第15話 後悔

 人出が少ない時間帯を見計らって、ミサは手紙で示された集合地点へとたどり着く。


 幼いころから住んでいた町。

 私はエルブルースで生まれた。そのため特に道に迷うことはなかった。

 場所は第4師団の所属兵の家族が住んでいる区画だった。

 エルブルースはこの前線基地のために造られた町だと聞いている。

 基地の一番近くに階級の高い将校たちの居住区があり、基地から離れていくに従って、いわゆる一般兵の社宅がある。


 手紙の主は第4師団に関係している住民なのだろうか。

 そんなことを考えながら、少しでも安全に考慮して街灯の近くで待ち合わせ場所の裏路地の様子を伺う。


 マサトくんが着ているような軍服に茶色い帽子を深く被った女性が待ち合わせ場所に向かってトボトボと歩いていった。


 あの人だろうか?

 緊張感が走る。

 待ち合わせ時間近くになってもその場を動かず、キョロキョロしているために私の気持ちは確信へと向かう。

「あの。もしかして」

 私が肩を叩き声をかけると、帽子を被った女性は振り返って私と目を合わせた。


「レスターさんですね?」

「ええ。」

「私、渡といいます。」

 そういうと、帽子を被った女性は手をこちらへ差し出す。


「えっと。。」

 ミサがどうすればよいのか分からず、たじろいでいると女性は「手紙」と口ずさんだので、ミサは手元にあった手紙を差し出した。


 渡は一通り頭から手紙を読み込むと頷いた。

「そうね。どこから話しましょうか。

 あなたはどうして、私たちを頼ったの?」


「私の大切な人がこの前、戦地に旅立っていったんです。

 彼が旅立つと決めたとき、私は彼を止めることができませんでした。

 あれから後悔をしました。


 おそらく彼が厳しい戦いを潜り抜けている中、私は晴れた日の庭をぼーっと歩きながら、彼と過ごした時間を思い返していました。

 時々、ここへ帰郷するタイミングで知り合ったアリスという少女に聞かれるんです。「マサトはどこに行ったの?何をしているの?」と。

 私はうまく説明することができませんでした。

 いま、どうして最後の紛争をしているのか。

 どうして、私の弟は病気になったのか。

 どうして、彼は戦地に赴くことになったのか。


 あのとき、彼に自分の想いを伝えていれば、彼は戦地に行くことはなかったのだろうか。とか。

 ぐるぐる考えてしまうんです。」


「なるほど。あなたみたいな方は何人もいますよ。

 戦地に自分の大切な人を送った人は皆、同じ問いに悩むものです。

 特に戦場に自己実現という幻想を求めて旅立っていった者の感情というのは、送った人の立場からすると、理解に苦しむものです。

 どうして、こんな平和な世界が分厚い山脈を介したこちら側の世界に広がっているのにわざわざ辛い選択をするのか?とね。


 戦争や紛争には必ず争っている対象があるはずです。

 それはモノなのかヒトなのか。それはわかりません。

 そして争っている対象物が正義や感情で覆い隠され、動員されることが多々あります。

 なぜなら、争っているものの利得を獲得するのが戦争に参加した全員ではないからです。

 もし平和を獲得するために争っているのであれば、それは初めから別の手段で獲得すればよかったものなのです。ただし、主語は国家ではなく、個人になりますが。


 私が何をしている人物なのか、語ろうとするとそれはあなたの言葉でいうと、どうして最後の紛争を行っているのか調べている人物ということです。

 国家あるいは、戦争の主導者は戦争の終結地点をなかなか語らないものですが、いろんな情報を通してそれを暴くように努めています。


 暴いた結果、戦争を止めようとしているわけではありません。

 しかし、隠ぺいの陰に社会の闇が隠れているのです。

 まぁ、私はそれが許せないだけですね。


 私は軍部で情報連絡の部隊に所属しています。仕事柄、さまざまな部隊の状況を確認しつつ、こうして作戦本部があるエルブルース駐屯基地と行ったり来たりを繰り返しています。

