室から運び出しても良かったのだろうか?


 回収依頼サルベージクエストを受注しているのだから、理非もない、否応もなく、良し悪しも断ずることなく、完遂すべきことではある。それが冒険者というものだ。自称元冒険者といえども——である。

 ただ今回の場合ケヱス、立ち止まって考えなかったことが、心に引っかかりを生じさせていた。常軌を逸した“聖女の重さ”の意味に思いを巡らせるべきだった。聖女は自らを礎として何事かを成し遂げようとしていたのではないか、と問うべきであった。


 実際、“聖女の祈り”によって発動した結界は、彼女が死亡した後もなお、三条みすじの滝の迷宮の外、広範囲に影響を及ぼし、魔物の顕現を抑え込んでいた。組合長アデレイドから常に身につけるように言い付けられてる首飾り型の魔道具は、三条の滝を抜ける脇道周辺から心地の良い暖かさを放ち、神聖なる結界の存在を示していた。神々と繋がることのないキースであっても、先程までは、常人では感知し得ない聖女の結界の存在を意識することができていた。だが、今は何も感じられない。


——間違いない。結界は消えている。


 違和感の素性は捉えた。表面的には聖女の結界が消えた所為であるが、依然として様々な疑問が残る。その答えを見つけるか、あるいは折り合いをつけるまでは、静かに自分の思考に耽っていたかったのだが——


——どうにも時機が悪い。


 大岩を背にしていたキースが、顔を上げて視線を森の切れ目、植生遷移となる草叢に向けた。黒づくめで怪しげな仮面を被った集団が一定間隔で並び、拠点を半包囲していた。ジェフリーの二頭の馬は、その不穏な気配に驚いて、高く嘶なき、薮道に駆け込む。

 仮面の集団は、特殊な魔法を使用して、姿を隠蔽していたのか目前に迫るまで察知できなかった。あるいは聖女の結界の影響で、仮面の集団は今まで近づくことができなかっただけなのかも知れない。


——回収作業サルベージの締めが残っているのだが…

 

 勇者たちの名前と功績を高らかに謳い上げ、献杯し、神々に見放され、魔女の森に斃れた魂を慰めなければならない。迷宮遭難救助隊サルベージャーズの流儀に則り、これから勇者一党を弔おうとする大切な時を邪魔されたのだ。全くもって不愉快極まりない。


「聖剣を渡せ!」と黒尽くめの仮面の集団の中にあって、一際、大柄で目立つ男が命令する。


「挨拶なしで、いきなり用件かよ。無粋だせ」


 カネヒラが見知らぬ男たちを鼻で笑う。


「聖剣なんて何処にあるんだ?」


 黒い布に包まれた聖剣をしっかり背負いながら揶揄うように男たちに応じる。カネヒラが前に出ようとするのをキースが抑える。


——このおっさん、絶対、聖剣を振り回すつもりだろう。


「我々は、勇者様と聖女様の遺体の回収を仰せつかりました。南方統括の大司教様からのご指名です。依頼の途中で、依頼主でも無い方々の指図に従わなければならない道理などありません。それに残念なことに聖剣は発見できませんでしたが、お二人の装備一式は、大司教様にお返しするという約定を結んでおります。これは我々の信用に関わることですし……」


 キースは、若干早口で、適当に話を盛っていくが、賢者と呼ばれる術者のことは何も言わない。余計なことは削る。聖剣については見つからなかったと言い切った。誤魔化すことも忘れない。


「そして誰が——」とキース。


 聖剣を寄越せと命じた大柄な仮面の男を目がけて、一気に間合いを詰め、双剣を目にも留まらぬ速さで鞘から抜き、二連撃。


三十一人衆みそひとしゅうなど信用するかよ」


「!」


 その男は、キースの連撃の速さに驚いたが、残像を残し、飛び退いた。身を守る符呪の一種を使用したのであろう。


「へぇ、人族とは思えない速さだ」


 キースは感心したように対峙する相手に言葉を投げかける。仮面の襲撃者たちは、動きを止めて、様子を伺っている。油断はない。隙も感じられない。殺意も敵意も漏れ出てこない。


