第47話 想い人

翌日は朝からしとしとと雨が降っていた。

どんよりとした雲に覆われた空は一日中そのままであるかのようだ。そのせいか昨日よりも気温が下がり、やや肌寒くすらあった。

そんな中、早朝には離宮を出発し、予定通り昼前に神殿についた。


ラナウィは移動の気怠さを感じさせずに、背筋を伸ばして神殿へと足を運ぶ。

神殿の神殿長をはじめとした神官たちに出迎えられ、そのまま成人の儀式を執り行う。一時間程度の儀式を無事に済ませ、神殿長から言祝ぎを貰う。それで、今日の行事は終了となる。


そのまま、来た時と同じ馬車に乗り込めば、自然と息を吐いた。

緊張していたらしいと気付いた時には、一緒の馬車に乗っていたルニアが微笑ましげに笑う。


「神々しいお姿でございました。きっと陛下も喜ばれるでしょう」

「ふふ、そうだといいけれど。変に力が入っていたのか、頭痛がするわ」

「では今日は早くお休みください。明日はもう帰りますので、少しでも体力を戻しておかなくては」

「そうね、そうするわ」


馬車の窓に打ち付ける雨は、それほど強くはないけれど、外の景色を見ることは叶わなかった。

流れる水滴を見つめながら、ラナウィは一日の終わりに思いをはせる。


疲れたから、きっとすぐに眠れるはずだ。

そうすればすぐ明日が来て、王都の慣れ親しんだ『箱庭』の屋敷に戻れる。


そう思うのに、なぜか不安で仕方がない。

ずきずきする頭の痛さに苛立つのは疑心暗鬼に囚われているからか。

バルセロンダもハウテンスもヌイトゥーラも皆いるというのに、なぜか独りぼっちになったかのような錯覚に陥る。


離宮に着いたら、ラナウィは浴室に向かった。

戻ったら入浴できるように知らせを走らせていたので、いつでも入ることができる。

ルニアに浴室の外に出るように伝え、一人バスタブにゆっくりと浸かった。


湯の温かさが冷えた体をゆっくりとほぐしてくれる。

頭痛も軽減している気がした。体を伸ばして、目を閉じる。


きっと気のせいだ。

外が暗くて、ハウテンスが何か起こるかもしれないなんて言うから。

だから、少し不安になっただけだから。


ラナウィは自分に言い聞かせるように心の中で、大丈夫と繰り返す。


その時、不意に雨のにおいがした気がした。

浴室にいるのに、雨?


不思議に思って顔を上げた瞬間、水の膜に覆われた。

水球の中に突然閉じ込められたのだ。


「ええっ!?」


水球の中に空気はあるらしく、水を吸い込むことはなかった。けれど、ラナウィの声は外に聞こえていないのか、どれだけ声を張り上げても誰もやってこない。近くにはルニアが控えているはずなのだが。


どうしたらいいか悩んでいると、不意に視界が切り替わった。

そのまま真っ暗なひどく寒い場所に閉じ込められる。ひどく冷たい冷気が肌を刺す。そもそも入浴中だったので裸なのだ。寒さに身を竦ませることしかできないが、膝を抱えて丸くなる。少しでも温かくなるようにと考えた結果だが、突然意識が混濁した。


意識を失う直前に、ラナウィはただ一人の想い人の名前を呼ぶのだった。


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