第33話 確固たる証

バルセロンダが闘技会の舞台に上がるのを緊張を孕んで待ちながら他の試合を、王侯貴族のための観客席から眺めていると、隣にいた母がこっそりと耳打ちしてきた。


「様子はどうだった?」

「大丈夫そうでした。念のため、ヌイトとテンスが傍についています」

「そう。女の子に見えるの?」

「ものすごく!」


ラナウィは思わず力強く答えてしまい、母は目を丸くした。

今回の計画は母にも伝えている。

『箱庭』の警備隊長であるバルセロンダのことは母も知っている。彼の強さなども散々聞き及んでいるのだろう。隣国の横やりに頭を痛めていた母は、最善ではないけれど、最良だとして今回の話を受け入れてくれた。


これで『剣闘王』の後継者が目立たなくても謎の美少女が話題をかっさらうことは間違いがない。隣国にも調子が悪かったのかもしれないと押し切る形だ。


「ところで、もう一つの懸念事項なのですが」

「そちらの方は、たぶん目星はついているのよ。けれど、何をしかけてくるかまではよくわからなかったの」


熊虎騎士団長が今回の闘技会に参加させたのはベルジュ・ダウ・ボーチという騎士だった。ダウ伯爵家の三男で、騎士の間ではわりと腕が立つらしい。けれど、魔法ありの闘技会で優勝できるほどの腕前かと言われると懐疑的になるという。


「そもそも隣国はどういう形で、難癖つけてくるつもりだったのでしょう。熊虎騎士団の騎士が優勝して『剣闘王』の後継者は軟弱だと指摘したところで、なんのうまみがあるのかわかりませんが」

「そうなのよね。自国の騎士を送り込んできて、そっちが本物だろうと言われるほうがまだ納得できるわね」

「こっそり紛れ込ませているとか?」

「だとしたら、熊虎騎士団と手を組む理由がなくなるわね」


それもそうだなとラナウィは首を傾げる。

散々、ハウテンスにも確認したけれど、彼にも確実なことは何も言えないと話すだけだった。


「何を企んでいるにしても、ラナウィには最強の騎士がいるのだもの。任せておけばいいわ」

「そうですね」


バルセロンダは決してラナウィだけの騎士にはならないけれど。

今だけは自分の味方でいてくれるから。


「どうして、と思わずにはいられないけれど……」


『剣闘王』の後継者がどうしても現れない理由が、母にも不思議なのだろう。

ハウテンスもはじめの頃は、その疑問を口にしていたが、最近では言わなくなった。

言ったところで仕方がないと思っているのかもしれない。


「彼は私の存在を知らないのではないかと考えることがあるのです。もしくは、知っていても名乗りでられない事情があるのではないかと。どうしてと問いかけ続けることはやめました。だって――」


『魔女王』の後継者として――ひいては次期女王として認められていないということじゃないかと恐れたからだ。

努力はしているし、目指していることは間違いがない。

教師たちも周囲も認めてくれているけれど、どこか欠けた気持ちになるのも確かで。


確信めいた自信があるわけでもない。

自分の存在が矮小であることは重々わかっているから。

第一、『魔女王』の後継者自身が何かに秀でているわけではないのだ。ただ膨大な魔力を優秀な者をさらに優秀にする力があるだけで。誰かがいないと一人では役不足だと言われているようで、どこか腹が立つのも事実だ。


まだ十歳だからと、焦ることはないと言われ続けるけれど。

別に慰めが欲しいわけでもない。


ただ、確固たる何かが欲しかった。

約束された未来に、正しい道を歩いているのだと確かに感じる証が。

それが三英傑なのかもしれない。


けれど、ラナウィが恋したのは三英傑の誰かではなかったから。

たとえ『剣闘王』が現れたとしても、彼以上に恋しいと思える相手がいるとは思えなかったから。


だから、三英傑以外に自分だけの何かが欲しかったのかもしれない。


それを隣国に見抜かれているかもしれない不安が付きまとう。

ラナウィは知らず拳を握りしめるのだった。

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