第16話 カレハトギスの庭
「人間は心体の一致にこだわる。変な習慣だと思うが、気にすることはない。少しは欠けている記憶も戦闘によるものだ。僕同様にしばらくすれば記憶を取り戻すだろう。」
科学者のアダムは曇り空が透けるステンドガラスを背にマサトに向かってそう告げた。
「しかし君は幸運だね。無人浮遊器官は君を守る対象だと認識し、母体として君のことを守った。胎盤を模したコクピットは出血した片腕から出血を止めるために止血を試み、その後、白い熱線にさらされた無人浮遊器官はまるで心臓の位置をずらすように、君の人体を守った。実に興味深い現象ではあるが。。」
マサトはゆっくりと筋肉に力を入れる。
首を曲げ、視線を左腕の方向に向けると肘から先の部分が欠損していた。
右腕は天井の方向へ向けることができた。
ヒトデ。しっかりと指が五本ついていた。
まだ、銃を握ることができる。
マサトは瞬間的にそう考えた。
「戦闘はどうなっていますか?」
「君が目撃した緑の塔がそろそろ完成に近づいているよ。
長い時間がかかったが、もう栄養は要らない。
待っているのは奪い合いだ。
そして紛争は間もなく終わりを告げる。緑の塔を手に入れたものが人類の勝者だ。」
科学者のアダムは楽しそうに話をしていた。
「緑の塔を手に入れた者は一体何を手に入れるのですか?」
「生命の源を手に入れる。といえば大げさな表現かもしれないが、今の人類は太陽からの恵みを得て生きている。
緑の塔を手に入れたものは膨大なエネルギーを支配することになる。」
「いったいどうやって?」
「太陽が地球に向けて放っている光エネルギーを取り込むんだよ。砂漠にシリコン半導体を利用して作った太陽光パネルがあるだろう?
それ以上に効率の良い仕組みを使ってエネルギーを取り込むんだ」
アダムは白衣の袖を捲り、隠していた皮膚を見せる。
「緑斑症」
マサトは思い当たる症状を口にする。
「ふん。まぁ僕も今までは同じような類だと考えていた。だけどある昔の夢を見てね。分かったんだ。僕だった人がどうしてこの緑斑症を作り出したのかってね」
「あなたはこの症状の発生原因を知っているのですか?」
「あぁ。正確にはオリジナルのアダムの記憶だがね。
君、白銅の自動機械の中身を除いたかい?」
「はい。襲ってきたので銃弾を数発撃ち込んだことがあります。緑色の粘体が溢れて出てきましたよ。」
「他に何か目撃しなかったかい?戦地で君は何を見た?」
「死んだ人間を輸送するハイエナのような機械。白銅の自動機械の白い仮面の内側はまるで人間の顔を模したかのようでした。」
「そうだろうね。あれが人類の進化した姿だと言ったら君はああなりたいと思うかい?」
マサトは嘘でもはい。と言いたくなかった。
生きているのか死んでいるのか。あれでは分からない。果たして生きる喜びはあるのだろうか。
「進化した人類は白銅の自動機械のように、葉緑体を体内に注入し、光合成をすることで餌がいらない身体を作った。
その姿が醜く見えるのであれば君は外見にこだわりすぎているし、外見にこだわらなければ、あの機械は思ったより自由な生活を手にしている。
なにせ、食事を必要とせず、故に労働からも開放された存在だ。あの白銅の自動機械は命令をすれば働く。働きたくて働いているわけだ。
人間の細胞と葉緑体を培養して造られた存在が白銅の自動機械だ。そして、緑斑症はこの白銅の自動機械が生み出した細菌が生身の人間に感染したものだ。」
アダムはそう言って、ため息をつく。
「なに、訝しげな顔をしてるんだ?そりゃため息もつきたくなるよ。僕の仕事はね。緑斑症を治すためにこれまで活動してきたんだ。それが昔の自分が作った技術の結果、創造された病だったなんて。
まるで自分が自分を苦しめているみたいじゃないか。」
アダムはクスッと笑いながら口元に手を当てた。
「昔のあなたがこの世の中の基礎を作ったのであれば、あの緑の塔はなにを目的として作られたのですか?」
「褒められている気がして悪くはないね。
たしかに今の世の中は、自動機械なくしては労働は成り立たない。
昔の僕はね。巨大なエネルギー原を作ろうとしたんだ。
生きるためのエネルギー源じゃない。娯楽のためのエネルギー源だ。
娯楽がなければ人間は死んでしまうからね。
心と体が満たされた状態を作ろうとしたんだ。」
「この紛争は誰のために」
「世界のためさ。昔の僕はね。本気で世界のためになることを考えていたんだ。
人口の話を聞いたことはあるかい?
