過ぎる日常の沈殿物
バッジテストで7級を取ってから数ヶ月、関東ブロック大会の日が迫ってきていた。
その間色々なことがあった。
例えばリリィが7級を取ってすぐに、有望新人発掘と言われる合宿が行われた。
残念ながらリリィは今年も新人発掘の合宿には行けなかった。
黄昏からは銀河とまちが合宿へ行き、まちの方はそこでこのブロック大会を経ずに全日本ノービス選手権へ出るシード権を手に入れた。
二人から合宿の話を聞くのは好きだった。
名前を聞いても分からない人ばかりだが……
「時雨ちゃんに靴下返しそびれたんだけど全日本ノービスで会えっかな…」
時雨ちゃんという人物の名前は昨年から何度か聞いたことがある。
ちゃん呼びされているが、男であり、愛知県で練習しているらしい。
銀河と最も仲の良いスケーターだということが会話の節々で分かる。
「時雨ちゃんに会うために練習頑張りなよ」
「そうだな」
関東ブロック大会は東京以外の関東地区から来たノービスからシニアまでの選手達が全日本を目指して出場する。
ジュニア、シニアの上位選手はこのブロック大会のあと東日本選手権へ進み、さらにそこで上位に立った選手が、あの全日本選手権へと行ける。
しかしノービスの選手はこの関東ブロック大会の結果だけで全日本ノービスへ行けるか行けないかが決まる。
そしてノービスの選手が滑るのはフリーのみ。
たった一度きりの勝負で全てが決まる。
この期間他にあったことといえば、ジュニアグランプリシリーズだ。
既にファイナリストは決まり、その中に柚樹と聖子がそれぞれいる。
ジュニアの試合を見ることはなかなか叶わないが、柚樹は1戦目は2位、2戦目は3位で通過した。
2年連続のファイナルだったが
「もう0.いくつか低かったら俺は4位になってファイナルに進めなかった」
と少し震えた声だった。
今年も男子は激戦だったらしい。
聖子は1戦目は2位だったが、2戦目で優勝を飾って通過した。
最近聖子は未来を担う新星スケーターとして期待され、取材も来るようになった。
聖子の取材のために他のクラブ員が氷から上がる事もあった。
スケートが上手くて、可愛い顔をしていて、スタイルもいい聖子が話題になるのは必然だろう。大いに分かる。
でもどういうわけか、最近聖子に取材が来るとリリィは毎回もやもやと嫌な気持ちになる。
柚樹にも取材は来るが、彼の取材で嫌な気持ちにさせられたことはない。
リリィは自分が聖子と同性で嫉妬しているからだろうか…と思い、銀河と冷生に「柚ちゃんが取材されていて嫌な気持ちになった事がある?」と聞いてみたことがある。
しかし二人の答えは「ない」だった。
しかも冷生が
「……僕はリリィちゃんのこともすごいと思ってるよ。でも聖子ちゃんはそうは思ってないみたい。でも聖子ちゃんの前でリリィちゃんを褒めると怒っちゃうからさ、ごめんね」
とよく分からない謝罪を付け加えてきた。
しかし
「聖子ちゃんがムカつく」
と言えば
「自分より上手くて可愛い聖子ちゃんに嫉妬してみっともない」
と言われるのが目に見えている。
嫉妬なんてしていない。
聖子のように優れた要素がある人物は賞賛を受けるべきだと思っている。
しかし聖子と目が合う度に、どこか見下されてる気持ちになる。
すれ違う度に背筋を伸ばして、格が違うのだと見せつけられているような気分になる。
これは被害妄想だろうか、と何度も考えるが答えが出ることは無いし今後誰かに相談することも無い。
ネガティブな感情は沈殿していくが、今のリリィには沈殿物を濾す術がない。
ひょっとしたら聖子と一度喧嘩したほうがマシなのかもしれないが、喧嘩なんてしようものなら確実にこちらの分が悪くなる。
そんなわけで、特にどこにもぶつけることなく…一番の対処法はなるべく聖子に近付かないことだった。
スケーター同士は仲がいいことが当たり前とされているが、やはり人間だ。限られた場所ではどうしても合わない人が出てくる。
それに仲がいいのはなにも同クラブ同士とは限らない。トップに行けば行くほど国籍関係なく友達ができる。
長い目で見れば、聖子一人と仲が悪くても自分の人生には何の影響もない…とリリィはなんとか自分を説得していた。
でも気が滅入ることに変わりはなかった。
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