第34話 厄介者

闘技会第1回戦は三十人ほどの大乱闘だ。舞台外と気絶するなどの戦闘不能になった場合に失格になる。舞台上で最後の一人になるまで戦う。


そんな中、華麗に舞う少女に、会場中の歓声があがる。

ラナウィも息を呑んでみまもっているけれど、一言も発することができなかった。


「あれが、彼なの……?」


母のつぶやきに、こくこくと頷くしかできない。


茶色の長い髪を翻して、剣を一本で大剣だろうが魔法だろうが切って切って切りまくっている。

あっという間に試合が終わって、バルセロンダが次の第二試合に進むことが告げられた。


「ああ、次の相手がベルジュ・ダウ・ボーチよ。榛色の髪を三つ編みにしている彼」


母の言葉に促されて視線を会場に向ければ、熊虎騎士団の騎士服に身を包んだ男が、集団の中に立っていた。

彼は剣を構え、突進する。魔法の攻撃がこようが、剣戟が飛ぼうが頓着した様子がない。確かにそこそこの腕前ではあるのだろう。バルセロンダほどの突出した力量ではないが動きに無駄がなく美麗に見える。


だが無防備に相手に近づく姿には違和感しかない。

ラナウィが見つめていると彼は頓着せずに相手に向かう。そのまま近づくと、魔法士だろうが剣士だろうが何かをささやいた。途端、ささやかれた者はびくんと大きく体を震わせたのだ。そのまま剣の柄で相手の意識を奪ってしまった。崩折れるように闘技会の床に横たわっていき、ぴくりともしない。

観客にも何が起きたのかよくわからず、歓声というよりはどよめきが起きた。

そのまま勝者はベルジュであると告げられる。


「何が起きたのかしら?」

「よくわかりませんでした。あれが、彼の強さということでしょうか」

「少なくとも、剣の腕はよくわからないわね。見た様子だとそこそこの腕前であるようだけれど」


母も同じ感想を抱いたようだ。

彼を見れば皆、その程度の感想になるのだろうとは思われた。


「一応、隣国も観戦に来ているの。おかしなことはしないとは思うけれど、ラナウィも気を付けてね」


母がそれとなく視線を向けた先には隣国の第一公子とその付き人の姿が見えた。

堂々と観戦しているところを見れば、純粋に闘技会を楽しんでいるだけのようにしか見えない。

けれど母の言うとおり、警戒するに越したことはない。

ベルジュの真価もわからないのだから。


二回戦以降は一対一での試合だ。その時には彼の真の実力がわかるだろうか。

けれど、そのまま戦闘を進めてもベルジュは同じように相手に何かを囁いて、そのまま剣の柄で昏倒させるだけだった。


結局、あっという間に決勝戦となり、ベルジュとバルセロンダが、対峙している。


広い闘技会の石舞台で、二人が見合っていると随分と体格に差があるように見えた。ベルジュも大柄というわけではないが、騎士らしいしなやかな体躯の持ち主だ。バルセロンダは少女と見まがうばかりの細身である。長身といっても、しょせんは十歳の子供なのだから当然といえた。

むしろ、決勝にまで駒をすすめると誰が予想できただろう。


「あの子は魔法耐性はあるのかしら」

「ヌイトが補助魔法をかけると話していたので、それなりにはあると思うのですが」


母もベルジュは何らかの魔法を使っていると考えているのだろう。

別に剣も魔法も使用していいのだから、大会の規約に違反するわけではない。けれど、今回の大会に熊虎騎士団の団長が絶対的な自信を見せたのは、これが原因かとも思えた。いつもの騎士だけが出場できる腕試しの大会では、魔法の使用は禁止だからだ。身体強化なども一切の使用を禁止され、自らの肉体のみの闘いになるため普段魔法の使用に慣れている騎士たちの真価は問えないと件の団長が憤っていたことは知っていた。

魔法士の介入を排除している彼が魔法を頼りにしているとは本末転倒な話ではあるけれど、彼が求めていた大会はこういうものだったのかもしれない。

結局、決勝に残っているのは魔法士ではなく、騎士である剣士なのだから。


「頭が痛いわ。これで、またあの厄介者が大きな顔をするわね」

「厄介者ですか?」

「イルヴェージ・ミン・クセジ、熊虎騎士団の団長よ」

「テンスからは頭の足りないお飾りと聞きましたが?」

「『大賢者』の後継者から見れば誰でも頭が足りないように見えるでしょうけれど、小狡いのよ。お山の大将気取って、浅知恵ばかりでちまちまと立ち回って。せっかく取り潰すチャンスだったのに、今回ばかりは向こうの言い分を飲むしかないわ。せっかくあの子がきっかけをつくってくれたというのに、活かせなくて申し訳ないわね」

「バルセロンダが、何かをしたのですか?」

「ほら、少し前に熊虎騎士団の団長に逆らって大怪我を負わせたって謹慎処分を受けていたでしょう」

「ええ、大怪我……?」


バルセロンダが先日、熊虎騎士団の団長の尻を蹴り上げたという案件だろうか。だとしたら、大怪我というほどのことではないような気もしたが、謹慎していたのは確かなのでうなずいておく。


「魔獣討伐の際に、あの子の隊に大量の怪我人が出たのよ。それをもみ消そうとしたミン団長にあの子が直訴したの。ミン団長がやたらと騒いでくれたおかげで、事がようやく公になって、正式にこちらからも魔法士を同行させずに平民のみの小隊だけで討伐を行うことに関しては、抗議することができたわ。魔法士の介入まで断って平民の騎士だけで魔獣討伐を行わせて、魔獣の買取金額などは着服してただなんて許されることではないものね」


バルセロンダがあの阿呆と言っていたのはそういうことか。


「けれど、騎士のみの優位性を問われれば、この闘技会で証明してしまったようなものだもの。結果として、魔法局長も何も言えなくなってしまうわね」


単純にバルセロンダが優勝すれば、隣国の介入も避けられると考えていたが、熊虎騎士団の台頭は避けられないということか。団長の横暴を抑えられなければ、結局、バルセロンダに皺寄せが来てしまう。


固唾を飲んで見守っていれば、試合開始の合図がなされた。



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