90億人から80億人に減った話。この紛争は端的に言えば口減らしのための紛争さ。
感情の測定によって、世界各国で選民を行い、収容した後、この紛争地帯へ送り込む。
それから緑の塔の養分として死んだ人間を新鮮な状態で回収。
カウンターパートである国際組織はこの実態を理解しながらも、反国際組織が作り上げた無法地帯を占拠するために兵隊を送り込む。
昔の僕は先進国から亡命。この地にいる国家を持たない民族をまとめ上げ、白銅の自動機械を製造。便利な機械として各国に売り込んだ。
しかし、途中で自分の寿命が足りないことに気づいた。
緑の塔が完成するまで栄養も自らの命も足りない。
そこで紛争を起こした。
30年前。
まさにこの地で、当時の北半球ゴリドア山脈・紛争撲滅部隊の総統と昔の僕がある密約を交わしたんだ。
そこにあるモニターから彼の奥さんであるエレオノーラを人質に取り、便利に使用している家政婦である白銅の自動機械に命令をすれば、一瞬で命を奪うと脅した。
もちろん、彼女を失いたくないという気持ちがあったのは事実だと思うが、それと同時に総統はいずれ、世界の人口が切迫し、地球という閉鎖系が崩壊することを自覚していた。
彼は選民のための感情測定システムの普及に同意してくれたよ。
彼の立場は揺らがない。人類と機械の紛争だとアピールし、そのために感情を制御した兵士を作る必要があると言えば良いし、実際に僕らに勝つためにはそれが必要だった。
世界各国で時折起こる感情が傾くことによる事件は仕込んだ白銅の自動機械によるもので、あれは良いプロパガンダになった。
実際に君も宣伝文句に釣られるように兵士に志願するまでなったわけだ。
人間は脆弱だ。感情は時に正常な判断を鈍らせる。どうして僕たちはこんな都合の悪い機能を身に着けてしまったんだろうね。」
アダムはそう言い笑った。
「君は世界のために働きたいんだろう?
自分の存在意義を求めて彷徨っていたんだ。
僕がどうすれば良いか。教えてやろう。さぁ立って。」
そう言われ、マサトは寝ていたベッドを降りて立ち上がる。
そこには見知った人物が両手を縄にかけられ、目を隠され拘束されていた。
グレーボヴィチ教官とルーカス兵長の姿だった。
「彼らはね。浅ましくもこの塔を乗っ取ろうとした者たちだ。
それぞれ動機は違うが、緑の塔の主導権を奪うという目的のために行動していた。
30年かけて結実した緑の塔をね。」
アダムはそういうと、マサトに拳銃を握らせる。
「さぁ。彼らを殺せ。君は己の私欲を満たそうとする彼らに利用されていたんだ。憎いだろう?
