全日本選手権前 霧雨FSC

グランプリファイナルが終わってほんの少しした日付。


関西にあるこのスケートリンクは少し年季が入り、照明はやや暗い。


この中で全日本選手権へ出場するのは、先の全日本ジュニアの女子で優勝した松坂朝陽、男子で5位に入った進藤楓吹、そしてジュニアグランプリファイナルで3位となった五十嵐誠也の三人。


誠也は昨年のグランプリファイナルで優勝していたために二連覇を狙っていたが、二つ目のジャンプを飛ぶための助走をしている最中にエッジが氷とフェンスの隙間に引っかかり投げ出されるように転倒してしまった。


その際に強打したのか勢いがなくなり、精彩をかいたフリーとなってしまい3位で終了した。


周りからは「なにがあった」と騒がれたが、本人は冷静に「壁との距離を間違えました」とだけ発言した。


結果としては不本意なものであったが...


「でも最高やった...俺に対する質問しか無かったから」


と珍しく口角を上げた表情でそう話した。


昨年はどんな結果が出てもとにかく兄の名前を出されていた。

しかし今年は少なくとも海外のインタビュアーからは自分のことしか聞かれないことに誠也は少し安堵していた。


その分、次の全日本選手権が不安なのだが。


全日本ジュニアでは案の定また兄の話題を出された。

けれど誠也はその質問をほぼ無意識に受け流してしまった。


無視をしたというより、なんと答えるか考えていたら意識が霞み、気付いたら三分経ってインタビュアーの方から質問を変えたくらいだったのだ。


その時、昨年のことを思い出した。11月から12月末にかけてはどうにも本調子じゃなかったことを。


理由は明白、その命日が迫っている。


「…別に隠したいわけじゃないねん、話せることなら話せたらええなって思っとん…兄ちゃんって目立ちたがり話したがりやったから……でも…」


誠也自身、兄のことで整理を付けたいと思っている。兄のことをスラスラ話したいと思ってはいるのだ。


そのため全日本選手権で質問されそうなことをシュミレーションしようと、休憩室でノートを広げ、楓吹と朝陽にも手伝ってもらいながら返答を考えることにしたのだ。



ところが数分後…



「誠也、誠也!」


と楓吹の声が響いた後、朝陽の誰かを呼ぶ声が聞こえる。


田畑コーチが眉を顰めて駆け寄ると、誠也は椅子ごと床に倒れていた。


「お前何してんねん…!」


と近付くと、誠也は両手で頭を抑えていた。


「なんや、どうした?」

「あっ、たま………いたい………」


「………頼まれたけど…やりすぎたかもしれん…」


そう呟いた朝陽には返事をせず、田畑は誠也を自身の車に連れて行った。



「……あかんか」

「……そうみたい……」

「調子はどうや」

「さっきよりマシやけど…まだ頭痛くて、気持ち悪い……」

「じゃあ寝とけ」


と言ってタオルで弟子の目元を覆う。


「………なんで、見てたはずやのに……思い出せへん……」

「………まあ、もうお前自身の質問以外スルーでええで。文句言われたら俺がどうにかしとくでな」

「……どんなクズな質問にもスマートに答えられるようになりたいからって二人に可能な限り最低な質問考えてもらってんけど…」

「何させてんねん………」

「………やっぱり、二年前のグランプリファイナルから全日本までの期間のことは聞かれても思い出せん………なんかその期間だけ、俺も生きてへんような感じがする…でも無理やり思い出そうとしたら………」

「ぶっ倒れてこのザマか」


田畑はため息をつきつつ、体調の悪い弟子を一度車で寝かせたままにし、リンクに戻った。


戻ると朝陽と楓吹は氷上へ戻り、練習を再開していた。


30秒伸びたプログラムを通し、呼吸を整える楓吹に田畑は


「さっきの質問書いた紙は?」


と気になっていたことを聞く。


「もう捨てた」

「そうか」


内容は気になっていたが、彼らは賢明な判断をしたのだと納得していると、今度は楓吹が躊躇いながら声を発した。


「…なぁ、二周忌ってなんかするん?」

「…誠也からはなんも聞いとらんな…まあ、身内だけでなんかするんちゃう?」


そう答えると、楓吹は「そっか」と頷く。しかし直後、目が潤んで慌てて両手を目に持って行った。

それと同時に朝陽の通し練習も終了し、息を切らしながらこちらへ来る。


「…なんで泣いてんの?」

「……まあ、身内じゃなくても傷は癒えんわな」


田畑コーチの言葉に朝陽もなんのことかを察し、口を締めた。


この時期は本当に苦しい。


それでも大切な大会は待ったなしで迫っていた。

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