秘密兵器

全日本選手権が終了してから三ヶ月


この三ヶ月、正直何をしていたかは覚えていない。

毎日同じようなことをしてきたが、有意義な毎日だったと言える。


関東選手権が終わった頃には出来ていなかった事が、だいぶ出来るようになっていた。


まずアクセル以外のトリプルがしっかりと降りられるようになった。

特に最も苦手としていたループジャンプは


「ループが柚ちゃんの入り方そっくり」


と笑われるくらいには、ループが得意な柚樹を本人に文句を言われるほど観察して取得した。


自分の周りは上手い人が多いんだからよく観察すればいい、と結論付けてからとにかく観察した。

不本意だが聖子のこともよく見た。その手の動かし方ひとつどうやったらあんなに美しく見えるのかを聖子と鏡に映った自分を何度も交互に見た。


まちのようにどうやってあんなに早く滑れるのかも観察した。

まちのスピードには未だに追いつかないが、追いつこうとしている間に「スケート選手のスケーティングがスムーズになるとされる一点」を見つけたのは大きい。


これは別名「スイートスポット」と言われ、エッジの一点に体重をかけるとスケーティングに力を掛けなくても進むことができるようになると言われている。


選手によって一人一人違い、練習の積み重ねで苦労してやっと見つけるものだ。

それを見つけた時は嬉しくてひたすら滑っていた。


周りを見て「あんなに上手く滑られれば楽しいだろうな」と思っていたが、本当に楽しかった。



今は早朝、まだまだ冷えるこの日に黄昏スケートセンターに着くと既に柚樹と聖子が滑っていた。


この二人は今日、ベラルーシのミンスクで開催される世界ジュニアの為に飛び立つ。


「あら来たの?早いわね。来たなら早く氷乗りなさい」


リンクサイドにいた安村コーチにそう促され、早速朝練に入る。


ウォームアップをしながら、ここ数日のことを思い出してみる。



元々世界ジュニア選手権男子の出場予定選手に五十嵐誠也がいた。しかし先週、誠也と同じクラブの進藤楓吹と交代された。


リリィは詳細を知らないが、聞いた限り怪我とのこと。柚樹に聞けば分かるかもしれないがあまり聴き出したくはなかった。


その知らせを聞いた時に


「……連覇出来たかも知れないのに…」

「世界ジュニアの連覇って本当に難しいのよ。毎年新しくて強い選手が出てくるんだから」


と聖子と安村コーチの会話が聞こえてきたのを覚えている。


しかし柚樹は、交代となった進藤楓吹も侮れない選手だと言う。


最初は「大人しくて気が弱くてすぐ泣くし自信もあまり無い」と散々な言われようだったが、すぐに「誠也と同じ場所で同じくらいの量の練習をやってるってだけで、十分恐ろしい」と話していた。


その後銀河から


「他のクラブから見たリリィもそんな感じなんじゃね?柚ちゃんとか聖子と毎日一緒に練習してる、秘密兵器みたいな」


と言われた。


もしそうなら嬉しいことなのだが、現状は世界ジュニアなんて届きそうにない場所にいる。


「本当に秘密兵器になれたらいいけどね」


だいぶ太陽が昇って明るくなった窓の外を見ながらそう呟いた。

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