事実、彼らに尽くして君は片腕を失った。」
マサトが躊躇しているとアダムは急かし始める。
「いいか?これは試験だよ。マサト。
君は頭が良いんだ。合理的に考えれば君が下すべき判断はすぐに導けるはずだ。
ここは緑の塔の最上階。いわば僕の手中さ。
クローンである僕らの寿命は短い。
この塔の後見人を決めるための試験だ。
君の今後を左右するんだ。わかってるね?」
マサトはアダムの問いかけに頷くと、まっすぐ引き金を引いた。
「どうして?」
アダムがそうつぶやいた視線の先には脳天を自ら撃ち抜き、地面に倒れたマサトの姿があった。
階段を上がってくる足音が聞こえ、アダムは動揺する。
「両手を上げて伏せなさい。」
ヒイラギが最上階に飛び込み、アダムを牽制しつつ周囲の状況を観察する。
床に倒れたマサトは徐々に肉体を緑の溶液に侵食され骨を露出していた。
グレーボヴィチ教官とルーカス兵長もマサトが倒れた衝撃で床に伏し、既に絶命しているためか、こちらも塔全体を包みこんでいる緑の溶液に肉体を侵食されている。
「あれ、あんたが突っ伏してるけど、どっちが本物?」
「君とずっと一緒に行動してるんだから、僕が本物だろう?今更疑うのは勘弁してくれよ」
マサトはそう言って笑った。
「あなたが全て仕組んだことなのね」
「くそ。その目。やはりこの地にいた民族の末裔か」
アダムはヒイラギの茶色い目を見上げて悪態をつく。
「どうすれば緑の塔を止めることができるの?」
「知らない。それは思い出すことはできない。」
「じゃあ内側から破壊すればよいわけ?」
「破壊すれば、燃焼した際に発生する毒ガスで君たちは生きて帰れない。」
「いいか?僕を殺す前に考えることだ。
世界中の白銅の自動機械が君たちの親戚を殺す。
人類を救うために動いている君たちの人質は同じ人類なんだ。」
アダムはかすかに頭を上げて、ヒイラギを睨みつける。
「僕を殺しても計画は止まらない。緑の塔は太陽エネルギーを使って選ばれた選民を幸せにする。そして世の中を平和にする。
君たちが僕に拳銃を向けると言うことは、また一歩世界平和から遠ざかることだと理解しろ」
「そう。言いたいことは以上ね?」
ヒイラギはそうつぶやくと、躊躇することなくアダムに対して引き金を引いた。
アダムがバタリと崩れ落ちると同時にヒイラギも疲れた様子で立ち尽くた。
「終わったわね」
ヒイラギは、マサトに語りかけた。
「そうだね。ごめんね、最後の君に撃たせてしまって。」
「軍人が今更何を言ってるのよ。私は撃てるタイミングで撃った。私の両親の仇と一緒にね。」
ヒイラギは清々しい表情をしていた。
マサトは緑の塔の周囲を見渡す。
30年もかけて建築が進んだ緑の塔。
外から見れば鮮やかなエメラルドグリーンだが、内側から見た塔の様子はだいぶ違っていた。
吸収された死骸の肉片が緑の液体に変化し、吸収されない髑髏や骨は塔の外骨格を作るために積み重なっていた。
軽量かつ高強度に。
細くしなやかに。
おそらくこの緑の粘体と髑髏が積み重なって、天空まで伸びているのだろう。
10億人。
その数を考えれば、太陽の近くまで届いているであろうこの物体の存在はあながち嘘ではないように思えた。
マサトは負傷した右足を引きずり、杖を突きながら周囲を散策する。
アダムの話によれば、この紛争を続ける理由はなくなったと言えよう。
そして、これから起こる白銅の自動機械による一般市民の大虐殺を止める必要がある。
ミサやアリスを守らないといけない。
その覚悟がマサトの背中を押した。
「見て。ここ。隠し通路がある」
振り向くとヒイラギが床に仕込み階段を発見した。
どうやら1階分下がって先程の階より上の階にエレベーターで上がる仕組みのようだ。
*****
「人々の喧騒もない。獣の鳴き声もしない。
血なま臭い匂いもしない。
無菌でクリーンな安全な空間。
それを私は、カレハトギスの庭と呼んだ。」
臭気が蔓延する骸の塔の中とは思えないその空間に僕は絶句する。
いったい、なんのために。
塔の最上階に位置するこの部屋は、ドーム状の屋根から光が差し込み、床には多様な植物が植えられていた。
人工的な小川も作られていて、涼しい風が通り抜ける。
僕は周囲を見渡しながらも中心に位置する丘へ近づき、奥を見渡す。
一箇所、誰も入っていない真っ白な棺桶があり、その存在を際立たせるように仏花が添えられていた。
「そこにいるのは、誰?」
後ろから声をかけられて、僕は意識を集中する。
まったく気配に気づかなかった。
どうする撃ち抜くか。そう決心し、手元の拳銃を声の主に向かって構える。