——やはり手強い。


 キースは、相手が何者であるのか、当然、理解した上で先制したのだ。数的な不利を覆すことを狙ったのだが、不発に終わった。だが牽制にはなった。


 カネヒラは「どちらも人間じゃねーよ」と言いたげな表情を浮かべていた。


「キース。ジェフリーさん。あとは任せた。俺はお馬さんを探しに行くぜ」と悪びれることもなく言い放ち、馬が駆け出した方向、縦穴に続く藪道に向って歩き始める。


 ドン!と鈍い音が弾けた。


 カネヒラの小柄な体が吹っ飛ぶ。先程、キースの連撃を易々とかわした大柄な男が、瞬時に移動して行手を阻み、はじき飛ばしたのだ。カネヒラは、ゴロゴロと転がり、倒木に突き当って止まる。そこからピクリともせず、気を失ったように全く動かない。

 大柄の仮面の男が、動かなくなったカネヒラを見下ろすように立ち、他の七人の仮面の襲撃者たちに攻撃の合図を出す。再び瞬間移動すると、元にいた場所に姿をあらわした。仮面の襲撃者の七人が、同時に動き出し、一気にキースとジェフリーに襲いかかる。三人がキースに。残りはジェフリーに迫る。


 

 仮面の襲撃者たちは、常人には捉えることが困難な速さで、間合いを詰めてくる。だが——


「緩いな……」とジェフリー。


 左手に長柄の肉厚広刃の大刀ロンパイヤが握られている。右手が軽く柄に添えられ、石突は敵に対峙し、刃先は左後ろ、距離感を狂わせる脇構え。左足を踏み込むと同時、一瞬、右手が沈み、対峙した者の視線を誘い、外挽を放つ。

 ジェフリーの動きは掴み難い。左足を軸に体が翻り、右足が前へと運ばれ、接地とほぼ同時に左足が後ろへと引かれる。長柄に添えられていた右手を軸に外周で、担ぎ投げるように振り下ろされた肉厚広刃が敵を捉える。

 ジェフリーから見て右側の仮面が、合わせる様に俊敏な動きで、上段から両手剣を振り下ろす。後の先。剣影が残る様な勢いの一撃。だが長大な剣撃は届かなかった。ジェフリーの鼻先、拳二つ分程の間を空けて、虚しく空をきった。おそらく熟練者であろうこの男の動きが極めて短い間だけ止まる、仮面の下で表情は伺い知れないが、喫驚、目を見開いているであろう。そのため彼の両手剣によるさらなる返しは間に合わない。

 距離感を狂わされて、ジェフリーの大刀の一撃を浴びた仮面の男は、絶命して前のめりに倒れた。


「一人」


 ジェフリーは、構えを直す。刃先を上に、長柄を正中線に揃えるようにして、仮面の襲撃者たち全体を視界に全て捕らえるように、視線を向ける。殺気はない。覇気も闘気も感じられない。ただ凪のように静かだ。

 二人目と三人目の男は、若干後方に避けるように足を捌いて、ジェフリーから一旦距離をとる。ジェフリーの戦いの拍子に乗らないように体勢を整える。剣を下段に構えると、歩調を変え、左右に分かれて、ジェフリーに迫る。四人目の男は、左側の二人の後方からさらに大回りで、走り込みながらジェフリーの背側面を狙う。

 

 ジェフリーは大刀を八双に構え、右足を前に、左足を後ろ外側に開き気味に置いて、送り足で、右側から迫る仮面に向かうと、相手の左肩口から袈裟懸けに切り下ろす。

 仮面の男は、上段霞の構えから袈裟懸けに振り下ろして、切り結ぶ。重い音が響く。仮面の男の一撃は鋭く、そして重い。痩身長躯であるが膂力は十分、剣術の練度も高い。だがジェフリーに対抗するには未だ足りなかった。

 ジェフリーは、長柄を握る右手を相手の方に滑らせ、左手の手首を柔らかく返し、肉厚広刃が右回りに小さく弧を描くようにして、切り結んだ仮面の両手剣を抜く。更に右足を送り足で一歩進めつつ、右手を軸にし、左手を上げることで刃先で相手の両手剣を叩くように落とす。その際、左側に体の中心線を逸らすように左足を継足の要領で寄せる。続け様に相手の頭部へと大刀を打ち入れた。