 なので、もしかしたら、あなたの探している人も見かけたかもしれません。


 差し支えなければ、探している兵隊さんのお名前を伺ってもよろしいですか?」


「はい。霧島マサトといいます。」


「ほぉ」

 渡は驚いた表情で頷いた。

 そして間髪入れずにこう話した。「私、会ったことありますよ。」


「本当ですか?」

「ええ。」


「いま、どこにいるのですか?」

「第4師団の後方部隊。医療班の野営テントで会ったわ。刻一刻と戦局は変化しているから状態はわからないけど。確かに私があったときは、四肢共にあって、どこか欠損している状態ではなかったわ。

 大学の知り合いでね。間違いないわ」


「良かった」

 ミサはほっと胸をなでおろす。


「でも、あなたのしたいことは存命確認だけではないのでしょ?」


「はい。これを渡してほしいのです。」

 そういうとミサは自分のポケットから手紙を取り出した。


「わかったわ」

 渡はそういうとその手紙を受取る。

「これは渡しておくけど、その代わりあなたに一つ頼み事があるんだけど、良いかな?」


 ミサがその返答に頷くと、「ありがとう」と帽子を被った女性は、条件を話し出す。


「実はね、あなたの父親に面会させてほしいの。

 理由は、ある男を探しているのよ。その人の行方が知りたいの。」


 そう言われて、ミサは男の写真を確認する。


「顎に傷の入った男で、この男は北方にある囚人施設の出身で、実はあなたがこちらに帰るタイミングで乗ってきた長期列車。あれは囚人輸送の役割をしているのよ。

 それを立証する証拠人として突き出したいの。」


「わかりました。父が承諾するかまでは保証できませんが、面会するところまでできれば、大丈夫ですか?」


「ええ。それで大丈夫。」


 二人はその数日後、エルブルース駐屯基地に向かった。


 前にマサトくんに会いに行った時と同じように止めに来る兵士の指示を無視し、総統の娘という理由で父親の居室へと向かう。


「すごいね。。さすが」

 渡はその様子に驚く。


 そして、父親を目の前にし、渡は自分の身分を明かすと、続けて前段に話していた囚人の行方についての交渉を始めた。


 父親は渡の狙いに興味が無いのか。特に応答をすることなく聞くことに徹する。


 父親の表情の変化の無さに渡は苦笑いをする。

 その後、部屋にまとわりついた緊張をほどくように、父親は私のことを手招きした。

「ミサ。ちょっと、良いかな?」

 ゴホンと咳払いをすると、部屋を出て廊下のほうに視線を誘導した。


 ミサは父親が言うがままに、渡を部屋に置いたまま廊下に出るとすぐさま何かを察したように兵士が近寄ってきた。


「ミサ。なにか心配事があるのかな?最近はこちらを訪ねてくることが多いようだけれど。」

 父親は私のほうを振り向いてそう尋ねる。


「霧島マサトの行方を知りたいのです。

 彼の生存について、知らないと不安で眠れないの。」

「そうか。彼はルーカス兵長の指揮下にある。彼に尋ねれば容易に彼の生存についてわかる。

 私がルーカスから聞いておこう。」


「ありがとう。。。ございます。」

 私は周囲の兵士の様子をチラリと確認しながら応対する。


「ルーカスに聞いておくからひとまず、別の部屋で待機してもらえるかな?」

 父親にそう急かされ、周囲の兵隊に踵を返すと、兵士はミサのことを案内した。


 父親はミサを見送ると、渡が待機している部屋の扉を開けた。


 父親である総統の視線が連絡班の渡へ向く。


「渡といったか。君の狙いはなんだ?」

「さきほど、お話しした通りです。囚人について輸送の真偽を確かめたいのです。」

「どうして?」

「命を冒涜する行為だと考えたからです。いくら囚人といえど、邪魔者を排除するかのように戦地へ送るのは疑問が残ります。」


「ほぉ。。そうか。しかし囚人というのは罪を犯したから囚人になったんだろう?」

「ええ。ですが、罪の償い方が従軍というのは、殺人を行ってもう一度殺人を繰り返すような行為であって、これ以上罪深い存在にすることが、罪の償いなのでしょうか?」

「多くの人ができない困りごとを解決するのであれば、それは社会に対する貢献になるのではないか??