「おどかせてしまってごめんなさい。私も初めてのお客さんで動揺してしまって」
振り返ると、そこには純白のワンピースを着たあどけない姿の女性がいた。
こんな場所に非戦闘員が居るとは思えなかった。
「どこから入ってきた?あそこから上がってきたのか?防護服はどうした?」
僕は彼女にも分かるように、自分が侵入した地点を指差す。
「ちっ。ちがうよ。私は、生まれてからずっとここにいる。」
彼女は首を振って否定する。
「ほら、あそこ。ここのディスプレイが光るの。」
彼女はそう言って、棺桶の横に分かりやすく設置されている3Dディスプレイを指差して、自分の生活してきた映像を流し始める。
白い服を着た少女が倍速でどんどんと成長していく様子が描かれている。
どうやら、周辺の植物を食べながら、生活をしていたようで、棺桶をベッド代わりにして寝ていた。
「昼間は、あの丘でお昼寝しているのか?」
「そう。いいでしょっ。って、うわぁぁぁぁ。み、目、目瞑って。」
そう言われて、彼女が覆い隠そうとする3Dディスプレイには、ずっと着てきた白いワンピースが気になって、服を洗おうと脱いでいる様子が描かれようとしていた。
僕は言われたとおりに目をつむると、手元に持っていた銃を奪われた。
「なっ」
「ダメだよ。こんな物騒なモノ持ってちゃ」
彼女はそう言いクスっと笑う。
「お兄さんはずっとこの塔で殺し合いを繰り返していたの?ほらっそこに付いてるじゃん血」
真っ白な空間に僕の防護服に付着した血が目立つ。
「んでっ。何をしに来たの?もしかして遊んでくれるの?」
彼女は目を輝かせて僕に問いかける。
「ずっと、退屈だったの。ここからどうやって出たらいいかわかんないし、誰も来ないし。まるで宇宙船みたいだよね」
クスクス笑いながら花壇の間のあぜ道を歩き出す。そして真っ白な棺桶に手をかけ、外形の緩やかな曲面を撫で回す。
「ちなみにさ、お兄さんがここに来たってことは他にも誰かが来るってこと?」
そう言われて、僕は自分が来た経路を振り返る。
入口でヒイラギが倒れていた。
「ヒイラギっ」
僕は急いで駆け寄ろうとしたが、力んだせいで右足の添え木が折れる。その場で転んだ。彼女の声が心配そうな表情に変わる。
「動かないでお兄ちゃん。あそこのお姉ちゃんは気を失って倒れているだけだから」
そう言われて、意図的に鉄の仮面を外していた彼女の口元からよだれが垂れている事実に意識が向いた。
僕はふいに自分の顔を触る。
臨戦態勢で偶然付けていた仮面が身を守っていた。
先程、ここから出たことがないという彼女の言葉を振り返る。
カレハトギスの庭と呼ばれるこの地で過ごせるように成長したと思われた。
なぜ彼女はここで生まれたのか。
誰がそう仕組んだのか。
もう一度立ち上がり冷静に、白い棺桶に目を向ける。
「そんな怖い顔しないでよ。お兄ちゃん。
難しそうな顔したって意味ないよ。」
僕はミサとアリスを救うために交渉を始める。
「君が助かるには世界の興味を緑の塔から反らす必要がある。緑の塔が白銅の自動機械を用いて栄養源を補給し動いている限り、世界中の国家が君のことを狙う。これからどうするつもりなんだい?」
「うーん。でも、いくら兵士がいて囲まれたってこの塔のカレハトギスの庭にたどり着いたのは、お兄ちゃんだけなんでしょ?
別にあんまり怖いと思わないけどな〜。」
「何年かに一回、僕のように忍び込んでくる相手がいるかも知れない。銃を向けてきたらどうするつもり?」
「でもさ。私が指図すればこの空間をもっと高濃度の酸素空間にもできるわけ。そしたら君たちは入ってこれなくなるよ。
私はその棺桶で休めばよいだけだしね。いくら酸素ボンベ背負ったって、この塔に辿り着く前に妨害に合わないわけではないでしょ?」
「そうだな。君が臨んでいることは何?どうすれば、この紛争を止めてくれる?」
僕がそう話を変えると彼女は笑った。
「ちょっと待ってよ。紛争を仕掛けてるのはそっちでしょ?
強いて言うなら私はここ以外の世界を見てみたいわね」
彼女は嬉しそうにそう言った。
「君をここから連れ出せば紛争をやめてくれるのか?」
「んー。だから、紛争を仕掛けているのはそっちでしょ?それに私には何も権限はないわ」
そう言われて僕は驚いた。
「あなたそんな顔もするのね。面白い。でも嘘なんかじゃないよ。私は真面目に嘘なんてつけれないわ」
「じゃあ、白銅の自動機械を止めることはできないのか?」
僕がそう問うと彼女は「うん」と頷いた。
「お兄ちゃんはさ。解決できないことを解決しようとしてるの。無意味なことに時間さくのもったいなくなーい?