 仮面の男は、目まぐるしく位置が変わるジェフリーの大刀の刃先に反応できず、僅かに頭部を右側にそらして、肉厚広刃から逃れようとする。あまりのことに頭が混乱した。仮面の男にとっては初めて見るような動き。切り結んだ筈の大刀が自分の両手剣を抜けて、頭部を切り付けたように見えたのだ。手応えと目の前の光景の辻褄が合わない。混乱のうちに首に致命傷を受け、大量の血を飛ばしながら横薙ぎに倒され、絶命した。


「二人…」

 

 三人目の仮面の男は、最小の動きで二人目を倒したジェフリーが止まったように感じた。切り倒した相手を見ている。空きと断じて、飛び込む。だがそれは空きではなく残心であった。

 ジェフリーは、仮面の男の動きに合わせて、左足をやや右後方に下げて、即座に中段の構え。軽く刃先を持ち上げると、肉厚広刃の刃先を捻るように前に突き出す。左足で押し出すように体が前に出る。大刀が伸びる。

 仮面の男は、地面に触れるかのように姿勢を低くして、ジェフリーの懐深く潜り込む。気合一閃。脇構えからの両手剣による横薙ぎ。相手の太腿部を捉えるかに思われた。だがやはり両手剣の刃は届かない。

 ジェフリーは、左足を軸に右足を後ろへと捌くと同時に大刀の長柄の石突で、仮面男の顔面を強く打ち付けた。勢いを失った相手を更に肉厚広刃で叩き伏せた。背中から肩口まで切り裂き命を絶つ。


「三人目。……面倒だな」


 ジェフリーが、内回りに歩を進めながら、三人を切り倒したため、四人目の仮面の男が企図したような位置取りにはならなかった。彼は、止む無しと、急激に動きを止め、ジェフリーに体を向けると鋭角的な旋回を伴う激しい動きで、距離をつめてきた。

 生来的に備わった技能なのであろう。無駄のない無駄な動きだ。だが常人であれば、惑わされ、その速さに抗うことはできなかったであろう。四番目の仮面の男にとって不幸だったのは相手がジェフリーであったことだ。

 ジェフリーは、頭上で大刀をぐるりと大きく旋回させ、長柄の石突のあたりを右手だけで握ると、真上から振り下ろした。豪剣一閃。剣撃が奔る。地面が割れ、衝撃が四人目の仮面の男を襲った。避けようがない。即死であった。仮面の男は吹き飛ばされ、四肢があらぬ方向に折れ曲がり、壊れた人形のように転がった。


 ここまで一分にも満たない時間で、四人の仮面の襲撃者たちが骸に変わった。大柄な仮面の男は動じない。じっとジェフリーを見つめていた。ジェフリーも一瞬視線を向けたが、興味なし、という感じで大刀を右肩に担いで、どっかりとその場にあぐらをかき、キースの闘う様を眺め始めた。


 一方、キースは、柔らかな動きで躱し、走り、飛び、まるで舞を踊るかのように、嫋やかな身体を躍動させている。流れるような双剣で、仮面の襲撃者たち三人を翻弄している。しかし相手も相当な手練れであるのか、キースの方が、僅かに分が悪いように見える。

 二人が同時に両手剣による突きを放てば、側面に回り込んだ残りの男が横薙ぎに切り掛かる。上段と下段と交互に袈裟懸けに切りかかれば、背後にまわりこんだものが突きを繰り出す。かわるがわる攻め手を変えて、三人はキースを襲いつづける。その剣の速さは目にも止まらぬもである。

 だが誰もキースを捕らえることはできない。キースの受け流しと抜けがずば抜けて技量が高いせいか、撃ち合いの音すらほとんど聞こえない。三人の仮面の襲撃者たちは、幻を斬りつけているような錯覚に陥っている。三人を相手に美しい舞を披露し、双剣を振う姿には、余裕すら窺える。

 わずかに上気した表情に、楽しげな笑みすら浮かべている。キースの美しさのせいだろうか、仮面の襲撃者たちを弄んでいるように見える。だがキースにも余裕がない。ジェフリーを襲った男たちほどではないが、この三人の仮面もキースに匹敵するだけの手練れだ。時間がたつにつれて、キースは体力的にキツくなってきた。