 まぁ。こんなことは軍人である私たちが考えることではない。

 政治を行うことは、別のものに任せることが世のルールだ。

 君もその行為自体が自身の責任を超える行為であるということは自覚すべきだ。」


「君も囚人に助けられたら、囚人が戦地に来てよかったと思うのではないか?

 そうだな。。渡八千代。君の所属を連絡班から第1師団の前方部隊に異動させよう。そうすればなぜ、このような仕組みになっているのか理解できるだろう。」


「そんな。。。私は嫌です。私は志願兵です。やりたいポジションがあって軍隊に志願したのです。

 そんな理由で、前線に送られるのは納得できません。」


「そうか。では、第4師団に変更しよう。君が探している囚人が所属している部隊だ。君は直接会って、取材でもなんでもすればよい。」


「たしかにそれで、私の目的は達成できますが。。。」

 渡はそう言って、渋い表情をする。

「まだ何かあるのか?」

 総統は嫌そうな顔をして、渡のことを見つめる。


「緑の塔について知りたいのです。」

 渡がその言葉をつぶやいたとき、総統は顔をしかめた。

「なぜ?」


「それは戦争終結の目的だからでしょう。ルーカス兵長からお聞きしました。グレーボヴィチ教官が狙っているって。」

「そうか。ルーカスから聞いたか。どこまで聞いた?」

「敵部隊が緑の塔から出現しているというところまで伺いました。

 グレーボヴィチ教官は軍の命令に逆らってでも本丸を一気に叩こうとしているのでしょうか?」


「ふむ。そうだな。そういう理解で正しい。

 そしてこれは開示されていない情報だが、グレーボヴィチが侵入した地下トンネルは緑の塔が発するガスが充満している。この事態は緑の塔と直通経路ができた際に発覚したことで、そのためエルブルース駐屯基地につなげた際にガスがこちら側に伝わってこないように分厚い扉で閉鎖をした経緯がある。」


