全日本選手権前 黄昏FSC

12月に入り、あっという間に20日の時が経つ。


グランプリファイナルが終了し、柚樹と聖子が帰国してきてからは全日本選手権に向けてフリーの時間を30秒伸ばして練習をしている。

たった30秒、しかしフィギュアスケートの運動量は長距離マラソンに匹敵すると言われる。それで伸びた30秒は長く消耗も激しい。


そのため柚樹も聖子も終わった後、なかなか見ないほど息切れをしてしばらく呆然と滑る。でもすぐにまた通しで練習を再開する。


二人ともグランプリファイナルで二位の結果を残した。


柚樹は昨年四位で今年は二位。

聖子は初出場で二位。


カナダのケベックシティで開かれたグランプリファイナルだが、聖子は現地の人からも人気だったようでサインを沢山書いたと言っていた。


「聖子の人気すげーよ」


と柚樹は苦笑いしていた。


その話を聞いたリリィは聖子の人気もすごいが、囲まれても最後まで笑顔でファンの前に立っていられるのもすごいな...と少し思ったのだった。


リリィには若干難しそうだと感じたが、今のところ大勢の人に囲まれる予定は無いので考えないことにした。


一方で柚樹も


「ギルが強い」


ともらした。


ギルとはアメリカのギルバート・ファーマーのことだ。

昨年もグランプリファイナルに出場した後、全米選手権ではシニアのトップに混ざって表彰台へ上がり、世界ジュニアでは上位に入賞するなどなかなかにいい結果を残していたが今年に入ってさらに躍進しているようだ。


「まさか誠也ごと柚樹を上回るとは思ってなかった」


と複数人が口を揃えてそう言っていた。


同い年で昨年から共に競技に出ているためよくセット扱いされているのだが、国内からだけでなく海外からもセット扱いされていることが分かった。


これに関してはもう柚樹と誠也は二人で笑っていたものだ。

また全日本でも同じように言われるのかもしれない。


そんな調子の全日本選手権出場者の二人をよそに、いつも通りのレッスンをするほかの黄昏フィギュアスケートクラブ所属者もまた、来年は出られるようにと願う。


冷生はジュニア一年目の年齢だが、まず全日本ジュニア選手権に及ばなかった。

でも今年はそれで良かったのかもしれない。冷たい気候にここ数日喘息の発作が連発して起きているのだ。今日も練習中に気管が狭まり、ふらふらと氷から上がったところだ。


リリィと銀河、まちは来年以降に全日本選手権へ出場できる年齢となる。

リリィは来年ひょっとしたらいきなり全日本選手権に出られるかもしれないという希望を日々強く握っている。

銀河とまちはこれまでのように順調に試合に出続けることを目標としていた。



時刻は20時、リリィはリンクを出る。

すっかりクリスマス模様の街を歩き、ある場所へ向かっていた。


「こんばんは、遅くなりました…」

「あらこんばんは、いつも時間通りよ」


ここは妹の紗菜も通うバレエ教室だ。最終の時間にレッスンを入れるようにした。

今更かもしれないが、無駄にはならないだろうと両親に頼み込んだ。来年に向けて確実に強くなりたかったのだ。


たとえフリーに進めないとしても、最下位になってしまうとしても、全日本選手権は出るだけで価値がある。


そう信じている。その準備を今から始めていた。

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