「カネヒラ!」


 キースが叫ぶ。


「いつまでも死んだふりしてんなッ!!」


 キースの怒号にカネヒラが舌打ちをしながらむくりと起き上がった。


「まだやってるのかよ」


 カネヒラを弾き飛ばした大柄の仮面の男がピクリと肩を動かした。仮面の下には驚きの表情を浮かべていた。その一瞬の隙をついて、カネヒラが大柄の仮面の男に鉄球を放つ。いつの間にか手には投擲器スリングが握られていた。弾速はそれほど早いものではなかった。実践経験が豊富な猛者であれば容易に避けられる。実際、この世界の優れた戦士は、数歩の至近から放たれた大弓の矢玉ですら弾くことができる。しかし不意を突かれた大柄の仮面の男は額に鉄球を受けてしまった。仮面が小気味の良い音を立てて割れる。


「子供だましだと思ったか?」とカネヒラがニヤリと笑う。


 それはただの鉄球ではなかった。アデレイドに符呪された鉄球だ。狙われた者の視界には映らず、装甲の上であっても着弾すると内部から組織を破壊するというエゲツないものだ。まさに致命の一撃。仮面を破られて、脳を内側から破壊された男は、崩れ落ちるように倒れ、絶命した。


 残された三人の襲撃者は、自分達の首魁が倒されたことに戸惑いを覚えたのか、動きに澱みが生じる。キースはそれを見逃すわけもない。一気に反撃に転じる。最も近くの男に狙いを定めると、無拍子の歩法で、懐に入り込み、喉元に剣の柄を叩き込んでのけぞらせると、相手の左肘を狙い、交差するように双剣を叩きつける。三人の連携が崩れた。ようやく各個撃破の機会が訪れた。


 仮面の男たちが三方から迫り、三本の刃を向ける。素早く隙なく切り付けるが、先程とは異なり、連携がとれていない。一人は左手を負傷しており、剣に勢いがなく、変化もない。キースは軽やかに踊るように三人の男たちの攻撃をかわす。風に追いやられた羽毛のようにふわりふわりと、まるで重さが無いような動きで、仮面の男たちの剣を躱して、手頸や肘、太ももや脛を切り刻み始める。


「次!次!さっさとヤれッ」とキースは金切声をあげる。


 優美な動きとは対照的に声の方は、セッパつまった感じを伝えてくる。カネヒラが何もせずに眺めていることに腹を立てただけかもしれない。


 カネヒラは、はたして加勢する必要があるのか、と思いながらも、嫌がらせとばかりに襲撃者たちの足を狙って鉄球を放つ。その鉄球は命中すると軟部組織を破裂させる。どんなに頑健な戦士であっても激痛と機能喪失により動きが止まる。

 神々に祝福された者たちが得意とする回復術を使ったとしても直ぐに機能が戻るというものでもない。動きが悪くなれば、隙が生まれる。キースがその隙を見逃す筈もない。


 厄介ものを排除するのが先かと、カネヒラに刃を向けようとすれば、キースの素早い一撃が喉元、首筋、心臓、脇腹など急所に襲いかかる。キースとカネヒラは絶妙に噛み合って戦いを有利に進めている。やがてキースとカネヒラは、連携して残り三人となった仮面の襲撃者たちを打ち倒した。


「見届け人はどうする?」とジェフリーが問う。


「まあいいかな……」とキース。双剣を鞘に収めながら。


「まだこちらを伺っているぞ」とジェフリーが続ける。


「さっさと逃げればいいのに莫迦なのかな?」とカネヒラ。


 悪そうな笑顔を浮かべると、投擲器の把手グリップこじりに取り付けられた金具を二回、カチカチと旋回させた。投擲器が白く不鮮明な光を纏う。


「距離は五○○歩だな」


 カネヒラは、先程の鉄球よりは若干小さめの白い球体を腰に付けた雑嚢から取り出すと、次々に木々の隙間に放つ。白い球体は放たれた瞬間、周囲に衝撃と水蒸気の輪を広げる。空気を揺らす。命中させようとすれば容易であるが、敢えて外し、追い立てるように足元や間近の木に着弾させた。


「そこまでするか?」とキースは若干呆れ顔である。


「するぜ。命狙われたんだ」とカネヒラ。


 カネヒラが放った白い球体は、音速をはるかに超えて飛翔する。着弾点から数十歩の範囲にいる魔物や人の感覚を狂わす符呪が仕込まれていた。勿論、飛翔する球体自体を見え辛くする偽装の符呪も施されている。直撃すると大型のヘラジカ程度であれば爆発四散させることができる。


「嫌がらせは徹底すべき」

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