「ルーカスはそうしたリスクを覚悟でグレーボヴィチを追っている。」


「なるほど。承知いたしました。異動の件もありがとうございます」

 渡は総統に礼を述べた。



 そこまで会話が済んだところで、扉からノック音が聞こえ、白衣を着た科学者アダムが入室し、総統に何やら告げ口をした。

「分かった。渡、席外してもらえるか?」

「承知いたしました」


 渡が廊下を出て数歩歩いたであろうタイミングでガサゴソという音がする。

 金属音がぶつかり合う音と共に渡の悲鳴が廊下に響く。


「容赦ないですね。総統」

 アダムは苦笑いをする。


「君からのリークだ。きっと偽りはないのだと信じているよ」

 総統がそう話した瞬間に建物が揺れる。

 アダムが驚き、少しよろめいた瞬間に部屋の照明が落ちる。


 想像以上に建物が揺れ、廊下に出ると先程まで自動機械に拘束されていた渡と思われる人物がいた地点の天井は崩れ落ちていた。


「おっと、流石にここまでやりますか」

「仕方ないだろう?秘密事項を知ってしまったのだから。」

 そう言って総統はため息を付いた。


「自分の娘も一緒にですか」


「仕方ないだろう。親に反抗する子どもは要らない。使いにくいからな。

 そうだ、エルブルース駐屯基地の修理が終わった頃に君みたいにクローンにすれば良いじゃないか」

 総統は不気味な笑い声を上げた。



 *****

 マサトは選択を迫られていた。

 戦闘に必死になっている状況では考える余裕がなかった。

 今、こうして負傷した兵士の治療行為をしながら四肢の切断をルーチンワークをこなしながら、医療とは程遠い行為を行いつつも、皮肉にも考える時間を得ている。

 意を決して仕事の合間に声をかけてきた渡の声が頭の中をぐるぐるしている。

 僕の意識はすでに2つの選択肢を迫られていた。

 このまま、命令に従い医療行為を行うか。

 渡と一緒に一旦帰還し、ミサさんとアリスの生存を確かめるか。

 一度は自らの足で戻ることも考えた。

 しかし、さきほど市街地を見下ろしたとき感じたのように自力で辿り着くのは難しい。人の足で歩けば、ゆうにまる一日以上がかかり、その分、彼らの生存率は下がっていく。

 いま、命が灯火のような自体に晒されているとすれば、1分1秒の自体であるということは間違いない。

 これから行う僕の一挙手一投足が、二人の命の行方を決めると思うと、身体の動きがこわばっていくように感じた。

 僕は恐れを感じていた。

 僕が生存できるかどうかではない。

 この紛争のあとにどんな世界が待っているか、その未知に怯えていたのではない。

 二人がいない世界をこれからも自分が過ごさないといけない。そう考えたときに、心の虚空と目があった。

「ちょっとどこ行く気?」

 ヒイラギに尋ねられながらも、僕は急いでいた。


 すぐに行動するべきだと感じた。

 兎にも角にも、心が僕を囃し立てていた。


「正気?それは、軍法違反よ」

 後ろで、拳銃を構える音がした。セシルの姿だった。

「ルーカス兵長から撤退の司令は出てないはずよ。どこへ行く気?」

 セシルは拳銃の安全装置を外して牽制をした。


 マサトは両手を上げて、セシルの方へ向き直った。

 野営テントから数十メートル離れた地点で周囲の声が聞こえない中、セシルの声だけが森の中に響き渡る。


「バーレントから聞いたわ。完璧だとされていたはずなのに、戦地では冷静さを失い、若干のお荷物状態。ルーカス兵長の言った通り、医療班で正解だったわね。

 後方で戦闘行為が少ないにも関わらず、それでも逃げるっていうの?」


「僕は残してきた大切な人の行方が心配なんだ。」


「それはみんな一緒よ。大切な人がいない兵士なんていないわ。誰もがそれでも、そんなことは百も承知で戦っているのよ。

 何よ今更。この腰抜け!」

 セシルは厳しい剣幕でマサトを罵る。


「僕は誰かを助ける仕事がしたかったんだ。ここで何かを諦めるために四肢を切断することを従ったんじゃない。もう一度、戦地に送って殺すために医療行為を学んだんじゃない。」


「なにそれ。思い違いも甚だしいわね。

 そんな苦しそうな面下げて志願兵?笑っちゃうわ。

 あなたはそんなことも全部覚悟して、ここに降り立ったんじゃないの?


 あなたがこの場を離れれば、もしかすれば戦線に穴が空き、そこから突破した勢力があなたの守りたい者へ危害を及ぼすかもしれない。

 あなたの仕事だけで戦局が変わるわけではない。そんな英雄譚はない。

 だけど、あなたのような仕事が一つ一つ積み重なって戦局は変わるのよ。

 何十年も続いた最後の紛争をこのまま続けて良いと思っているわけ?」


「それは……」


「そもそもね、あんたの態度、最初からムカついてたのよ。まるで自分が愛情で満たされないがために、愛されようと思って誰でも助けてしまうこととか。自分の想いが通じてないと思ったら、使い捨てにされるって勘違いするとことかね。」

 セシルがそういった瞬間、マサトがセシルの襟首を掴む。


「珍しいわね。あなたが感情を乱すなんて」


「分かってるんだ。僕が夢想家で何もできないくせに誰でも助けようとすることなんて。」


「そうやってね、何でもできると思い込んでるのはあなたが持っている側の人間だと思い込んでるからよ。でも違うでしょ?あなたは何一つ、この戦況を覆すための能力を持っていない。


 たしかあなたは優秀なお兄さんがいるそうね?いつも比べられて辛いと思うわ。

 大義にしがみつきたいのは分からなくもないけど、自分のできることを自覚することだわ。」


「それでも僕はせめて自分の大切な人だけは守りたいんだ。

 セシル寮長。今回は見逃してくれないか?」

 マサトはセシル寮長に対して頭を下げた。


 セシルは笑った。

「変な話よね。私より強いあなたが自分のことを見逃してくれって。私は勝ち目のない戦いには挑まないわ。さっさと消えて。私は報告しておくから。」


 マサトはその場を立ち去った。

 そして、渡と共に無人浮遊器官に乗り込み、市街地に向けて飛び立った。

 無人浮遊器官に映し出される機体から目下、町並みの様子を確認する。

 マサトたちが戦地に向かって離陸した直後に航空部隊が襲撃され、相手に先制を取られる形で街が被害を受けていたようだった。


 既に航空優勢は取り戻され、一部黒こげの民家を何軒か確認することができた。


 手元が震えた。

 心臓の鼓動がこれまでに体験したことがないくらいに高まっている。

 マサトはこれから先の未来を。おとずれるはずの未来を直視しなくてはならない。


 しかし、なかなか決心することができなかった。

 幸い自動操縦の機体はマサトの心に反して淡々と目的地に向かって進んでいく。


 このまま戦地に居れば幻想の中の希望を信じて、戦い続けることができた。

 この行為は僕にとって意味のあることなのか?

 そう自問自答しながら来るべき瞬間に向けて、深呼吸をする。


 第4師団の区画を通り過ぎ、出立の時にお祝いをしてもらった既視感のある町並みに目を向けた。



 焦げて潰れた家屋がそこにはあった。

 そして家屋の下敷きになっている人影を見つけ、すぐに無人浮遊器官を着陸させその人物に駆け寄る。


 見たことのある髪色と体型。

 その横顔はミサの母親。エレオノーラであった。


 マサトは急いで周囲に倒れている瓦礫を持ち上げる。


 ミサとアリスの姿は見つからなかったが、焼かれた衣服の端切れは見つかった。

 おそらくアリスのものであろう。


 戦場を襲った白い熱線を思い浮かべる。

 きっとミサはあの熱線を受けたのだ。


 骨も何もかも残らず焼け、かろうじて守ったアリスの衣服だけが残った。


 そう結論付けたとき、マサトは生まれてはじめて地団駄を踏んだ。




 込み上げてきたのは殺戮による恐怖ではない。


 怒りだった。







 *****

 マサトは沸々と湧いてくる怒りのまま無人浮遊器官に乗り込んだ。

 粘液に包みこまれる気持ち悪さなど忘れて、すぐさま自動操縦から手動操縦に切替える。

 無人浮遊器官が飛び立つ瞬間を意識し、普段ならノロノロと動く逆関節脚を素早く動かし、まるで走り幅跳びをするかのように焼け焦げた市街地を走り込んだ。

 戦場になっていた山脈の方を向き翼を広げて飛び立つ。

 ホバリング用のジェット推力も同時に用いて、空高く舞い上がった。


 雲海を視界の隅に捉えながらも、大切な人を奪われた事実が心を蝕む。


 無人浮遊器官の翼が空を切る騒音に慣れ、次第と音が小さくなって、マサトはミサと過ごした静かな夜を思い出した。


 エルブルース駐屯基地へ向かう列車の中でアリスが眠りにつき、二人で車窓から夜空を眺める。


 いずれは訪れる別れに目を背けるように、マサトはミサに対して気持ちを伝えることができなかった。


 やっと再会ができたエルブルース駐屯基地での行動。

 ミサの部屋での別れの言葉。


 どれもマサトは納得する事はできなかった。

 もっと伝えておかないといけなかったことはあるはずなのに、もっとミサのことを喜ばせることができたはずなのに、恥ずかしさが自分の動きを鈍らせた。


 マサトが周囲を見渡すと、機関銃や爆弾を積んだジェット機が併走をしている。

 その事実はマサトを現実の世界へと呼び戻す。

 狙いはゴリドア山脈の向こう側、緑の塔だった。


 成長した緑の塔は航空機が飛んでいる高度を超え、塔の先端部分が見えなくなるほどに成長していた。


 どうやってこの塔を破壊するのか。

 破壊したあとの処理はどうするのか。

 傾いて倒れれば、周辺への被害は甚大だ。


 そんなことを考えていると並走していたジェット機が加速し、緑の塔へミサイルを放つ。


 ミサイルは頭部に爆弾を積んだ構造で緑の塔にぶつかった衝撃を利用して着火し、爆発するものと思われた。しかし、緑の塔にぶつかった瞬間、その衝撃を吸収するように塔の形状がグニャンと曲がり、そのままミサイルが塔の内部に吸い込まれた。


 もしや塔の内部で爆発するのではないかと思ったが、数分立っても緑の塔は微動だにせず、直立した状態を保ったままだった。


 どうやって緑の塔を攻略すればよいのか。

 頭を悩ませながら、航空隊は緑の塔の周囲を巡回する。マサトは航空隊から少し距離を置き、無人浮遊器官のホバリング機能を用いて、上空に静止浮遊していた。


 航空隊のジェット機の鋼鉄の装甲が太陽の光を反射しているかと思ったら、勢いよく影が差し込み、マサトの操縦している無人浮遊器官にも影が覆った。

 まるで嵐が来たかのように視界が暗くなった違和感に気づき、空を見上げると緑の塔がきのこのような傘を広げ、地上に届くはずの太陽の光を覆い隠そうとしていた。


 そして雲の切れ間から無人浮遊器官が見えたかと思えば、まばゆい光の白い光線を発した。光線はまっすぐ緑の塔を旋回しているジェット機を貫いた。

 息を呑むまもなく五月雨のように白い光線が降り注ぐ。

 高度をあげようと思っても敵機体の無人浮遊器官まで上がらない。

 航空隊は白い光線を避けるように速度を上げる。

 マサトも航空隊の動きに追従するように無人浮遊器官を操縦した。


 ここが正念場かもしれない。

 マサトは頭の片隅で考えながら、全力で無人浮遊器官の舵を取る。

 翼の形状を自由に変形させ、ジェット機の速度に追いつき、共に緑の塔に向けて銃弾やミサイルを打ち込む。


 このまま放置してはいけないという焦りがあった。

 そして、この本丸を叩けば紛争が終わるんじゃないか?異質な緑の塔はそんな予感を感じさせた。

「GO!GOGO!!」

 無線を経由して通信が流れ込んでくる。


 緑の塔に接近しながら、光線を浴び近くを飛んでいたジェット機が装甲を貫かれて墜落する。

 と同時にマサトの無人浮遊器官の翼も同時に貫かれた。

 腕に激痛が走る。


 構いやしない。

 この紛争を終わらせることができるのなら。

 ミサやアリスはこの紛争があったせいで死んだ。

 輝かしい未来が空爆によって潰えたのだ。

 マサトは自らのこぶしを握り締める。


 破壊したい。

 完膚なきまでに。

 無念を晴らすのだ。


 いったい誰のせいで。

 いつまで僕を苦しめるのだ。


 マサトは片翼に穴をあけながら、緑の塔へ突っ込んだ。

 前方を飛んでいたジェット機も白い光線に尾翼を貫かれ、どんどん失速している。

 目の前を白い光線が包み込む。

 高温が金属を溶かし、生物を焼き切る。


 きっとミサはこの炎に焼きつくされたのだろう。

 同じ炎で焼きつくされるなら、同じ死後の世界で出会えるだろうか。


 いくら銃弾を撃ち込んでも緑の塔が崩れることはなかった。

 塔の根元に目を向けると巨大な根が地上まで隆起したものが這いずり回り、緑の塔を支えていた。


 この塔を壊すには火力が足りない。

 遠方から轟音を立てて、巨大なミサイルが飛んでくる。

 緑の塔が意思を持ったかのように、鞭を飛ばし、ミサイルの軌道に沿ってレールをひき、着弾を避けた。


 航空機がミサイルを運べば、白い光線で撃ち落とされ、遠方からのミサイル攻撃はかわされる。

 塔まで近づき、爆弾をだれかが点火するしかない。


 そう気づいた航空隊は燃える機体の頭を緑の塔へ向ける。

 マサトも同じ行動を取った。

 数十機のうちのどれかがたどり着けばよいと考えた。


 だんだんと意識が遠のいていく。

 片腕からの出血がマサトの体力を削いでいた。


 緑の塔が目前へと迫ったかと思った瞬間、機体に衝撃が走ったかと思えば、地面に向かって落下していた。


 もう考える力もない。

 最後の瞬間に自分を生んだ肉親のことを思い出すことはなかった。


 ミサとアリス。

 二人の笑顔が浮かんではシャボン玉がはじけるように消えていった。

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