第48話 脱出理由(サンチュリ視点)

サンチュリは銀の跳馬騎士団に入団しているものの、『箱庭』の警備騎士の一人でもある。

そのため、今回のラナウィの成人の儀のための移動の護衛騎士にも選ばれた。


実際はラナウィの婚約者候補の影武者であるけれど、世間的には三英傑が誰であるのかは秘密にされている。ヌイトゥーラとハウテンスは目立つ紋章のため仕方がないが、『剣闘王』の後継者に関しては恐ろしく情報がない。

貴族だとも平民だとも言われ、実は弱いのではないかなどとも言われている。これほど長い間、現れなかった例はかつてなく、女王を始め頭を抱えていると聞いている。

サンチュリはなんでもいいから、早く出てきてくれないかなあとぼんやり考える。


凡人が囲まれるには気後れするような方々ばかりが『箱庭』には集まっているのだから。

三人とも受け入れてはくれて、この状況にむしろ申し訳ないと頭を下げられる。いじめられたことはないし、一緒にいるのはなんだかんだで楽しいけれど。

やはり、どこか彼女たちは自分とは違うのだなと感じる。それは力の差だったり、考え方だったりするのだが、国を担うことを当然として受け入れている覚悟が違うのだろうと最近は思うようになった。


だからこそ、場違い感が凄まじい。いつまでも頭数として参加しなければならないのだが、いたたまれない。


制約もあるから、誰にも話していないため、サンチュリの恋人も同僚たちも定期的に『箱庭』に警護に行っていると思われている。

詳細については話せないので、サンチュリはずっと黙っていたけれど、わりと精神が限界を迎えていたのは事実で。


「え、姫様がいなくなった!?」


今回の護衛の隊長として抜擢されたバルセロンダから神殿から戻って早々に呼び出された。馬の世話や片付けをしていたサンチュリは正直、ハウテンスたちの前に出ていい格好ではなかったけれど、すぐに来いと言われたので仕方なく雨でぬれた外套を脱いで急いだつもりだ。


ラナウィに与えられた部屋で、女官が泣き崩れてソファに沈んでいるというのに誰一人として彼女を宥める様子がない。驚いていると、ラナウィが忽然といなくなったと告げられたのだ。


苛立たしげにハウテンスがうろうろと歩き回る。ヌイトゥーラは浴室を調べているらしく、姿が見えない。

壁際に立っていたバルセロンダが、無表情なのも怖かった。整った美しい顔をしたこの男が無表情になると酷薄に見え恐ろしさが増した。


「今、ヌイトが行方を探ってる。魔法だろうって言われてるから、すぐに見つけてくれるけれど、行先は隣国の公子につながってると思うんだよね。あちらの手ごまの位置は事前に調べておいたから、サンにはいくつか向かってほしいんだけど。早くしないと二度と手出しができなくなる」


隣国に秘密裏に連れ去られてしまえば、助けることも難しい。表立って返せと言うこともできない。そもそも誘拐がなかったことにされているだろうから。


「わかりました。バルス隊長、何人か人を借りてもよろしいですか」

「ああ、許可する」


短く答える声は硬質だ。

普段は部下思いで、乱暴者のように振る舞っているが、そこまで常識破りということもない。戦闘においては誰よりも頼もしく先人を切ってくれる。判断も早く、指示も的確だ。

それは団を越えても有名で、サンチュリは昔からバルセロンダに憧れている。

腕は遠く及ばないけれど、思うことだけは自由だから。


それをサンチュリの恋人は応援してくれるから。

けれど、今の彼には絶対に近づきたくない。むしろ同じ部屋にいたくない。


なぜハウテンスとヌイトゥーラが平然としているのかわからない。

女官はきっと自分の感情で手一杯で気づいていないだけなのだろう。


息がしづらいほどの殺気なんて、常人が発せられるものじゃない。


サンチュリは冷や汗を必死で抑えながら、直立する。

敬礼して部屋を出て行こうとした途端に、声が飛び込んできた。


「わかった、わかったよ」


浴室にいたヌイトゥーラが慌てたように部屋へと駆け戻ってきた。


「水を媒介にして、転移してる。魔法薬を混ぜて同じ場所に戻るように仕向けたんだ。この水をどこから引いているのか聞いてきて!」

「すぐに確認してきます!」


この部屋から出られる理由があれば、なんでもいいとサンチュリは心の片隅で思うのだった。

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