世界の大きな流れを私達がなんとかできるって考えること自体が可笑しいっていうか。
スーパーヒーローじゃないんだからさ。ほら」
彼女が指さした方向に目を向けると、核融合炉についてのニュースが流れていた。
「私達が一生懸命に緑の塔を作ったり奪い合っているうちに、もう一つ太陽ができたね」
彼女はクスッとニヤけ、両手を叩き、ニコっと笑う。
「終わったね。これで緑の塔を狙う理由は無くなったんじゃない?」
彼女の言う通り、エネルギーの創造を独占しようとしていた緑の塔の目論見は崩れ去った。
アダムの30年越しの狙いは外れた。
「じゃあ、白銅の自動機械を止める方法は無いのか?」
「それはあなたがこの場から白銅の自動機械を破棄しろって言えば、なんとかなるんだろうけど。
生憎、時限爆弾のように緑の塔の成長に合わせて動作する仕組みだろうから、これもあなたの力じゃどうしょうもないだろうね。
んー。この緑の塔を作った人は余程、執念深かったんだろうなぁ。
長い時間をかけて実行をするんだから凄いよ。」
「司令塔の役割を持つ人形は居ないのか?」
「いないよ。すべて分散システムで構成されている。誰かが潰れてもロバストな構造になっているし、きっと自動機械たちが共有しているシナリオデータも複数に分割、複製されて管理されていると思うんだよ。
だから、私も正確な今後のシナリオを知らない。
よほど嫌いだったんだろうね。私を作った本人は」
彼女は白い棺桶をそっと撫でる。
「ここでずっと暮らしてたんだよね」
「そうだよ」
彼女は俯いて頷く。
「寂しくない?」
「そりゃ、寂しいよ。私を作った人は嫌な趣味をしている。こうして、私が生まれてから死ぬまでを観察してるんだからね」
彼女は3Dディスプレイを見て苦笑いをしている。
そして唇を噛み締めた。
「君がここ以外のどこで暮らせるようになるかは分からない。僕にそんな技術を開発できる能力はない。
でも、そうだな。年に一回は会いに行くよ。」
僕がそう言うと、彼女は笑った。
「お兄ちゃんのお人好しな性格、治ってないんだね。
たまたま出会っただけの私にそんな事言うなんて可笑しなヒトだよ。
もしかしたら、私、お兄ちゃんを虐めちゃうのかもしれないよ?」
「うん。まぁ、確かに治ってないのかもしれない。
だけど、できない約束はしないことにしたよ」
僕はそう言ってクスッと笑った。
「んー。あぁ。そうか。たしかにね。
緑の塔へ来るときは私が機械に指図すれば良いのか。それくらいならできるか。」
彼女は口元に手を当ててボソボソっとつぶやく。
「よしっ。そしたら、お兄ちゃんの守りたかった人も連れてきてよ。何人か集めてパーティーしよっ」
「どうしてそれを?」
僕が驚いたような顔をすると彼女は「だって」と続けて話し始める。
「自分の命をかけて戦場に身を捧げるんだよ?
とても利己的な感情だけとは思えないよ。
皆、隣の誰かを助けるために生きてるんだ。
きっとね。
お兄ちゃんと話してて実感したよ。」
彼女はすうっと息を吐く。
「皮肉なもんだよね。
平和を作るために人を殺して、人間を嫌いになった科学者が作った私は人間を好きになって。」
その言葉に僕たちは互いに向き合って沈黙を守る。
「約束しよう。もう一度、会いに来る。」
マサトは右腕の小指を彼女に向ける。
「え、なにそれ?」と彼女の茶色い瞳と目が合う。
「僕が生まれた国のおまじないさ」
そう僕が笑いかけると彼女は真似して僕と同じ手の形を作った。
「ふーん、素敵なおまじないだったら良いなぁ」
彼女はそう言って笑った。
「お兄ちゃんの大切な人。無事に生きてると良いね。祈ってる。」
彼女にそう言われ、僕は頷いた。
「ほら、行くぞ。マサト」
添え木が折れて満足に歩けない僕は目覚めたヒイラギに、肩を貸してもらった。
「またね」
白い服を着た彼女は手を振った。
「そうだ。別れる前に名前を教えて」
僕はもう一度彼女のことを探すために問いかける。
「わたしの名前は………」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます